推しぬい縫ったら魂が宿っちゃった件

霖しのぐ

第1話 推しぬいが欲しい

 皆さんは、『電脳武士もののふオンライン』という大人気ゲームをご存知だろうか?


 はるか未来の日本を舞台に、見目麗しいモノノフ――電脳に武士道ブシドーシステムを組み込んだ戦闘特化型サイボーグたちが、霊力を帯びた日本刀を武器に宇宙からの侵略者を倒すために戦うというSFと時代劇を融合させたようなストーリーだ。


 ゲームのサービス開始からはや七年。主に若い女性に支持され、アニメやミュージカル、実写映画などのメディアミックス化も盛んで、企業や自治体とのコラボ企画も多数打たれてきた。ゲームのユーザー数も未だに増やし続け、衰えることを知らない大人気コンテンツだ。


 さて、このゲームにサービス開始当初から入れ込んでいる私……〈伊藤 輪花いとう りんか〉の推し、〈クロガネ ケンゴー〉は、初期から実装されているにも関わらず、悲しいかな人気は今ひとつといったキャラだ。


 見た目が筋骨隆々で顔もいかつく、服装も飾り気がなく無骨で、性格も質実剛健を地で行く『ザ・漢』。他のキャラのような瑞々しい華やかさからは程遠いからかもしれない。


 その人気のなさゆえ、メディアミックスには登場することもなく、ぬいぐるみやフィギュア化なんて夢のまた夢。公式のイラストを使ったグッズさえも滅多に発売されない。プレイヤー同士の話題に上がることもほぼない日陰者だ。


 まったく、七年来の推しをこう評さないといけないなんて悲しい話だけど。


『えっ、あのキャラ推してる人なんかいたんだ』


 こんな風に同じ作品のファンから心ないことを言われることもあるけど、私はゲームで活躍し続ける推しをこれからも迷わずに推していく所存だ。


 ◆


 さて、その日もクソみたいだった仕事のことを忘れるため、チューハイ片手にぼんやりとSNSを巡回していた私の目に、ある話題が飛び込んできた。


「え!? このぬいぐるみ、自分で作ったの!?」


 思わずスマホを握る手に力が入る。表示されているのは、手のひらサイズのぬいぐるみの写真だった。


 作品のタイトルくらいしか知らないジャンルのキャラだけど、顔や髪、衣装までもが丁寧に作り込まれているのがよくわかる。


 これを自分で作ったなんて、世の中にはすごい人がいるものだ……と感心しながら、『ぬいぐるみ・自作』というワードで記事を検索してみた。


 すると出るわ出るわ手作りのぬいぐるみ。どの子にも愛がこもっていることを画面越しでも感じて、衝撃を受けてしまった。


「えっ、すごいすごい!!」


 こうなるともう検索の手が止まらない。そもそも、みんなどうやって作り方を知るのだろう。


 すると、ぬいぐるみの作り方を初心者向けにわかりやすく解説している動画配信者が何人もいることも知った。感想欄には、「縫い物は得意じゃないけど作れました!」なんて文言がずらずら並んでいる。


「私も作ってみようかな」


 立体化した推しがいる暮らしがあまりにも羨ましくて、すっかりそんな気持ちになっていた。




 しかし、我が人生を振り返ればその手の神様に見捨てられたかのような不器用さで、家庭科の成績は十段階でお情けの三、美術の授業でも教師を唸らせる謎の物体ばかり産み出していた私。


 でも『推しのぬいぐるみを手にしてみたい』という一心で、暇さえあれば動画サイトを覗き、ぬいぐるみ作りの動画を視聴、研究する日々が始まった。


 ミシンがなくても手縫いで作れるし、材料も道具も百円ショップで全て揃うと聞けば、気持ちは固まった。


 作成に必要な手縫いの基礎や刺繍のことも動画で学び、手順をしっかり叩き込んでから、店を回り、材料を揃え、いざ!!


 ネットで配布されている型紙をダウンロードしてプリントアウトし、慎重に生地に写してハサミで切っていく。


 生まれて初めて作るので、今回は二頭身、手のひらサイズのシンプルなものをチョイスした。元の大男のイメージには程遠いけれど、パーツが少なくて作りやすそうだったので。


「あ、髪の毛はそのまま使えそう」


 彼の髪型は男らしくこざっぱりと切り揃えられて……要するにとてもシンプルなので、元からある型紙の前髪を短くするだけで行ける。私の推しは不器用にも優しいのだ。頭についているパーツも、フェルトを切ってボンドで貼って丁寧に作っていく。


「イテッ!! ああもう、糸も絡まってるし!!」


 顔の刺繍は一日では終わらなくて、コツコツと頑張った。ひと針ひと針辛抱強く、布に刺すのと同じくらい手も刺しながらなんとかやり遂げた。


「やば、結構イケメンじゃない!? 私、やればできるかも!?」


 顔は大切だから絶対に妥協したくなかったけど、満足いく出来になって良かったと思う。


「刺繍できたから、あとは……!!」


 気がつけば、作業開始から一週間がたっていた。いよいよ全てのパーツが揃ったので、丁寧に縫い合わせていった。


 慣れないからゆっくりだけど、形になっていくたび胸が高鳴る。


「綿はいっぱい詰めた方がいい、っと」


 パーツを合わせた後は綿といっしょに推しへの愛を目一杯詰めて、最後に首と体を縫ってくっ付ければ完成だ。


「できたあっ!!」


 最後の糸を切った瞬間、思わず大声をあげてしまった。

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