第17話 翡翠色の瞳
色欲の悪魔のイヴと対峙した場所に郁らは向かった。
朱が言うには、一度ゲートを開いた場所ほどホールを繋げるのに適しているとのことだった。
相変わらず扉は錆びており、少し力を加え引くように開けた。
今回アルカラの潜伏先に潜入するメンバーは上層部からの指示のもとラヴィ、夕凪、郁、リリィの4名が選出された。
アルカラの襲撃に備えユヅル、七瀬、チガネ、東雲はノアの箱舟に待機している。
「郁さん、イヴさんが消えたのはあの角に間違いありませんか? 」
郁は頷くのを確認すると、朱は壁に左手を添える。
そして小さく何かつぶやくと何もなかった壁に空間の穴が開いた。
穴の奥は暗いのか先が見えないが、うっすらと景色が鮮明になっていく。
郁は潜ろうとしたとき、後ろから夕凪に上着を軽く引っ張られる。
「……夕凪ちゃん? 」
「なぁ、郁。
お前、私に何か言ってないことないか……?」
郁は何のことだろうと分らず、首を傾げる。
「……いや、無いのならいいんだ。
行こう」
郁はふと、ウォッカに向かう前に泊った宿で世釋に言われたことが頭に過ぎった。
「……世釋はどうして、ラヴィさんを連れて来て欲しいなんて言ってたんだろう」
ホールの中に潜り、進むにつれ、西洋の建物が目の前に現れた。
昼なのか夜なのか分からないほど空はどんよりしている。
「時間がありません。
いつ世釋様が気づくか分からないので急いで入ってください」
ホールの先に入ると生温い風が頬に通った。
「ここが……」
ラヴィさんが郁の隣で呟く。
「此処がアルカラの本土です。
でも、まずいことになりました。
もう気づかれているようです」
朱はそう言うと、頭上を見上げる。
「……朱ちゃんさ、僕結構怒ってるんだ。
どうしてくれるのさ」
ウォッカで出会ったあの少年が獏のぬいぐるみを抱え、浮かんでいた。
「ニア、藍の事は攻撃してもいいけど殺しちゃ駄目だよ。
久しぶりだね夕凪。
そして、待ってたよラヴィ・アンダーグレイ」
「……世釋」
夕凪はいつでも戦闘できるように日本刀の柄に触れている。
猿間さんの姿が見えないが、子供だろうか真っ赤なドレスを着た女の子が世檡にくっつくように後ろに立っている。
肌は真っ白で艶やかで美しくふわりと緩く巻かれた金色の髪はとても柔らかそうで、片目だけ翡翠色の瞳だった。
郁はその瞳に見覚えがあった。
「……郁さん約束通り私の事守ってくださいね。
今の世釋様にとって私ではなくこの瞳が一番必要なものなので」
朱は郁の服の裾を掴む。
朱は少し震えているようだった。
「場所を変えようか?
その方が良いでしょうニア」
世檡はそう言うと、後ろに隠れる少女に声をかけた。
「君もゆっくりと話したいでしょう?
ラヴィ・アンダーグレイとね。
ねぇ、僕の愛しのエリーゼ」
郁の視界が歪むと、市松模様の床が近づいてくる。
どこから落ちているようで、郁は咄嗟に朱を抱える。
無事に降り立つと、朱をそっと下した。
「ありがとうございます。
郁さん」
「……三人とは別れたっぽいね」
ラヴィ、夕凪、リリィの姿が見えない。
「ようこそ、僕の遊び場へ。
藍お姉ちゃんのこと返してもらうね。
半吸血鬼のお兄さんも苦しくないように殺してあげるからね。
安心していいよ」
ニアはにっこりとほほ笑むと、指揮棒を手に取る。
「指揮棒……? 」
「……最初っから本気モードですか。
郁さん気を付けてください! 彼は……!! 」
「さて、それじゃあ貴方に優しい安息の歌をあげましょう」
ニアはいつのまにか郁の目の前に現れると、そっと頬に手を添える。
「朱ちゃんには鎮魂歌【レクイエム】を」
「ラヴィさん……?」
夕凪はラヴィの異変に気付き、声をかける。
「……夕凪は消えたワンコくん達を探して」
「でも……! 」
「これは上司命令だよ。
わかったかい? 夕凪」
「……はい」
夕凪は一歩下がる。
「良いの?
ニ対一になっちゃうけど」
「世釋、僕を甘く見ない方が良いよ。
それに君には個人的に聞きたいことが出来たよ」
「それじゃあ、僕も本気出さなくちゃなあ……」
夕凪は離れる前に世釋に一撃を加えようと、刀を貫くと世釋に向かっていく。
パチンと音がすると、目の前に大きな扉が現れた。
夕凪は警戒しながらその扉に手をかけた。
開いた扉の先は薄暗く、部屋の中央にはこちらに背を向けた人物が立っていた。
その人物はゆっくりと夕凪の方へ振り向く。
「……え?」
扉はゆっくりと閉まった。
「……おる、郁!
起きなさい!! 」
耳元で声がし、郁は飛び起きる。
「いつまで寝てるの?
あんたは本当に高校生になっても……」
郁は瞬きを繰り返すと、目の前で呆れた顔をしている人物を見た。
「なにボサッとしてるの?
学校遅れるわよ? 」
「……まじか」
郁は溜息をつくと、ベットの横にある窓のカーテンを開けた。
差し込む朝日が眩しく郁は片目を瞑る。
しかし前とは違い意識だけははっきりしていた。
「夢にしては感覚がはっきりしてるけど……多分怠惰の悪魔のニアの能力だよな」
手のひらを見ると、文字が書かれていた。
「【獏を探して下さい】か」
「ぶつぶつ言ってないで、さっさと起きなさい郁」
「……わかったよ。母さん」
【獏】
中国から日本へ伝わった伝説の生物。人の夢を喰って生きると言われている。悪夢を見た後に「(この夢を)獏にあげます」と唱えると同じ悪夢を二度と見ずにすむという。
制服のポケットの中に丸められた紙切れにはそう書いてあった。
郁は頭を掻くと、その紙切れをもう一度ポケットの中に戻した。
「……夢だったと仮定して獏を見つければ現実に戻れるってことか。
このメッセージはニア……いや、朱さんかな? 」
朱の姿が見えない為同じ空間にいるのかそれとも別の場所に居るのか確認しようがない。
郁は通学路を歩きながらぶつぶつ独り言をつぶやいていると誰かにぶつかった。
「っ、すいません」
「……郁くん? 」
ぶつかった相手の顔を見ると、郁は目を見開いた。
長い髪が揺れ、履いてるチェックスカートはパンツがギリギリ見えそうなくらい短い。
「リリィ……!? 」
「そうだよリリィだよ!!
郁くんだ本物?
ずっと心細かったよ~!
よくわかんない所に居るし、ニアっていう男の子にぬいぐるみ投げられるし~……」
リリィは郁に飛びつくと、えぐえぐっと泣く。
「わー胸柔らかいマシュマロみたいだ……じゃなくて、やばい思考が思春期の男子学生みたいになる……!
リリィちょっと離れて欲しい。
周りの視線が痛い……」
登校中の学生、サラリーマンもこちらを見ては、コソコソと何か喋っていた。
リリィは郁から離れると申し訳ないような顔をする。
「ふぁ、ごめんね。
でも最初パンツ一枚であと裸だったの。
……犬ちゃんにいっぱい追いかけられるし大変だったんだから! 」
「は、裸……服はどうしたの? 」
郁は想像してしまい、リリィから視線を外すと鼻を咄嗟に抑える。
「路地裏に身を隠してたら鼻息の荒い男の人に服もらった。
飛びついてきたから気絶させるくらいの力で叩いてしまったんだけど……申し訳なかったな」
リリィはしゅんとすると、項垂れる。
郁はリリィの両肩を掴むと、ぽんぽんと叩いた。
「うん、とりあえず無事でよかったよ。
あと、スカートとても短いから俺のジャージの短パン貸すね。
無地の黒だからリリィが履いてるスカートと違和感ないと思うから」
「ありがとう郁くん」
リリィはなんでこんなに無防備なんだろうと郁は心配になった。
郁はリリィに獏のことを怠惰の悪魔の能力で現実ではない夢の中に居ることを説明した。
「とりあえず俺は学校に行く。
リリィには申し訳ないけど周辺を探してほしい」
リリィはこくりと頷く。
「学校さぼろうかと思ったけど何でか学校に行かないといけない気がするんだ」
「多分それってその獏が郁くんの学校に居るかもしれない気がするってこと? 」
「分からない。
でも、獏に繋がる何かがある予感がするんだ。 勘だけど」
「私も郁くんの学校行ってみたいけど……流石にバレちゃうよね」
「バレるというか……スーツとか着たら男子高校生が喜びそう。
はっ!……とりあえず危険だから!
リリィが思ってるより学校は危険な場所なんだ! ごめん!」
郁はそう言うと、リリィと別れた。
ニアは指揮棒を振るう。
倒れている郁とリリィが宙に浮くと、二人の頭の上には砂時計が現れる。
「時間が経つほど覚めない夢を死ぬまで見ているといいよ」
ニアは倒れている朱を抱きかかえると、手を額に添える。
「僕の為に藍お姉ちゃんは必要なんだ。
だから朱ちゃんが消えるようにおまじないかけておくね。
早く僕だけの藍お姉ちゃんになってね」
「ニアくんお疲れ様ー。
さて、ほなさっさっとその瞳摘出するさかい離れとってー」
シキはニア達に近付くと、メスを取り出した。
「……藍お姉ちゃん大丈夫だよね。
もし何かあったら……」
「はは、はよぅ止血やるわ。
藍ちゃん傷つけるようなことしいひん。
計画ももう大詰めやし、僕らは僕らの仕事早うせんとねぇ? 」
「そういえば何で藍お姉ちゃんにエリーゼ様の瞳があるのさ」
シキは少し考えると口を開く。
「元々は早い段階で回収できる予定やったらしいけど、あのビッチ女の失態で予定がズレたらしいわ。
まぁ、結果的に藍ちゃん本人がこっち
やからニアくんが嫌っとる【朱ちゃん】にちょっとは感謝せぇへんとな。あの子が魔力をぎょうさん使ってくれたおかげで回収できるんやから」
「……気づいてたんだ」
「いいや、ニアくんの様子を見て判断しただけや。
最近のニアくん頬膨らませて何度その頬を口に含んでしまいたいって我慢して涎が垂れそうになったか……殺気なんてもうにやけてしまうくらい愛おしかったわぁー」
「シキくんって本当気持ち悪いよね」
ニアはシキに怪訝そう顔を向けた。
「あ、そうや。
あの人がニアくんに約束のモノ渡して欲しいってさ」
「へー……上手く味方を欺けたんだ、あの人」
ニアは小さな砂時計をシキに渡す。
「こんなもの誰に使うんだか」
「愛の力は偉大やねぇ~、僕にはわからんけど」
シキは頭の上で腕を組むと、背を反った。
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