<6・たべる。>

 シアの実はそのまま食べると、人間の口にはちょっと辛味が強すぎる。やや火を通して味をマイルドにするか、乾燥させてスパイスにして調味料のスパイスにする使い方が一般的だった。

 スライムであるチェルクはそのまま食べる方が好きなのかと考え、ジムは自分達の料理とは別に生の実も用意してテーブルに並べたのだが。チェルクは生の実よりも、自分達と同じピザやスパゲッティの方に興味を示したようだった。


「スライムって、人間と同じご飯食べてもいいの?」


 リーアが目をまんまるにして言う。彼の手にはワイン。しれっとお酒を持ち出してきたなこいつ、とジムはジト目になる。彼は酔っぱらうとかなりの色情魔になるので面倒くさいのだが。しかも今は美女の姿になっているし。


「お前、買ってきた本ちゃんと読んでないだろ」


 みんなの皿にピザを並べながらジムは言った。


「スライムは雑食で、肉も草も食べる。特にこいつは恐らく“ミズイロスライム”の子供だろうから、甘いのも辛いのも大好物だし人懐っこい。高級なペットとして貴族の一部は飼うらしい」

「へえ」

「ただ、野生のスライムに人間の食べ物を与えるのは厳禁で、食べ物欲しさに人間の弁当を奪っていったりするようになるのが問題なんだと。飼っているスライムなら大して問題にはならない。それと、基本的には人語を理解できるし喋れるはずなんだが……お前は喋れないっぽいな」

「きゅう……」


 ごめんなさい、というようにチェルクは頭を下げた。やはり、何かトラウマのようなものがあって喋れなくなっているのだろうか、と勘繰ってしまう。スライムの市場価格を調べたら目玉が飛び出すほどだった。よほどのことが無い限り、捨てられの森に段ボールに入れて捨てられるとは思えない。

 精神的外傷で失声症になるというのはモンスターにもありうることだとジムは知っていた。そういえば文字は書けるのだろうか。後でそれも試してみることにしようと心に決める。


「とりあえず、飯だ飯!チェルクも遠慮せずに食べろよ。ただしリーアは酒を遠慮しろ、以上!」

「えええ、まだ五杯しか飲んでないのに」

「もう五杯!?」


 とりあえずこれもお約束、とリーアの後頭部をはたいたジムである。

 結局恐れていた通りリーアが脱ぎ始めて色仕掛けを開始し、ゴラルが真っ赤になって倒れるという騒ぎが起きて、食事を純粋に楽しむどころではなくなってしまったのだが――まあそれはそれである。




 ***




 三人でのルームシェアを始めてから、なんだかんだと既に十年が過ぎている。当時、リーアもゴラルもまだ少年(モンスターだから少年という表現が的確かもわからないが)だったと思うと、なんだか感慨深いところがある。

 彼等はほぼ同時期に捨てられていた。ジムが捨てられの森の入口で途方に暮れていた彼等を拾って、長老の許可の元この家で育てることになったのである。いわば、ジムが彼等の親代わりのようなものだった。

 そのジムにも、親となって育ててくれた住人達がいる。長老にも随分世話になった。彼等がいなければ、自分が誰かの親代わりになって子育てをするなんてことはできなかったことだろう。誰かがくれた優しい気持ちは、ちゃんと次の仲間に引き継いでいくことができる。自分の血が繋がった子供でなくても関係ない。だからジムも、教わったことを誰かに繋いでいきたいと思うし、そういう血に依らない絆を教えてくれたこの町をどこまでも貴いものだと思っているのである。

 人間である自分の寿命は、多くのモンスター達と比べてあまりにも短い。

 それでも生きている限り町を守り続けていきたいと思うし、自分に出来る精一杯のことをして、未来の子供達に伝えていきたいと思うのだ。

 それが、はぐれ者だった自分を育ててくれた町と、人々、そして森への報恩であるのだから。


――寝顔はやっぱり子供なんだな。


 お腹いっぱいになったせいか、リビングのソファーでチェルクは眠ってしまった。意識がないと変身が解けやすくなるのか、下半身だけとろけたスライムに戻ってしまっている奇妙な形状である。

 ミズイロスライムは暑さには弱いが寒さには強い。それでもこの時期は夜になるとだいぶ気温が下がるので、ひとまずタオルケットをかけてやることにした。ベッドに運んでやりたかったのはやまやまだが、人間の子供ではなくとろけた状態のスライムを落とさないで運ぶのは至難の技である。起こさない自信もない。もうしばらくしたら、一度起こしてベッドに連れていってやるのがベターだろうと考えていた。


「ジム、ちょっといい?」


 ゴラルがキッチンで皿洗いをしてくれている中。酔いが醒めたらしいリーアに声をかけられた。その顔は真剣そのものである。リビングで話したらチェルクを起こしてしまうかもしれないので、ひとまず二階のリーアの部屋に移動した。窓にもドアにも鍵はかけているし一階にはゴラルがいる。チェルクがうっかり起きて逃げ出すようなことはないだろうと判断してのことである。


「チェルクのことだけどさ」


 風呂上りらしいリーアは、バスローブ一枚である。豊満な胸と、そこから覗く谷間がなんとも扇情的だった。


「絵とか、文字とかで意思の疎通が図れるかは早めに試した方が良いと思う。嫌なこととか嫌いなことは可能な限り早く知っておいたほうが、トラブルがなくて済むだろうし」

「というと?」

「俺の勘。多分、あの子俺と同じように、虐待されてたタイプだと思うからさ」


 リーアの目は真剣そのものである。

 彼はモンスターのミアドールとして生を受けたものの、美男美女にしか変身できないという欠陥があったせいで種族を追放された過去を持つ。だが、それだけではない。

 そもそも彼は、それだけしか変身できないとわかってからもすぐ一族を追い出されたわけではないのだ。正確には、追い出される前の一時、人間相手に商売を行う“売春婦”としての活動することを強要されていたのである。正確には、男も女も関係なく色事を強要されていた。――当時まだ、八歳の子供であったにも関わらず。限られた変身しかできないお前が人様の役に立てる方法なんてそれだけだろ、と言われて実の親に売春宿に売られたのだった。

 ミアドールは、人間との間に子供を成すこともできる種族である。

 元々の性別が男であるリーアは、精神的には男性に近い脳を持っている。それなのに、女としての役割を強要されるだけで相当なストレスだったはずだ。

 その上で、客の乱暴な行為によって流産を経験。パニックになって、相手の客に深刻な傷を負わせてしまった(具体的には、男のブツを噛み千切ったという)ことにより売春宿を追い出され、一族からも捨てられて森にやってきたという。

 拾った当初のリーアの様子は、はっきり言って思い出すのも辛いものだった。誰のことも信用しない、人間の姿をした生き物は怖い奴らばかりだと本気で思っていたと後に彼は語った。――今思うと、よく森に受け入れて貰えたものだと思うほどに。


「スライムだから、俺が受けた虐待とは違うタイプかもだけど。でもなんとなく想像がつくんだ。あの子ずっと怯えてるし、ジムの顔色伺ってるよ。拾ってくれたジムのことを慕ってるからこそ、嫌われたくないんだ」

「……まあ、そんな気はしてたな。そんなこと気にしなくていいのにな、男三人暮らしにも花があった方が良いだろうし」

「えー、俺は花じゃないのー?」

「お前は花っていうより蛾だろ、蛾。もしくは食虫植物」

「ひっで!」


 あはは、と笑うリーア。十年前は、こんな笑顔が見られる日が来るなんて思ってもみなかったことだ。


「長老に言われたから、チェルクを引き取ったってだけじゃない。……お前らと出逢って気づいたんだ。俺は、誰かと一緒にいたり、役に立てるってことが何よりうれしいんだって。お前らも、チェルクも、俺に生きてる意味を教えてくれるかけがえのない連中なんだよ」


 ぐっと拳を握って、ジムは言う。リーアはその拳をつん、と指でつついて言った。


「その台詞、ゴラルにも言ってあげなよ。絶対喜ぶから」

「……恥ずかしいんだが?」

「いいって。恥ずかしくたって、伝えるべき言葉ってのは絶対あるんだから。勿論、チェルクにもね。ジムはもっと素直に、誰かに気持ちを伝えてもいいと思うよ。それから……俺も含めてみんな、ジムが思っている以上にジムに助けられてるし、ジムのことが大好きなんだってことを忘れないでね」

「やめろって馬鹿」


 恥ずかしい台詞を言ったら、さらに数倍恥ずかしい台詞を返された。思わず顔を逸らした直後、思いきりベッドに引き倒される。むに、と肩に豊満な胸が当たって思わずドキドキした。

 いくら自分が育ての親で、可愛い子供のような存在だといっても。今のリーアが、誰もが振り向くような美女の姿に変身しているのは間違いないことで。――ついでに言うなら彼にせがまれてベッドを共にしたことは何度もあるのである。


「お酒に酔ったらちょっと興奮してきちゃったー。ねえジム。抱いて?」

「お前なあ。一階でチェルクが寝てるの忘れてねーか?」

「すぐに終わるってばー」

「本当にちゃんと一回で終わるのかよ。それに俺、一応お前の親代わりなんだけど?」

「わかってるってば。それでも俺は、ジムのことが好きなの。言っておくけど、俺が望んで体を許したのジムだけなんだからね?」

「お前な……」


 その好き、がどういう意味の好きなのかは深く考えないようにしている。そもそもミアドールという種族に関してジムが知っていることはあまりにも少ないし、実際彼等もまたモンスター辞典にあまり生態が載っていない生き物なのである。

 本当は、育ての親と子でこういうことをするのは健全ではないのだろう。それでもリーアが、自傷でも自虐でもなく本気で望んでいるとわかってもいるわけで。


「……きちんと避妊するからな、いいな?」

「俺はジムの子供だったら産みたいのになー」

「あのなぁ」


 その銀色の髪を撫でて、そっと頬にキスを落とした。少しでも、彼が思いだしてしまったのであろう不安が消えることを祈って。

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