<19・きく。>

 クオンタウンはけして大きな町ではない。そして、昔ながらの地元民が多く生活している町でもある。一部の人間のみ別の町から出稼ぎに来ている者もいるが、出稼ぎだけが目的ならばもっと都会の町に行った方が便利なのは事実。

 何が言いたいかと言えば。とても狭い社会で生きている、ということなのである。よそ者の気配には良くも悪くも敏感なのだ。リーアが、すぐに町の男に見つかったように。

 ちなみに多少程度に顔にバリエーションをつけられることと、ジムと一緒の時は服装なども工夫しているとこともあいまって、リーアが以前にもこの町に来たことがあると気づいた者はいない様子だった。まあ、繁華街を出歩いたのは数年ぶりなので当然といえば当然かもしれないが。


「へえ、この町に引っ越してこようってねえ」


 最初にリーアに声をかけてきた男の名前はザンテ・ミクロス。この町で生まれ育った、生粋のクオン民だった。そして、最初は酒癖の悪いセクハラ男だと思っていたものの、話してみると第一印象ほど悪い人物でないこともわかってくる。

 まあようするに、面倒見の良い中年のおっちゃんなんだな、という雰囲気。呼び捨てにこそされているが、仲間達からの人望も厚く、リーダー格であるのだろうなということもすぐにわかった。それから意外とお人よしであることも。


「病気の妹さんのために、この町に引っ越してくるってか。泣けるねえ」

「ありがとう。私が住んでいた町では、美味しいお魚の類は全然獲れなかったの。でも妹の健康のためには、たくさん新鮮な魚介類を食べて、狭苦しい都心から離れた方が良いって言われて。だから、遠い親戚がいるこの町に来たってわけ。まあ本当に遠い親戚だから、妹の件がなければろくに逢うこともなかったんでしょうけどね」

「なるほどな」


 結構穴の多い設定だと自分でも思っていたのだが、意外にもザンテはあっさりとそれを信じてきたのだった。あんた結構女に騙されるタイプでしょ、とちょっとだけ心配になってくる。まあ、騙そうとしている自分に言えたことではないのだが。


「親戚が仕事で家にいないことが多いし、女二人で過ごす時間が長いから……やっぱり町の治安って気になるでしょう?だから、こうして引っ越し直前にいろいろ調査しているわけ。健康な私が足を使わないとね」


 あざといウインクをかましてやると、ザンテも、その奥に座っている男達もわかりやすく色めき立つ。意外と純粋な連中らしい。


「というわけで、町に詳しい人を探していたのよ。あとついでに、お酒が美味しいお店もね。ここ、お酒はちょっといまいちだけどオツマミは美味しいわ」


 今日ばかりは酔っ払うわけにはいかない。というわけで、リーアはアルコールを強制分解する薬(ジムお手製の薬で、マツカダケとキナコ草を調合するとできるのだ)を打ってきた上、ほんの少し飲む程度に留めていた。あとは飲む振りだけして、用意してきたこっそり水やお茶とすり替えている。まったく飲まないという選択肢がないのは、味に対して言及された時返答に困るからだった。

 同じビールやワインでも、店によって味は随分違う。つっこまれたら飲んでいないのが即バレる、では話にならないのだ。薬を打っているので数時間は酔わずに済むはずだが、念のため少量で済ませているわけである。


「この卵焼きいいわね。ポッコチキンの卵によく出汁がきいてる」

「お、姉ちゃんなかなかお目が高いね。この店、酒はイマイチだけど卵焼きは美味いんだ」

「おいこらそこ!散々飲んでおいてイマイチイマイチ連呼すんじゃねーよ!」

「あと店のオヤジが煩い」

「あははっ」


 ザンテの言葉に、カウンターの奥の年輩の店主が怒鳴ってくる。怒鳴るとはいうが、多分このくらいの乱暴なやりとりは日常茶飯事なのだろう。店主がさほど怒っていないのは充分見てとれるというものだ。長年共に過ごした店長と常連客にある、独特な空気というやつである。


「この町はまあ、治安の良いエリアと悪いエリアで両極端だなあ」


 ちみちみと安酒を煽りながら、ザンテは語った。


「一番街から十番街まであるが……基本的に数字が小さいところの方が治安が良い。早い話、港に近いところほど治安が良いぜ。此処は六番街だから、これでもまあ治安は真ん中くらいってなもんだ」

「そうなの?」

「ああ。どっかの共和国?の領事館は三番街にある。あのへんなんか、女の子がショッピングでもするのに安全で楽しいエリアなんじゃねえか?うちの娘も結構遊びに行ってるよ。女だけで出歩いてもそんなに問題はねえだろう。この六番街は……まあギリギリだな。俺らみてえのがナンパするからよ!」

「あら、私危ない狼さんに食べられちゃうってこと?怖いわ~」

「ひゃはははは、喰っちまうぞ、赤ずきんちゃーん!」


 がおー、と分かりやすくポーズを決めてくる男。向こうで仲間達が“最近の狼はイケメンで若くないと駄目らしいぜー!”なんて野次を飛ばしてくる。なんというか、みんな夕方からハイテンションで楽しそうだ。


「逆に女だけで歩くのが危ないって言ったら……まあ一番やべえのは十番街だな。娼館が多い」


 娼館。その言葉に、思わず眉をぴくりとさせるリーア。自分がいた店を思い出したからだ。

 だが、自分がいた店は比較的金持ち相手の商売をする店だった。体を売っているという意味では同じかもしれないが、それでもマナーの悪い客はあれでも少なかったように思う。

 残念ながら自分は大切に扱われていなかったため、意図的に数少ない“マナーの悪い客”を押しつけられて酷い目に遭ったわけだが。

 このザンテの口ぶりからすると、恐らくは――。


「娼館にもいろいろあるけど、高級娼婦の店ってわけじゃなさそうね、その様子だと」

「正解だ。九番街にあるのはまだマシな店だが、十番街にあるのはひでえな。多くの店じゃ、初見の客にいきなり体を売らせることはしねえが、あの店はそうじゃない。若い子から年増まで、とにかくもうしょっぱなから足開かせて金を儲けるんだ。避妊なんて絶対しないし、危険なプレイだって黙認する。客の同意を得た上で、撮影したビデオをAVとして売ることもあるみてえだ」

「気分が悪いわね」

「だろう?子宮に金属の棒を突っ込んで掻きまわして破壊するなんてくらい序の口、卵巣まで引っ張り出して女を殺したのに隠蔽したって噂もあるくれえだ。あとは下剤を飲ませまくって漏らさせて、女に自分で出したものを食糞させるとか。あとは、マ●コが裂けるまで異物をつっこみまくるとか……ああ、強制的に堕胎させるなんてこともやったらしい。ちなみに、店で売られてんのは女だけじゃない、美少年や美青年も売り物にされてるようだ。中には町を歩いているだけで攫われた奴もいる」

「最低ね」

「ああ、最低だ。あんな場所があると思うと恥ずかしいぜ。その上、あの町には食うに困った貧しい下層階級の人間が溢れてるから、道端には物乞いから娼婦まで多種多様な人間が立ってるぜ。娼婦の中にはその場にゴザ強いて、ヤり始めるのもOKってやつもいるくらい。あのへんは元から住んでいた奴以上に、アキシマシティのあたりでくいっぱぐれて流れてきた奴らが多いかんじだな」


 ただな、とザンテは続ける。


「今は、ある意味その十番街以上にやべえエリアがある。八番街だ」

「八番街?」


 思わずリーアは問い返していた。さっきまでの話だと、一番治安が最底辺なのは十番街で、番号が減るほど治安がマシになるという話だったはず。九番街よりも八番街の方がヤバいとは、どういうことだろうか。


「元々八番街には、ちょっとした窃盗団?みたいな連中のアジトがあったんだよ。窃盗団つっても、そこまで凶悪なやつでもないし規模がでかいやつでもない。正確には何でも屋みたいなもんだ。金さえ出してくれたらどこからでもなんでも盗んでくるぜ!を生業にしてる連中な」


 そういうのがいるもんなのか、とリーアは眼を見開いた。自分達で盗んで金目のものを奪うというより、人から依頼されて盗んで報奨金を貰う。そんなビジネスをしている窃盗団があろうとは。

 無論それもそれで犯罪なのだが、直接金品を盗むことそのもので生計を立てていないだけマシなような気もしてしまう。


「金ならいくらでも出すから誰かに復讐してほしいとか、まあそう言う仕事もしてたらしい。規模は小さいし、人から恨みを買う連中はだいぶ怯えてたみたいだけどな。俺らみたいな貧しいパンピーからすると“へーそういう奴らがいるんだ”くらいの認識だった。ところが、そいつらが一カ月くらい前に揃って町を出て行ったんだよ」

「出て行った?」

「実質追い出されたってのが正しいみたいだな。アキシマシティから、やべえ連中が移り住んできたから、争うのはまずいと思って自分達から身を引いたらしい。エンドラゴン盗賊団って聞いたことあるか?」

「名前だけなら、だけどね」


 来た!と心の中でにやりと笑うリーア。この情報を得るために自分は此処に来たといっても過言ではない。欲しい情報を手にするために回り道をするのは当たり前のことだが、今回は比較的ストレートに辿りつけた方だと言っていいだろう。


「頭領の男が漆黒のドク。その恋人で副頭領の女が紅蓮のベティ。こいつらが、率いる盗賊団だ。元々はこの二人が始めた組織で、アキシマシティで殺しや盗みやってた下層階級の連中を集めて結成したらしい。この町以上に、アキシマシティみたいな大都市になると貧富の差が激しいからな」


 卵焼きを口に運び、もぐもぐと口を動かしながら男は言った。


「けして屈強じゃない男と女。奴らが荒くれ者どもを支配できている理由はただ一つ。連中が、“科学で武装したバケモノ”だからだ」

「科学?」

「魔法の素質はないらしいが、科学力ならピカイチらしい。だからレーザー銃、レーザーブレードなどの科学的武装は無論のこと、他にも攻撃用ドローンなど多種多様な武装を備えているそうだ。あんま偵察系は得意じゃないらしいけど、実際にどっかの組織と戦争になったら相当強いだろうな。あの二人に、犯罪で生きてきた連中百人ばかりが付き従ってるってわけだ」


 だからよ、とザンテは続ける。


「とにかくエンドラゴン盗賊団が救ってる八番街には近づかないのが吉ってわけだ。奴ら、人攫いも人殺しも平気でやるって話だしなぁ」

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