<12・よぶ。>

「――ろ!――!!」


 遠くで声が聞こえる。頭がガンガンして痛い。


「――――っ」

「――!」

「――――!――――ジム!!」


 最後に辛うじて聞き取れた、自分の名前。それが今にも泣き出しそうなリーアの声だと気がついた瞬間、ジムははっとして目を見開いていた。


「り、リーア……あぐっ」


 勢いよく体を起こそうとして、頭痛と全身の軋みに呻くことになる。反射的に頭に手をやって、自分の頭に包帯が巻かれている事実に気付いた。光が目に痛い。くらくらして仕方ない。呻きながら細める眼、その視界の向こうに――こちらを心配そうに覗き込む、リーアとゴラル、老齢の医師の顔が見えた。


「り、リーア……」


 ガサガサの酷い声だ。随分喉が乾いている。自分は一体どれたけ眠っていたのだろう。見慣れない白い天井に薬の臭いから、なんとなくここが病院らしいということは悟ったが。


「ああもう、駄目だよ無理に起きたら!」


 今までずっと泣いていたのかもしれない。赤い目で、美女姿のリーアが言う。


「頭を強く打ったんだよ!痛いでしょ?一日以上寝てたんだからじっとしてて!それとも頭打ってますます馬鹿になっちゃったの!?」

「リーアお前……心配するか貶すかどっちかにしろよ」

「ツッコミができているなら、ジムは大丈夫だとゴラルは思う」


 あっさりゴラルに言われてしまい、ジムとしては閉口するしかない。とりあえず、何で自分が怪我をしたのか、この状況はなんなのかを必死で思い出そうとした。チェルクを病院に連れて行って、大したことないと聞いて安堵したところまでは覚えてるのだが。


「なんか、頭以外もあちこちイテーんだけど。俺どうなってんの?何が起きたか全然覚えてねーぞ。それに、チェルクはどうしてんだ?一緒だった気がするんたが」


 ここは正直に話した方が良い。そう判断して、ジムは告げた。するとリーアとゴラルは揃って困ったように顔を見合わせる。なんなんだ、その反応は。


「あー、ひとまず君の怪我についてだがね」


 老齢の医師が、困惑したように口を挟んだ。


「全身擦り傷と全身打ち身だ。骨は折れてないようだが、爆風でふっ飛ばされると同時に頭を打ったみたいでな。それで一日以上意識不明だった」

「爆風……」


 それってなんだか爆弾でふっ飛ばされたみたいじゃねえか、と笑おうとした。

 出来なかった。

 その瞬間に、何があったのか思い出したからだ。




『きゅきゅきゅ、きゅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!?』




『ど、どうしたんだよチェルク!』




『うきゅきゅ、きゅうっ』




『おいっ!?』




 病院の帰り道。注射で症状が収まったように見えたチェルクが、突然さっきまでよりも強い痙攣を始めて。

 自分の腕から飛び降りて、ジムから逃げようとしたのだ。

 だからジムは、それを慌てて追いかけて。




『待て!待てよチェルク!』




その動きが、まるで見えないもの糸に絡められて、無理矢理操られてでもいるかのように見えた。

 何かがおかしい。

 チェルクを捨てた奴らが何かをしたのではと、そう疑って怒りを抱いた瞬間。




『お前、まさかっ……!』




 思い出した。

 何があったのか、全て。


「チェルクはっ!?」


 ジムは慌てて医師に問いかけた。


「あいつ、炎が苦手なくせに……絶対変身なんかしたくないはずのダイナマイトに突然変身して爆発したんだ!あいつを捨てた奴等が何かしやがったに決まってる!絶対許さねえ!……ててててっ」

「おいおい無理するな。骨は折れてなくても弱ってるのは事実だろうに。ていうか、自分がチェルクにやられたのに、最初にするのはチェルクの心配なのか」

「当たり前だ!あいつが望んで俺を攻撃するもんか!」

「何故そこまで信じられる?確かに私も診察した時、悪いスライムには見えなかったが……たった三日ばかりの付き合いだろうに」


 医師の言葉は尤もだ。ダイナマイト――どう見てもジムは殺されかけている。状況から見れば、チェルクが自分達を騙して近付いたと見えなくもない。裏切られたと、怒りを感じてもおかしくない場面だろう。

 しかし、ジムは。どうしてもチェルクが、望んであんなことをしたとは思えなかったのだ。


「チェルクが本気で俺を殺すつもりなら、俺が生きてるはずがねえ。至近距離でダイナマイトが爆発したんだぞ。俺は粉微塵になってるだろうし、周囲の建物にも甚大な被害が出たはずだ。俺はこの通り大した怪我でもねえ。爆風でふっ飛ばされただけで済んでるなんて、奇跡にしちゃ出来過ぎだろうが」

「確かに、ジムが見つかった現場は綺麗だった」


 ゴラルが補足するように頷く。


「細い路地だったのに、周囲のビルの壁と地面が黒く焦げているだけ。ゴミ箱が吹っ飛んでひっくり返ってたくらい。ダイナマイトに変身したというジムの証言が真実ならば、周囲一帯消し飛んでいてもおかしくない。しかも、チェルクは現場から逃げていなかった」


 やはり、とジムは自分の考えが間違っていなかったことを確信する。


「……それに、爆弾に変身するってのが妙だよね。スライムは炎が大嫌いなんだから、ジムを殺すためなら別のものに変身したっていい。抱っこされてる時にナイフになって、ぶっすり心臓刺してもいいはずなんだから」


 リーアが顎に手を当てて言う。


「つまり、変身したのはチェルクの意思じゃない。誰かがチェルクに、爆弾に変身してジムを吹っ飛ばすように指示したってこと?」

「俺を殺そうとしたつーより、テロを指示したのかもしれねえ。ダイナマイトに変身するようチェルクを調教するのってかなり大変だと思うんだよ。相性最悪なんだから」

「確かに。そうせざるをえない理由があったと考えるのが自然ではあるね」

「だろ?街一つ吹き飛ばそうとして、たまたま世話してた俺が巻き込まれた……とか考えた方が筋が通る」


 ひょっとしたら、本来爆発するような指示があったのはもう少し前のタイミングだったのかもしれない。それこそ、最初に痙攣が出た、リーアとカードゲームやっていた時だったというのもあり得る話だ。

 あの時はまずい、とチェルクは自分で堪えたのかもしれない。ひょっとしたらだが、爆発するタイミングも最小限に留めようとしたのではないか。なんせ、ジムが彼を抱えて細い路地に入った時だったのだから。

 もしあの規模の爆発でも。側にか弱い子供がいたり、崩落しやすいボロい建物の中だったりしたら。被害はこんな程度では済まなかった可能性があるだろう。


「スライムに遠隔操作で指示を与えるってことは可能か?」


 医者に尋ねると、彼は渋い顔をして“出来るかもしれんな”と言った。


「前にもスライムの患者を見たことがある。その子も虐待を受けていたようで……何に使われてたのか、体の中に発信器が埋め込まれていた。そいつが変身を阻害して、かなり苦しそうだったな。酷いことをすると思ったもんだ。もちろん外科手術で取り除いたが」

「チェルクもそうだった可能性は?」

「目に見えるほど大きな装置は入ってなかったが……私がその患者を見たのは二十年も前のことだ。二十年もあれば、アウトサイドの連中の科学技術も進化して然りだろう。目に見えないほど小さなチップだった場合は、精密検査でもしない限り見つけられんだろう。済まない、あの時はその必要はないと判断してしまった」

「いや、いい。ジイさんのせいじゃねえ。誰も予想してなかったからな、こんなこと」


 本当に、性根が腐った連中がいたものである。ギリ、とジムは拳を握る他ない。


「とりあえず、俺からも情報共有しておく」


 はい、とリーアが手を挙げた。


「なんかね、今年の春くらいに森に大挙して押し寄せたどっかの傭兵っぽい奴らがいたみたいだ。目撃情報があった」

「は!?俺そんな話知らねえぞ!?」

「それ見たのが軍人嫌いの誰かさんだったせいで、上に報告上げてなかったんだって。で、兵士どもはみんな森に食われてご飯になったから、町に何か被害は出なかったんだけどさ。そいつらが乗ってきたトラックが、チェルクを置いてった奴等が乗ってたトラック同じっぽいんだよね。しかも、運転席と助手席に男女の二人組。話が繋がってるっぽい空気がひしひしと」

「おいおい……」


 リーアがさらに詳細を話してくれて、ジムは眉を顰めるしかなかった。ジャミルの人間不信は自分もよく知るところなので、情報を伏せてた件をどうこう言っても仕方ないが(今後は上げてくれるよう頼んでおくことにはするが)。

 人間を大量に送り込んで森の攻略を狙い、それが駄目だとわかるやいなやドローンで捨て身の偵察を目論んだとなると――かなり金も人もかけて森を襲撃しようとしたということになる。

 見たところ送り込まれた兵士たちは王国の軍人たちではなさそうなので、それとは別の企業か盗賊団といったところなのだろう。それも、この近隣の町の奴等ではない。近隣の町の連中ならば、森に闇雲に人員を送り込んでも死体を増やすだけだと知っていたはず。最初の捨て駒作戦なんてやろうとも思わないだろう。

 ならばここ最近で近隣の町に来た企業か組織、それも人を捨て駒にしてもいいと思うくらいの悪どい連中だと思っておくべきだ。そいつらがもし、外側から攻略が難しいと思ったら、その次にはどんな手段に出るか――。


「チェルクにダイナマイトへの変身を教えこんで、遠隔操作で爆破させて……街を壊滅状態に追い込もうとした?」


 無論、そこまでやって森を焼いてしまったら、貴重な資源の多くがパァになる。そこまでして連中が何を得るのか、なんて疑問はあるが。


「……チェルクと話したい。リーア、スケッチブックと色鉛筆を用意してくれるか」

「ジム」

「大丈夫だ、歩けないほどの怪我じゃねえ。頭もスッキリしてる。頼む。チェルクとちゃんと話がしたいんだ。あいつはどこだ?」


 ジムの言葉に、リーアとゴラルと医師は顔を見合わせ――やがてほぼ同じタイミングでため息をついたのだった。


「チェルクは、留置所でひとまず捕らえられている。本人が自ら捕まった」


 口を開いたのはゴラルだ。


「ゴラルも知りたい。チェルクが本当は何を望んでいるのかを」

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