第4話 吸血姫、マジ凹みする

「まーしけた村ねぇ。中途半端にぶっこわされてさらにしけてるわ」


「……小さな村だからな。あまりしけたしけたと言ってくれるな」


 とりあえずはカインとラライは村人を引き連れて村に戻った。一部壊されたり荒らされたりした形跡もあるが、損害は軽微といったところか。


「はいはいあんたら注目!」


 ドレスを翻し、パンパンと手を叩き村人たちを呼び寄せる。


「とりあえず村の中から使えそうな道具や食料をかき集めなさい! もてるだけ持って森の中で暮らすからね!」


「森の中? いや我々はすぐに移動しないと」


「だまらっしゃい無能牧師が!」


 ペチンと、カインの頭を吸血鬼が叩く。


「む、無能!?」


「受け入れてくれるかわからない所に賭で移動してどうするの!? まずは新しい兵が来る前に森へ住居を移しておきなさい。まだ森から出なくてもいいわ!」


「し、しかし森の中で長期間は暮らせない、老人と子供ばかりでは」


「言ったでしょ、あんたらには生贄になってもらうって! どのみちもう少ししたらあんたらを討伐しにあの雑魚聖騎士どもが大挙してくるのよ、宗教権威ってのはとにかく舐められたら死ぬやつらなんだから絶対来るわ! そいつらを根こそぎ食い殺して血を吸って魔力を回復させるのよ!」


「わ、我々は囮か!?」


「そのためには生きててもらわないと困るからね、きっちり死なないように世話してあげるわこの無能ども!」



 △ △ △


「一応は道具や食料は集められたようだが……」


「そう、じゃあ休憩ね。その後森へ移動させましょう。カイン、私の眷属を一人見せてあげるわ。霊器と魂を繋いだ、かわいい私の下僕をね。……って、ああ、あなた目が見えなかったっけ」


「……眷属?」


 ラライが牙で人差し指を噛む。溢れる血を地面に垂らし、魔力を走らせた。


「『来たれ、我が臣。来たれ我が僕。来たれ我が眷属。我の望み果たすため、捧げた命を消費させよ』」


 力ある言葉。空間に歪み。魔術、それも高レベルの召喚魔術。幾何学紋様を描く赤の光。傍題な情報が物理干渉へ昇華される。


「『召喚サモン家妖精キキモラのゼゼル』」


 夜を照らす眩い光。瞬間的に吹き上がる煙。現れるは、ラライよりも小柄な人影。

 黒髪と黒眼、古いメイド服。そして羊のような巻角をもつ少女がいた。見た目だけなら十代半ばほど。


「──え、あ、あれ」


「ゼゼル」


「え、あれ、ゆ、勇者は!? お屋敷はどこに? あれ、みんなは? ここどこ!?」


 狼狽している。どうやらなにか相当な大騒ぎに出くわしていたらしい。


「な、なんだ? 子供の声……? ラライ、君は何を召喚したんだ……?」


「あー無能牧師カインは見えないもんね。これは私の眷属で、まあ見た目は女の子よ。ねぇ、ゼゼル」


「あ、あるじ様!? 御無事だったんですか! 勇者たちは一体、お屋敷もなくなって、これは一体なにが、て、なんですかその派手なドレスは!?」


「落ち着け!」


「あべっ!!?」


 いきなりラライがゼゼルと呼ばれた少女の後頭部を叩いた。


「うぅぅ……主様ヒドい……」


「お、おいラライ、なにをしてるんだ? 殴ったのか? やめろかわいそうだろ!?」


 涙目でしゃがみこむ少女、さすがに黙っていられず牧師も声を出す。


「うるさい黙れ無能牧師! はい説明は後!! ゼゼル、あんたの持ってる大鍋を出す、それでこの貧相な村人共に麦粥でも振る舞ってやりなさい! まずは満腹にさせてやるのよ!」


「え、あ、はい!」


 主人の命令に慌てて動き出すメイド。広げた両の手、その間に青白い光。


「『来たれ、巨人の大鍋エルドフリムニル』」


 一抱えほどもある鉄の大鍋が現れた。ゼゼルがそこへ手を回すと、鍋底からふつふつと白い何かが湧き出す。


「こ、これは、麦粥!?」


 驚くカインに、誇らしげにラライは解説した。


「この娘は家妖精キキモラのゼゼル。この娘の持ってる鍋は、魔力と引き換えに食料を作り出せるのよ。ゼゼルに譲渡する私の魔力さえあればほぼ無尽蔵に食料を出せるわ」


 大鍋を、あっという間に麦粥が満たした。


「さあゼゼル、カイン。これを村人に振る舞ってやりなさいな。慈悲深い吸血の姫の施しよ、たっぷり感謝しなさい。マズいとか抜かすやつがいたらタコ殴りね。食事をさせて三時間後に出発!」


「は、はい主様!」


 スタスタと、カイン達を背にラライが歩き出す。


「……おい、どこにいくんだ?」


「ちょっとあの小屋で一人でゆっくりしたくてね。悪いけどこないでくださらないかしら牧師様?」


「なにかたくらんでるのか……?」


「あらあら、人外の化け物が悪徳を尊ばずしてどうしろと? それとも牧師様は淑女の身支度を覗く趣味でもあるのかしら? なにせ気安く触ってくる方だものねぇ」


「……僕は目が見えないぞ」


「知ってていってるに決まってるでしょ?」



 △ △ △


「さて」


 無人の小屋に足を踏み入れる。ドアを閉め、カーテンをかけた。


「『沈黙よ来たれサイレンス』」


 静音化魔術を発動。これで部屋の中の音は一切外に聞こえない。


「よっと」


 椅子にこしかける。テーブルの上に木彫りのおもちゃがあった。親子が住んでいたのだろうか。

 一息吐いて、ラライはテーブルに突っ伏した。


「うあああああああああああああん!!! みんななくなっちゃったよおおおお!! 屋敷も家具も全部なくなっちゃったああああ!!!

あのベッド買ってからひと月しか経ってないにいいい!!!

魔力ほとんどカラだし誰も私のこと覚えてないしもうやだあああああ!!!」


 小屋の中を、吸血鬼の泣き声が響き渡る。

 

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