<27・あやつる。>
「まあ、そうだよねー」
うんうん、とリーアは頷く。
「そろそろ、奴らもそーゆーこと考えてるよね。こうなったら、人質取って言うこときかせるしかない!みたいな」
「よくわかってるなあ、リーア」
「うんうん」
リーアの傍に来たのは、大きなからっぽのバケツを抱えた子供達である。二本角が生え、下半身はクラゲという姿の少年少女たちは“ヌメリクラゲ”という種類のモンスターだった。一見すると海の中でしか生活できそうにない見た目だが、陸上では肺呼吸、水中ではエラ呼吸ができるという極めて特殊な生き物である。乾燥に弱いので、普段は念のため上半身にレインコートのような服を着込んでいる。リーアの傍に走ってきた少年・テリーは水色。少女・クロエは黄色のコートを着ていた。
彼等もまた、それぞれ仕事を与えられて町のあちこちに散っていたところを戻ってきたのである。ヌメリクラゲは、その全身から排出する粘液で皮膚を守り、同時に外敵への攻撃や防御に利用するのだ。彼等は家族でためこんだ粘液を大きなバケツにため込み、坂道を登ろうとしていたエンドラゴン盗賊団のメンバーの前でぶちまけてきたわけである。兵士達は対応できず、悲鳴を上げて滑り落ちて行き――火事が起きている倉庫にもろに突っ込んでいったというわけなのだった。ヌメリクラゲの粘液はよく燃える。それにまみれた状態で炎の中に突っ込んでいったら、そりゃもう大変なことになっただろう。
で、彼等は次の作戦のために、リーアの所に来て指示を仰ぎにきたわけだが。
「エンドラゴン盗賊団は、地の利がないって現実を随分とナメていた。森に突撃させた雇われ兵たちは全滅、遠くからの望遠鏡で見える範囲は狭い、ドローンは適当なところで撃ち落とされるってなわけだからね。だから、この町の構造や正確な広さもわかってないし、なんならこの町の住民構成や人数だって把握しきれてないわけだ」
インサイドの町の住人には、国に正式な戸籍がない者が多い。というか、モンスターは戸籍で管理されてないからそもそも当然といえば当然なのだが。そして数少ない純血の人間であるジムやジャミルもワケアリで、果たしてちゃんと戸籍が残っているかは微妙である。存在そのものを抹消されているか、既に死んでいることになっている可能性も高いのだ。
ともすれば、町にどんな種類のモンスターがどれだけの数いるか、正確な戦力はなんて把握する方法があるはずもない。
それでも圧倒的武力と人数で、力技で制圧してしまえばそれでいい。同時に、先に送り込んだスライム=チェルクの暴走で町が大混乱に陥っていれば、こちらの侵入にも対応できずに制圧を許すだろうという目論見だったのだろう。
まあ、それもチェルクの裏切りと、自分達の冷静な判断で全部無駄になったわけだが。
「インサイドの町は、慣れ親しんだ俺達からすればそんな複雑な構造じゃない。広いっつっても、国の大都市と比べたら大した広さじゃない。でも……この町に慣れてない人間が、地図も無しに、しかも煙で視界が悪い中……不慮のトラブルで大混乱に陥ったらどうなるか?まあ明白だよねえ」
このあたりのことは、ほぼジムが話していたことなわけだが。自分は頭脳労働派じゃないと言いながら、この町と厳しい森の自然の中で何十年も生きてきただけのことはあるのである。
単純な戦力だけなら、向こうが上。それを、カウンタートラップと地の利だけでひっくり返した。見事としか言いようがない。そして、彼の作戦に短い時間で対応し、準備を整えた町の住人達も。
「現在、向こうの残存勢力が……既に十人切ってるなんて把握してるの、こっちだけだろうしね。ギリギリ冷静さを保ってるリーダーとサブリーダーの二人も、自分達の現在地がどのへんかなんて全然わかってないみたいだし」
リーアの手元のタブレットには、防犯カメラにばっちり映っているベティたちの姿が。
一見前時代的に見えるこの町も、都会ほどではなくとも防犯カメラがある。――既にベティたちはそれを探そうとする余裕もないようだが。姿が丸見えであることにも気づかず、きょろきょろと建物の陰に隠れて何かを探している。
何を探しているかなど、明白だ。
「向こうがそろそろ人質作戦に行こうとしてるってのはわかるよ、リーア」
エンドラゴン盗賊団の残党は、見事なまでに聖域から遠く離れた町の外れに誘導されている。彼等が最初にインサイドの町に入ってきた、外界への道があるすぐ傍だ。ぐるぐると走り回って、最初の地点に逆戻りしていることに彼等は気づいていない様子である。
タブレットには防犯カメラの映像以外にも、仲間達から逐一チャットでの報告が入っている。問題なく、作戦は最終段階に移行できそうだ。
「人質に取られるとまずいから、作戦時間中、あたし達みたいにある程度戦えない子供やモンスターは閉じこもってるように言われてたでしょ。普通人質取ろうとするとしたら、怪我人か年寄か子供……まあ、子供を探してるんだろうけどさ。今のままだと見つからないんじゃないの?」
「だろうな」
「人質作戦できないとなると、あいつら破れかぶれになって予想外の暴走してこない?」
クロエの疑問は尤もだ。そしてここで自爆テロでもされたら、流石の自分達も対応できなくなってくるだろう。
「それに、人質取ったところであいつらの要求を町の人がすんなり呑むことある?カズマの御神木を差し出せとか言われたって、“そんなの無理”になるじゃん。いろんな意味で」
「そりゃそうだ。御神木はまさに俺達にとっては神様で、神様を差し出すってのはカンタンにできることじゃないからね。ていうか、そもそも御神木を持ってこいって言われたって“どうやって?”つー話だよ。ちょっとした宝石やお金とは違うんだから、簡単に移動させられるもんでもない」
恐らく、彼等もそれは理解している。せっかく人質を取っても要求が通らないのであれば、彼等には何のメリットもないからだ。
ゆえに、恐らく自分達につきつけてくる要求は“カズマの大樹がある聖域に案内し、その扉を開け”といったところだろう。直接差し出せ、よりは遥かに心理的ハードルが下がるからだ。
「まず聖域への道がわかんなくなってるだろうしね。そこまで案内しろって言ってくるんじゃないかな。……で、実際に聖域に入ったら、持ってきたレーザーガンとレーザーブレード、爆弾使って木を切り倒すつもりなんだと思うよ。それで太刀打ちできるかは知らないけど」
まあ、ここまで分かっていれば、後はカンタンだ。
「奴らの行動をコントロールしてやればいい。……さて、これが最後の綱渡りだ」
***
町の住人達は、自分達の姿を見つけるとすぐどこかに逃げたり隠れたりしてしまう。しかも、見かけるのは大人かモンスターばかり。正直、人質には不適格だ。
「この町に子供っていないの!?」
「いないはずがない。ただ、火事が起きている間は家の中にひっこんでいるのかもな」
「ちっ」
ベティの言葉に冷静に返してくるドク。だが、彼も額に汗がにじんでいる。それは単純に炎によって気温が上がっているから、というだけではないだろう。
自分達が。このエンドラゴン盗賊団が此処まで追い詰められるなんて。ベティはもちろん、ドクだって完全に計算外だったはずだ。本来なら人質なんて小悪党めいた真似、自分達だってやりたくはなかったのだから。あれは有効に見えて、人質が暴れたり下手に怪我をしたりすると足手まといが増えるだけなのである。直接抱えて走らなくてもいい“人質”を使って脅せるのが本来一番良かったのだが。
――トラックに爆弾でも積み込んできて、遠隔操作できるようにしておけば良かったわ。スライムを味方につけてるなら、今連れてきてるそいつの仲間も人質としてある程度有効だったでしょうに!
今言っても仕方ない。こうなったら無差別攻撃するしかないか――そんなことをベティが思い始めた時だった。
「まま、ままぁ……!どこ、どこなのぉ……!」
「!」
ふらふらと、通りに出てきた少女が一人。こげ茶色のツインテールがふらふらと揺れている。人間の子供に見えるが、実はモンスターなのかもしれない。人間にしては珍しい、水色の瞳をしている。
四歳くらいの少女――好都合だ。
「あの子を捕まえるわよ!」
「ラジャー!」
逃げ惑う大人達を捕まえるよりよほど簡単で、かつ人質としての価値も高そうだ。ベティの言葉に、部下の一人がすぐさま飛び出していった。
「きゃあっ!?」
そして呆然としている少女を抱き上げて、首にブレードをつきつける。熱と粉塵にやられたのか、全員レーザーブレードの調子は芳しくないが、それでも華奢な少女の首を焼き切るには充分だろう。
「ミア!?」
母親らしき女性が建物から飛び出してくる。それを見てベティは“動くんじゃないわよ!”と一括した。
「全員、それ以上近づいてみなさい。この女の子の首が胴体と泣き別れすることになるわ」
「いやあ、ママ、ママー!」
「ミア!やめて、お願いっ!」
「くそお……!」
少女と母親、そして住人達の悲鳴が渦を巻く。これよこれ、とベティはにやりと笑みを浮かべた。自分達は最初から、こういう光景が見たかったのだ。自分達が圧倒的優位、侵略者だとわかるこの瞬間がたまらなく好きなのだ。
そう、自分達もう、下水道でドブネズミのような生活をしていたクズではない。誰かに踏みつけられる側ではなく、踏みつける側に回れたという快感。こいつらも最初から自分達に従順になって頭を垂れていれば、子供を捕まえられるなんてことにもならなかったのに。
「ここまでよくも私達をコケにしてくれたわね。裏切ってくれたスライムも、そいつの仲間にも……あとでたっぷりお礼をしなくちゃいけないけど」
恐怖するように、じりじりと離れていく住人達。その彼等を見ながら、ベティは言った。
「それでもまあ、まずは目的を達成しなくちゃ。何をおいても、カズマの御神木とやらを手に入れてやる。……この子の首を落とされたくなかったら、聖域の場所まで案内して扉を開けなさい。ああ、それとも……じわじわとこの子の耳や指がそぎ落とされていく様を見物したい?」
ふるふると怯えて震える少女の、なんとも愉快なこと。
インサイドの町の住人にとって、確かに御神木は唯一無二の存在だろう。その大樹を危険にさらすなんてこと、本来は誰もしたくないはずである。野次馬たちがざわつきながらも返事ができずにいるのはそういう理由であるはずだ。
とはいえ、こちらもそんなに気が長いわけではないし、何より苛立っている。まずはその気になるように、この子の耳から削り取ってあげようか――そんなことを思っていた、まさにその時だった。
「おい」
「!」
やや離れた場所から。男の声が聞こえた。なんだと思って見れば、四十代くらいの黒髪の男が、色の無い目でこちらを見ている。
「あら、貴方も人間なの?この町では珍しいわね」
思わずベティが言うと、男はああ、と一つ頷いて言った。
「ジム・ストライク。魔法使いの一族だけど、魔法が使えなくて追放された出来損ないだ。……でもな。魔法の力なんかより、もっと尊いものがあるってこの町で、森で、俺はみんなに教えてもらったんだ」
ジムと名乗った男の目に、憐れむような色が乗った。
「あんたもそういう尊いものを見つけていたら……こんな馬鹿な真似してなかったかもしれないのにな。残念だぜ。じゃあな」
何が言いたい。そう思った瞬間、ひゃあ!?と部下の悲鳴が聞こえた。
何だ何だと思って見れば。
「!?」
部下の男が抱えていたツインテールの少女の形が、ぐにゃりと溶けていた。そして一瞬水色のスライムになり――次に、ダイナマイトへと変化する。
自分たちが捕まえていた、ミズイロスライム。そう気づいた時にはもう、既に遅かった。
「思い知りなさい、アタシ達の痛みを!」
爆弾に変化したスライムが、甲高い声で叫んだ瞬間。
辺りを、眩い閃光が包み込んでいたのである。
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