第10話 この三角関係の物語は唯一無二?

夕暮れ時のセントラル矢戸東の従業員喫煙場所のベンチで河野はタバコを吸っている。隣には書きかけのポップが置いてある。愛羅武優の販促のためのポップだ。品出しが忙しい上に、何を書くべきかわからなくなった。そのため、陸にアイデアをもらおうと考えたのだ。

空から陸がやってきた。地面に降りると、翼がへたった。いつもよりお疲れの様子だ。

「陸、どうした。夏バテか?」

もうすぐ9月が近い。しかし、暑さはまだまだ8月真っ只中だ。だが、それを加味しても陸はいつもより憔悴している。

「親父と喧嘩したっす」

「…お前、親父がいたのか」

「天狗系Vチューバーとか言ってるっす。アバターでもないのにVチューバーってどう考えてもおかしいっすけど、なんかゆいおっぷをお勧めする動画がバズってめっちゃ儲かってるみたいっす」

「何だそれ…」

「本当、意味わかんないっすよね。でも、今、日本中どこの書店もゆいおっぷが売れてるみたいっす」

陸は壁に寄りかかって座り込んだ。

「で、親父の動画で河野さんのお勧めの愛羅武優をお勧めしてもらおうとしたら、こんなくだらん本を勧めるつもりはないって言われて。俺も納得できないから大喧嘩っす」

「なるほどな」

陸はベンチの上の書きかけのポップを見た。

「これ、もしかして愛羅武優のポップっすか?」

「ああ。お前にアイデアをもらおうと思ってな」

「俺っすか? 他の人は…」

「それなんだが、この愛羅武優、どうも評判が良くないみたいだ。うちの店でも面白いと思う人と、面白くないと思う人が半々になってる」

「ちょっと、それはまずいっすね」

「ああ。でも俺は、この三角関係の物語は唯一無二だと思うんだ」

「それっす」

「え?」

「この三角関係の物語は唯一無二。いい感じの言葉じゃないっすか」

「本当か?」

「本当っす。その言葉をポップに書いちゃえばいいっす」

陸はポップを指さしてそう言った。

「陸、ありがとう」

「どういたしまして」

河野はポップの紙を持って小躍りしながら喫煙場所を後にした。そして、店に戻るとポップに「この三角関係の物語は唯一無二」という言葉を書いて、早速愛羅武優が置いてあるところにポップを飾った。

帰り際に河野は平積みになっている愛羅武優を確認すると1冊売れていることがわかった。

河野は心の中でガッツポーズをして店を後にした。

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