第十話 『チョロイン』
目標は決まった。
そうと決まれば、早速行動あるのみ。
わたしと楠木ちゃん、それに氷織ちゃんは食堂で昼食を摂り終えたあとに教室へと向かった。
午後からの五限目と六限目の授業。わたしはこれからのプランを立てなければならない。
「(楠木ちゃんとどうやったらベッドまで行けるか。………サキュバスの【魅了】を使う?いや、もう既に誤作動してる可能性もあるんだよね。あまり多重発動すると、のちのち、わたしが もなか と付き合う時に面倒なことになる。でも、わたしって【魅了】以外で人を惹きつけるような魅力って持ち合わせてないし……)」
困った。いったいどうやって………
わたしは如何にして楠木ちゃんと体の関係になれるかを模索し続けた。
結果、思考は渦に呑まれ、わたしを現実に引き戻したのは五限目終了のチャイムだった。
いつの間にか、授業そっちのけで考えることに没頭していたみたい。
それでも結局のところ、妙案は浮かばなかった。案が浮かばなかった代わりに、一つの結論には行き着いた。
――ひょっとすると、わたしがやろうとしていることって、ただのクズなのではないか?
もなか と付き合いたい。そのためには、もなか の好みのタイプを理解していたい。理解するに当たって、楠木ちゃんと寝たい。
………あれ、これって楠木ちゃんの気持ちはどうなるんだろう。まるでYSPみたいになってる考えだけど。間違いなく悲しませてしまうのでは??
やっぱり、やめよう。一旦、冷静になって もなか と仲良くしていた貴田ちゃんへの嫉妬も、このクズみたいな思考も、一旦隅に追いやろうではないか。
よし、とりあえず休み時間のうちにお手洗いに―――っと、席から腰を浮かしたその時、わたしの机の前に立つ女の子がいた。
その女の子こそ、先まで頭の中で散々如何にベッドまで誘うかをシミュレーションしていた相手、
彼女は彼女で、随分と思いつめた顔をしている。
そんな彼女は、口をパクパクさせて何かを言い淀む、しかし意を決したかと思うと重たそうに口を開いてこんなことを言ってきた。
「………みねちゃん、今日の放課後、一緒に、あそぶ」
「え?いいけど………
いつも眠たげで、少し怠け者の楠木ちゃんが自分から遊びに誘うなんて珍しい。
いつもはイヤイヤ着いてくる感じなのに。この思い詰めた表情と言い、もしかしたら何か事情があるのかもしれない。
ならば皆で、楠木ちゃんを元気づけなければ!!
……どうせ、今日も我が幼馴染、
スマホを取り出して八木ちゃん、氷織ちゃん、楠木ちゃん、貴田ちゃん、そしてわたしがいるグループチャットにてメッセージを打ち込もうとすると、ふとスマホの画面が塞がれた。
楠木ちゃんの小さくて白くて、スベスベで綺麗なお手が、わたしのスマホ画面を隠している。
「違うの。今日は、みんな誘わない。私とみねちゃん、二人だけで、あそぶ。………ダメ?」
「えっ!?いや、わ、だ、大丈夫!お、おっけー!二人で、ね……」
「……あ、違うの。別にあの子たちを仲間はずれにしたい、わけじゃない。私そんな子じゃない、から、みねちゃん、………嫌いにならないで」
「えぇ!??な、ならないよ、そんな!嫌いになんてならないから!!」
「………そう。それなら、良かった」
「う、うん。あ、わたしちょっとお手洗いに」
「うん。いってらっしゃい」
わたしは半ば逃げるようにして楠木ちゃんの元から離れてトイレの個室へと駆け込んだ。
な、なんだなんだ。楠木ちゃんの、あの顔は。
「……ダメ?」の時も、「嫌いにならないで」の時も、うるうると涙を溜めての上目遣いは破壊力がやばい。
なんであんな表情するの!??やばかった。めちゃくちゃ可愛かった!!
え、やだ、どうしよ。
たったあれだけの表情に、ドキドキが抑えられない。
どうしよう。楠木ちゃんのあの表情が脳裏に焼き付いてしまった。わたしの鼓動はさらに加速するようだ。
あれ、これ、やばいのでは??なんだか、今、楠木ちゃんに抱いてる感情が、どこかわたしが普段 もなか に抱いてる感情と酷似しているようなんですが………
え、我ながらチョロインすぎて。
しかも、よくよく考えれば二人きりってことは、それってデートなのでは???
………いやだめだ。この考えは危険だ。楠木ちゃんはきっと、ただわたしのサキュバスとしての【魅了】に掛かってしまっているだけなのだ。
本当の気持ちでわたしに好意を寄せてるわけでは無い。
それに、もしも【魅了】に掛かっていなかったとしても、きっと楠木ちゃんがわたしを好きになることは無い。
わたしたちは女の子どうし。同性愛に目覚める子など、そうはいないと思うから。
うん。これはきっとデートでは、ない。
それでも、早めに教室に戻ろう。
なんでかって?
そりゃあ万が一、お手洗いで長い、なんて思われることがあったら万死に値するからだ。
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