右胸に触れたら 触ればわかる運命の彼女
ひぐらし なく
恋人探し
第1話 新しい先生
自分はウサギみたいな大きな耳を持った若者で、同じような姿の女の子と仲良く話をしている。そんな童話の一場面のようなものだが、どことなくリアルで。そして楽しいはずなのに不安を感じさせるものだった。
「今日から新しい先生が来るってさ」
航が教室に入るなり
「お前が話をするってことは女の先生か」
直人は当たりとでもいうように親指を立てた。こいつの頭の中は、ほぼ女の子のことで占められている。
「でも誰の代わりだ?女の先生どころか誰もやめてなんかいないだろう」
「数学の前田が週末にけがをしたんだとさ。二十三歳、大学を卒業したばかり」
「お前よくそんなことを知ってるな」
理由はわかっている、こいつは生意気にも事務の女性職員と付き合っている。彼女いない歴が、年齢と同じ十七年という航にとっては、うらやましいを通り越して腹立たしい存在でもある。小学校以来の友人でなければ絶対に付き合いたくない奴だ。
「みさとが言うにはすごい美人らしい」
みさとというのはもちろん直人の彼女のことだ。予想どうりすぎて面白くもなんともないが、若い女性という方はやっぱり気になる。
「今日の三限目、前田の数学だったよな、そりゃ楽しみだ」
男子たちはこの手の話には敏感に反応する。聞き耳を立てていたわけじゃないだろうが、あちこちで似たような会話が始まった。
若い女性の先生なんて、どう考えても自分とは縁がない存在だ。それでも、美人となれば見ているだけで楽しいだろう。珍しく数学の時間が待ち遠しくなってきた。
教室がにわかにざわついた。新任の先生はどう見ても高校生、頑張ってみても大学生にしか見えない。たぶん一五〇センチほどの伸長に丸眼鏡。ピンクのトレーナーとチェックのミニスカート。
航たちの高校には制服がないので、クラスの女子たちも似たような服装が多い。教壇から降りて椅子に座れば、たぶん生徒と見分けがつかないだろう
「なんだよ、辺見、美人だっていうから期待したのに、うちのクラスの女たちと変わんないじゃねーか」
教室のあちこちで、そんな声とくすくす笑いが聞こえた。ずいぶん失礼な話だが、先生は気にもならないのか、クラス全体を見渡すとにっこりと笑った。
それだけで十分だった、その笑顔をかわいいと思ったのは、航だけではなかったらしい。教室は一瞬で静かになった。それほど飛び切りの笑顔だったのだ。
もちろん、その笑顔が航に向けられたものでないことはわかっている。それでも、これから数学の時間が楽しくなることだけは確実だった。
「牧野さつきです、みんなの名前はこれからゆっくり覚えるけれど、とりあえず名前を呼ぶので立ち上がってください」
「話があるから放課後に玄関で待っていて」
航は自分の名前が呼ばれたときにそう言われた気がした。たぶん気のせいに違いない、もしそれが本当ならばクラス中が大騒ぎになるはずだ。夢のことといい、なにかこのところ航は自分がおかしいような気がしている。
「お待たせ、じゃ行こうか」
航は何となく引っかかるものがあって、校門のそばで時間をつぶしていた。今日に限らないことではないが、そもそも航には放課後の予定など全くない。待ちぼうけになっても困ることもない。
航の通う高校では、二年の秋になるともうほとんどの生徒は部活を引退している。そのためか授業が終わると下校する生徒も多い。知った顔も多いが、なぜか今日は誰も声をかけていかない。そんなときに後ろから牧野先生の声がしたので、航は本当に飛び上がるほど驚いた。
「気のせいかと思ってました、本当に僕に……。でも教室ではだれも気付かなかったような」
「あぁ、そのこと。気にしないで、言ってもまだ信じないだろうから」
でもほら、だれも私たちのこと気にしてないでしょ。こんなことしても」
先生はいきなり航の腕に腕を絡めてきた。航にとって、女性と腕を絡めて歩くなんて生まれて初めての経験だ。思わず飛びのきそうになったが、先生はぎゅっと腕をつかんで航が逃げるのを許さなかった。
「じゃ行こうか」
「どこへですか}
「私のアパートに決まっているじゃない」
航は聞き間違いかと思った、先生といっても女性だ。その部屋に?
戸惑いを隠せない航を、牧野先生は強引に引っ張って行く。その時は気が付かなかったが、周りには生徒も多くいたのに。誰も二人のことを気にもかけなかったのは不思議だった。
航は百七十五センチと背が高いとは言えない。それでも先生よりは二十センチ以上大きいから、腕を組めば、航が引っ張る形になるはずだ。それなのになぜか航は先生に引きずられてる。というよりコントロールされている。声に出して指示されないもののなぜか、自然と足が行くべき方向に向いていた。
先生のマンションは、航が通学に使う私鉄で五駅めの街にあった。電車の扉の近くに立っているときも、先生は航と腕を絡めたままだ。それは愛情というより逃げられないためというように力が入っている。
それにしても周りの人から、全く関心が向けられないのはなぜなんだろう。高校生が腕を組みながら電車に乗っているというのは、そんなに当たり前のことなのか。航は今まで全く経験がなかったから気が付かなかったのか、違うと思う。
そんなうらやましいやつらがいれば、きっと気になりチラ見をするに決まっている。要はカップルには見えないということだろうと航は納得することにした。
セキュリティのしっかりしてそうな玄関を抜け、エントランスに設置されたエレベーターで六階に。大学を出たばかりの女性が住むにしては、ちょっとばかり高くはないか、物を知っている大人ならそう思うはずのマンションだ。もっとも航にそんな知識は全くない。
女性の部屋というのはこんなものか、と、がっかりするほど先生の部屋は殺風景だった。リビングにはソファーと大きめの机。その上にはパソコンの置かれた広めの机、コップなんかも置かれているので、作業も食事もすべてこの机で済ますのだろう。カーテンもソファーもベージュなのが先生のキャラクターにはそぐわない。絶対にピンクだろうと思うのは、たぶん航の偏見だ。
「そんなところに立ってないで横に来て」
ソファーに腰を下ろした先生は、ここにと言うようにソファーをポンポンと叩いた。ミニスカートの奥がちらっと見え、航は慌てて視線をそらした。薄いオレンジだった、そっちはキャラに合うなあ、と航はやっと緊張が解けた。
「すけべ、いつまでもパンツを見てないで座って、生まれ変わっても性格は一緒なんだから」
先生はにこりともせずに言った。その態度よりも「生まれ変わっても」という言葉が航には引っかかった、どういうことだ。
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