第三話 『彼女たち』

「地獄を見た」

「えへへ〜♪………かっこよかったよ?ランちゃん!」


 我が最愛の幼馴染、もなかと並び歩きながら教室へと戻る。

 入学式が行われたホールは、さすが私立わたくしりつと言うべきか広くて綺麗で空調設備もしっかりしてて、新入生代表のあいさつ以外は、わたしも無事に入学式を進めることが出来た。


 問題は、新入生代表のあいさつ。名前を呼ばれた。わたしの名前がいきなり新入生の皆さんに知れ渡ってしまった。怖い。壇上へと上がると、何故かザワザワと生徒たちが騒ぎだす。こっちは只でさえ慣れないことしようとして極度の緊張状態にあるのに、余計なプレッシャーを与えないでくれ!そう切に願いながら、わたしは立てられたマイクの前で、事前に三十路スーツ姿の女性から渡されていた文書を読み上げた。わたしが声を発した瞬間も、何やらホール内はザワついた。もしやあれか?「なにあの女、声ブサっ!」とか言われてんのか?そしたら泣きますけど?わたし。


 兎に角、迅速に、かつ冷静に、バクンバクンいってる心臓の音がマイクに拾われていないことを祈りながら、わたしの新入生代表のあいさつは終わった。壇上を下りる際に、まるで一周まわって嫌がらせの如く、爆音の拍手の音がホールを呑み込んだ。それを先導していたのは幼馴染の瀬利せり 萌菜花もなか。全力の二ヘラ顔でこれでもかと言うほどバチバチと手を打ち合わせていた。


 新入生代表のあいさつが終わると、次に一年一組から四組まで、それぞれの担任の先生が名前を呼ばれたあとに、クラスの各々の名前紹介が行われた。案の定と言うべきか、三十路スーツ姿の女性はわたしたち一年三組の担任教師だった。


 名前を 七草ななくさ 凛働りんどう と言うらしい。


 席につき、入学式用の先輩方が作ってくださったとされるパンフレットの名前を見て思ったけど、凛働、凛々しく働け、という意味を込められて名付けられたとか。………社畜を強要された人生とは、悲しきかな。先生の薔薇色結婚ライフはお陀仏の模様。


 そんなこんなで入学式を終え、今に至り幼馴染と一緒に教室へと戻ってきたのだ。


 何やら教室でも改めて、一人一人自己紹介をするとか?


 わたしが教室に入ると、先に戻ってきていた大半のクラスメイトの視線がわたしに集まる。これは、あれだろうか?わたしみたいな『三日会わなければすぐ顔を忘れてしまいそうな生徒』が、たかがちょっと目立ったからって調子に乗ってんじゃねぇぞの視線だろうか?し、心配しないでください。わたしはあなた達にとって人畜無害の空気ですので。


「よーし!それじゃあ、早速みんなには自己紹介をしてもらおっかな!名前に出席番号、あとは……何か一つ!必ず特徴を教えること!!じゃあ1番の子から、どうぞ!!」


 ノリノリな三十路スーツ姿のボイン―――改め、七草凛働先生がまわす自己紹介が始まった。


***???***


 彼女が教室に入ってきた時、私は思わず、ほんっとーに無意識に、自然と目を奪われた。その子から目が離せなかった。


 肩の少し下あたりまで伸ばしたキレイでサラサラな黒髪。キリッとした目尻が若干吊り上がったその黒色の瞳は、彼女の帯びる冷たさを一心に秘めている。絵本で見た白雪姫のように白い素肌。リンゴのように赤く色づいた唇。どこをとっても、見惚れるには十分な魅力が彼女にはあった。


―――百合ヶ峰ゆりがみねさん


 風で靡いた彼女の黒髪が舞い、その隙間から一瞬露になったそのは、私が彼女と仲良くなりたい。お近づきになりたいと思うには十二分な決定打だった。


***???***


 その人を初めて目にした瞬間、私はというものを生まれて初めて感じた。


 小動物系女子を連れて堂々と姿を見せた彼女は、中学で王子様扱いされていたこの私よりも背が高く、目があったと思うと向けられた涼やかな微笑みは、まるでこんな私を、私なんかをお姫様として迎えに来た白馬の王子様のようで。


―――百合ヶ峰


 私の奥底に眠らせていた、『もう叶うことのない絵本のお姫様』になりたいという私の乙女チックな本心を呼び覚ましてくれた、私だけの王子様。


 眉目秀麗な彼女の振る舞いは、私という埃かぶったシンデレラが彼女に近づきたいと思うには、過十分なほどの決定打であった。


***???***


 最初は第一志望校に落ちて、この学校が希望校じゃないこともあって本当は来たくなかった。家に籠ってぬくいベッドで安眠を貪りたかった。だけど流石に、登校初日でいきなりサボりはこの私でも気が引けたから、仕方なく登校した。


 明日からは適度に休んでサボろうと思っていた。

 入学式が始まるまでは机に突っ伏して眠っていた。周りの子たちなんて興味無かった。


 ホールに移動するにあたって出席番号順に列に気だるげに並んでいると、後ろからトントンと肩を叩かれた。

 はぁ、めんどくさい。そう思いながら振り向くと、ちょうど大人の女性からその生徒は呼ばれた。「百合ヶ峰さん」と。


 一目見て理解した。

 あぁ、退屈だと思い込んでいた、モノクロの世界が、今、色とりどりに彩色されていくのを感じた。


 百合ヶ峰さん。親愛を込めて、『みねちゃん』と呼ばせていただこう。


―――みねちゃん


 私の白黒の遊び心の無い日常に、彩りの明るい花を咲かせてくれる女の子。

 女性と話し、コロコロと数種類もの色のように変化する彼女の表情は、私が彼女といたい、と思うには申し分ないほどの決定打だった。


***???***


 小学校、中学校と学校生活を送ったけれど、友人と呼べるものはこれまでに一度たりともいたことは無い。これは自慢ではない。単なる事実。


 友人。いたことは無いけれど。別に特段と悲しくはない。だって、必要無いもの。

 そう、入学式の、あの新入生代表のあいさつを見るまでは、そう考えていた。


 なるほど。マイクを通じてスピーカーから聞こえてくる『聖なるフリューレ』もとい彼女の声は、自然と不快だと思っていたメスブタどもの鳴き声とは別で、すんなりと耳に入ってきた。


 教室でも少し聞いたけれど、どうやら彼女は今年度の入試試験で300点満点を叩き出したらしい。私は努力出来る人が大好きだ。中でも勉学における努力は、人の本性を写すと考える。


 もう一度言わせてもらう。なるほど。


―――百合ヶ峰 美蘭


 彼女の、その目に見える結果から測る生きざまは、私が彼女に好意を抱くには十分であり、尚且つ声が私好みと言うのであれば。それは私が一目惚れをするには彼女の存在自体が決定打そのものであった。


◇ ◇ ◇


 この時、百合ヶ峰 美蘭はまだ知らない。


 彼女に集まる一際熱い四つの視線。それとは真逆の一つの何かに気づき焦り始める視線。


 彼女の浅はかな【魅了】によって、これからの学校生活に波乱が巻き起こることを。

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