<22・かたりあう。>
明日の早朝に、特例中の特例でチェルクは檻の外に出ることになる。彼が囮となって引っ掻き回す以上、彼が留置所に捕まった状態では支障が出るからだ。
これに関してジムが話したところ、周りの住人達よりもチェルク本人から一度苦言が呈された。自分がみんなに迷惑をかけたことは事実で、スパイ容疑も完全に晴れたわけではない。みんなの立場からすれば、自分が恐怖心から再びみんなを裏切る可能性も否定できないはずだと。そうなったら、こちらの作戦が筒抜けになる上、向こうの味方について暴れる可能性もあるのではないかと。
だが。それを、みんなの前でチェルクから言い出したことが、かえって信用を上げる結果になったのだ。単純明快、本当に裏切るつもりの者が、自分からその可能性を言い出すのはおかしいからである。無論、それを利用して信頼させる詐欺の手段もないわけではないが――。
『俺は、お前を信じてる。もしお前が裏切ったら、それはお前を信じた俺の責任だ』
『でも、みんなにめいわくをかけてからじゃおそいよ』
『そうかもな。でもこれは……本当に、完全に俺個人の私情にはなっちまうんだけど。お前が裏切っても、また俺はお前を信じるからそれでいいんだ』
『え』
うまく説明できる自信はない。というか、元よりジムは、こういったことを理論立てて説明するのが得意なタイプではないのだ。
『前にな、大昔のアニメのリメイクがやってて。ガキの時に工場長の家族と一緒にそれ見て、マジで感動したんだよ。主人公の少年がな、自分を裏切った少年が崖下に落ちそうになった時助けようとするんだ。周りの奴らは、そんな裏切り者助ける必要なんかないって言ったのに。裏切り者の少年も、俺を助けたらまた裏切るぜ!って堂々と言ってたしな』
裏切り者の少年にもどうしようもない理由はあった。それでも彼の行動のせいで、主人公は多くの仲間を失って窮地に立たされたのだ。たとえ、出会った頃は友人だったとしても――その友人として一緒にいた時間は騙すための演技だと、裏切者の少年は嗤いながら言いきった。まさに、ヒールそのもののシーンであり、ジムも子供ながら“なんて酷いやつなんだ”と憤ったものである。
だから主人公が助けようとした時、周りの仲間達と同じように“そんなやつ助ける価値もないクズだ”と口にしていたのである。しかも。
『このままじゃ崖下に落ちて死ぬって時に、裏切り者は自分を助けてくれようとする少年に……こともあろうにこう言った。俺のことを友達だと思ってくれてるなら、このまま一緒に落ちてあの世に行ってくれ!って。ゲスもここに極まりだろ』
きっと、多くの見ていた視聴者は同じように裏切り者を見下したし、苛立ったことだろう。
しかし。
『でも主人公は違った。笑って“いいよ、僕も一緒に行くよ”って言ったんだ。“何度も裏切るならそれでもいい。裏切られた数の分、僕はお前を信じる。お前が裏切りたくなくなるまで信じてやる”って。あっけに取られたよ。世界のどこに、そんな聖人いるんだって思ったもんな』
そしてそれは。誰の事も信じられなくなっていた裏切り者の少年にとっては、最強にして絶対の魔法だった。
何度裏切られても信じる。これ以上に、絶対的な強さなんてない。そして裏切り者の少年の心を動かす言葉もなかっただろう。
『その結果、裏切り者の少年は……自分から手を離して、一人で崖下に落ちていった。“そんなこと言われたら、お前を裏切りたくなくなるだろうが”って言ってな。……俺はその時気づいたんだ。何度だって信じる、相手が自分を信じてくれるまで信じる。これ以上に絶対の強さはないって。人の心の氷を解かすものはないって』
だから、とジムは続けたのだ。
『お前が自分のためにそうするべきだと思ったなら、裏切ってもいい』
自分は魔法使いにはなれなかった男だ。そしてきっと、ヒーローにだってなれやしない。
それでも自分は人間だから、たった一つだけ知っていることがあるのである。時に人はたった一言で人を殺し、同じくたった一言で人の命を救うこともできると。
その一言の魔法が使えるならば、誰だって魔法使いになれる。それこそ地球をパッカリ割ってしまうような凶悪な魔法より、ずっとずっと神聖でかけがえのない魔法が。
『うきゅ……』
チェルクはそれ以上、スケッチブックに何も書かなかった。書けなかったのが、きっと彼なりのあの時の答えだったのだろう。
***
「おーいチェルク、作業が一区切りついたから来たぞ……ってなんかすげえことになってねえか?」
檻のすぐ隣に、スケッチブックが数冊積み上がっている。見張りの警察官がやってきたジムを見て“ご覧の有様ですよ”と言った。
「魔法の檻のせいで食事はとらなくて良くなっているし、排泄もしなくて済んでいるんですが……どうにも、絵を描きたい気持ちだけは止まらないようで。スケッチブック、あれで五冊目なんです。途中から色鉛筆だけじゃなく、普通の鉛筆とサインペンも、クレヨンも貸してます」
「な、なんかすまねえ……」
「いや、いいんです。……私達だって、小さな子供のスライムを閉じ込めておくの、本当は気分が良いことではないですから」
「そうか」
やっぱりこの警察官は良い奴なんだな、と思う。チェルクが少しでもストレスを感じないように、精一杯対処してくれているようだった。
「うきゅ?」
そのチェルクは、お絵かきに熱中していたからかすぐにはジムがやってきたことに気づかなかった。ジムの姿を見つけて、目をまん丸にする。
「お前、本当に絵を描くのが好きなんだな」
ジムが言うと、チェルクはスケッチブックに文字を書いた。
『ぼく、えかきになるのがゆめ』
「そうなのか?」
『ぼくたちがいた、スライムのむら。げいじゅつが、とってもさかん。せきぞうづくりのめいじんもいたし、えかきもいたし、ドラマをつくるかんとくもいた。しょうせつかもいたし、はいゆうもいた。みんな、なにかをつくるのがとくいだった』
『そうか……』
“だった”。全て過去形なのは、かつての仲間達のほとんどがもうこの世からいなくなってしまっているからだろう。
自分たちがチェルクに出逢った時にはもう、彼等の仲間達の殆どが殺された後だったという。どうしようもなかったとはいえ、悔しい気持ちになるのは仕方のないことである。
「うきゅ」
これ見て、とチェルクがスケッチブックのページを捲って、一枚の絵を見せてきた。
そこには青いスライムたちが、うにょーんと伸ばした手に絵筆を持ったり、女優のような派手な帽子を被ったり、石像らしきものを作っている様子が描かれていた。なかなかシュールな図ではあるが、彼等の村ではごくごく当たり前の光景だったのだろう。
スライム達の周囲にはたくさんの木があり、太陽が燦々と照らしている。空はどこまでも抜ける青い色が塗られ、明るい気持ちで描いた絵なのだと分かる。
『これ、ぼくのなかま。……このさんひき、まだいきのこってるはず』
「生き残ってる?ってことはエンドラゴン盗賊団に捕まっている残りのスライムってことか」
『そう。ぼく、のこったなかまだけでもたすけたい。……ジムには、おねがいできる?』
「もちろんだ。お前の仲間は、俺達にとっても仲間だからな!」
迷う必要もない。盗賊団をふん縛って居場所を吐かせれば、他の仲間達のことも助ける事ができるだろう。
まだこちら側ではアジトの場所を特定できていないのがネックではあるが。
『とうぞくだん、なかまをトラックでつれてくるかも』
「なんだと?」
『みんな、ばくだんにへんしんするくんれんした。いざとなったら、おどしてたたかわせて、じぶんたちだけにげるってこともするとおもう。みんな、エンドラゴンとうぞくだんがこわいから、したがってしまうとおもう』
「……なるほどな、ってことは」
にやり、とジムは笑った。
「そっちを先に救出して混乱させちまうのもありだな。ていうか、移動手段がトラックだってなら話が速ぇ。そのトラックを奪うなり壊すなりしちまえば逃げるための足はなくなるわけだ」
トラックごと森に突っ込んでくる可能性はあるだろうか?――いや、森の道路は未舗装だ。トラックが通れるほどの広い道ではない。やや無理して走らせれば行けなくはないかもしれないが、初見の人間がいきなりどうこうできるほど生易しい道ではないだろう。なんせ、あっちにもこっちにもボコボコと丈夫なカズマの根が生えているのだ。
そして当たり前だが、その根っこをトラックのような重たいもので踏んだら、カズマの木々は普通に怒るというわけで。いくら町の消火活動に気を取られていても、トラックで何度も根を踏みつけられたら森の木々は黙っていないだろう。奴らの囮作戦が台無しとなってしまう。エンドラゴン盗賊団がそんな単純なことにも気づかないほど馬鹿でなければ、トラックごと突撃してくることは控えるはずだ。
ならば奴らがトラックから離れた隙に、運転手を務めているメンバーと見張り役をぶっ飛ばして、閉じ込められているスライム達を解放することもできそうだ。ついでにタイヤをパンクさせるなりして、走行不能にしてやればいい。
「なんなら武器も奪ってしまえばいいしな。……よし、明日の早朝ははそっちの襲撃・救出にも人を割くか」
『いいの?ぼくのいうこと、うのみにして。わなかもしれないよ?』
「言っただろ。裏切りたいと思ったなら、そうしろって。それでも俺は信じるって言ってんだ。最強だろ?」
ジムの言葉に。チェルクはスケッチブックを抱えて、小さく笑って見せたのだった。そして。
『ジムってば、おひとよし。そのうちわるいおんなのひとにだまされないでね』
「どういう意味だよそりゃ!」
ははは、と笑い声が上がった。
作戦決行まで、あと五時間。五時間後、この町の運命が決定するのだ。
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