第20話 罪




不気味な紅い月の夜、ある夫婦の間に新しい命が誕生しようとしていました。

難産の末産婆が母体から取り上げた女の子の赤子は鬼の角が生えていました。




「おーい、七瀬来たぜ」


「八百……私の大福よ。 それ」


八百は七瀬の前に供えられていた大福を頬張るとドカッと座った。


「今回はどのようなご理由でこちらにいらっしゃるんですか?

鬼姫様」


「その呼び方やめてよ。

……今回は予言で村に災いが起きるだろうって出たのよ」


七瀬の姿を見た人々は特別な力を持った子供だろうと神格化し崇拝した。

病は流行り始めた、雨が降らない、豊作が乏しい、洪水に悩んでいる等

七瀬はそのたびに山の上に建てられたお堂に連れて来られていた。

そして物事が解決されると迎えが来て戻されるが、それまでこの場所に閉じ込められていた。


「うわー、今回は長くなりそうだね。

どんな災いかも分からないだろう」


七瀬はこくりと頷くと、ぽつりと呟いた。


「今回で村の皆が気づいてくれたらいいんだけどね。

私には災いを抑える力はないって! 」


「年々ポジティブになっていくな。

昔なんて早く帰りたいよ~って泣きべそかいてたのに」


「何年経ってると思ってるの?

もう泣いたりなんかしないようだー!

それより八百、今日はどんな話を聞かせてくれるの? 」


キラキラと目を輝かせ、七瀬は八百を見る。


「あ、そういえば最近違う村に行ったときにさ、変な噂を聞いたんだ」


「変な噂? 」


「俺も食い物をこっそり頂戴してる最中だったから少ししか聞いてなかったんだけどさ、人が獣じゃない何かに襲われたんだって。

見つかった死体に人が齧ったみたいな歯形があったらしいよ」


八百は自身が持っていた包み袋から果物を取り出すと七瀬にも渡した。


「へー本当に?

だって少ししか聞いてなかったんでしょう?

なら聞き間違えたかもしれないじゃない。

この桃は盗んだもの? 」


「それはここの山で実ってたもの。

熟してて腐る前にと思って摘んできた」


七瀬はそれを聞くと、桃を一口齧った。


「……ふーん、人が人を喰ってるとでもいうの? 」


「俺もそう思ったけどさ、もしかしたら本当に人食いがここら辺をうろうろしてたりしたらって考えると面白くない? 」


「馬鹿らしい…そんなの怖いだけよ。

その村は近くの村なの? 」


「いや、七瀬の村よりは遠いところ」


「じゃあ、心配ないわね」


八百は立ちあがり背伸びするとお堂にかけられている錠を引いた。

お堂の扉は簡単に開き、七瀬は八百を見上げた。


「鍵も開錠してあげてるのに、ここから出ようとしないんだね。

どうせ村に戻っても閉じ込められてるのにこんな時くらい外に出たいと思わないもんかね」


「いいの。

私は此処にいないと村の皆が大騒ぎになっちゃうでしょう。

それに八百が外の世界の話をしてくれるから全然平気」


「……」


八百は口をつむぐと俯いた。






「っくそが!! 」


ニアはユヅルのドール達に苦戦していた。


「くくくっ、まだ力が完全には回復してないようじゃのう。

それともあのぬいぐるみがないとまともに力が発揮できないのか? 」


マリアはニアと同様宙に浮かび、大きい欠伸をしていた。

ニアはチッと舌打ちをする。

ニアは指揮棒を振りかざすと、向かってくるドール達に向けた。


「第2楽章幻想交響曲【茨姫】」


ニアは指揮棒を振るうと、ニアの後ろから大量の茨が現れ、トンファーを持つドールに巻き付く。


「第4楽章幻想交響曲【灰かぶり姫】」


サバイバルナイフを持った少年のドールの前に美しい白いドレスと金銀の靴を履いた女性が現れる。

女性は倒れ込むように少年のドールに抱き着くと、みるみる内にドールが焼け焦げていく。

ニアは自身の胸のあたりの服を強く握るとはぁはぁと荒く息を吐く。

マリアはパチパチと拍手をすると、ニアはマリアを睨むと指揮棒を向けた。


「……次はお前の番だよ。

暴食の悪魔ぁぁぁっ!! 」


「くくっ、その体がいつまでもつか見ものじゃのう?

ニア殿」


「第5楽章幻想交響曲っ!! 【眠り姫】」


ニアの後ろにパイブオルガンと目を閉じた長身の女性が現れる。

女性は目をゆっくりと開けると、美しい音色に合わせて歌い出そうと息を吸う。


「それを待ってた」


そう声がすると、藍を抱えたユヅルが女性の目の前に現れる。


「っは? 」


ニアは振り向くと同時に藍の中から鍵盤が現れる。ユヅルはそれに触れる。


「やめろ!!

それに触れるなっ!!! 」


「儂を無視しないでほしいのぅ、ニア殿」


ニアの左足にガラスのフォークが刺さると、ニアは振り向いた反動でそこから力が抜けたようにバランスを崩す。フォークはマリアの方に戻ると、マリアはニアから取った魔力をフォークでくるくると回し掬いとると口に含む。


「嫉妬と怒りの味がするのぅ……辛い辛い」


マリアはヒィヒィと言いながら下を出す。

ニアは藍に手を伸ばすが、間に見えない壁が張られてしまった。


「第5楽章幻想交響曲【眠り姫】。

先ほどあやつらを夢に誘ったときはすでにこの部屋自体に能力を使っていたからすぐに能力を発動することができた。個人に能力を使った場合その者の夢の中に入ることが出来るのではないかと主様が考えたらしいが成功したようじゃのう」


「……」


「お主もそろそろ本性を現した方がいいんじゃないかのう。

この子どもを使い続けても儂に傷一つも付けられんぞ?

怠惰の悪魔」


獏のぬいぐるみはふよふよとニアに近付くと大きな口を開け、呑みこんだ。

獏は形を変えると、すらっとした燕尾服を身にまとった青年が現れる。


「いつから気づいていたの?

あの子にはちゃんと僕っぽくふるまうようにしていたのに……」


「魔力の味じゃのう。

お主の魔力が微妙に違う魔力が混じっていた。

強欲の悪魔は融合だが、お主は昔から寄生を繰り返していたからのう」


「寄生ね、でも一応この体は今までと比べると気に入ってはいるよ」


「あの少女に執着していたようじゃが、その様子だと宿主の方のようじゃのう」


「そうだね。

時が来たら次は彼女にしようかなって思ってはいるけどね。その程度にしか思っていないよ。

それよりも一度暴食の悪魔のアナタと戦ってみたかったんだよね。

アナタもその姿のままじゃ全力出せないでしょう? 」


怠惰の悪魔は指揮棒をマリアの方に向け、笑う。


「……ふむ、それが残念なことにお主と戦うことができぬ。

すでに決着がついてしまったからのぅ……」


「は? 」


青年はボロボロと崩れていく。

マリアは崩れた怠惰の悪魔の残骸に横たわるニアに近付く。


「お主も散々だったのうあの怠惰の悪魔に魅入られて。

……それじゃあ、お主の中の怠惰の悪魔もいただくとするかのぅ」


マリアはフォークとナイフを取り出す。


「むしゃむしゃ……うむ、やはり子供は甘くて美味いな!!

主様もうまい事やっているといいが……」


マリアは手を合わせると、満面な笑みを浮かべた。


「ご馳走さまでした」








「あぁ、鬼姫様。どうか我々をお守りください」


「隣の村の村人が一晩のうちに何者かに惨殺されたらしい……」


「野犬の仕業じゃない? 」


「物騒で夜もおちおち眠ることもできない……」


「きっと、鬼姫様がこの村を災いから救ってくれるわ……」


「……ねぇ、本当に大丈夫かしら。

だってあの子只の女の子じゃない……」


「やめておいた方がいいわよ。

私もこの村に嫁いできた身だからあの子にすごい力があるなんて信じてないけど、誰かに聞かれたらあの子の代わりに人柱になるわよ……」


駕籠に揺られながら七瀬は村人の声に耳を傾けていた。

すると一人の小さな女の子が七瀬に近づいてきた。


「ねぇねぇ、鬼のお姉ちゃんまたお山に行くの? 」


「こら、咲こっちに来なさい! 」


母親らしき女性が焦りながら女の子の手を引き寄せると、七瀬の顔をちらりと見る。


「……申し訳ございません。

鬼姫様……どうか私どもをお守りください」


「……ねぇ、貴女今いくつになったの? 」


七瀬は女の子に笑顔で問いかけると、女の子は嬉しそうに指を七本掲げた。


「そう、元気にこの年を迎えられたのね……」


女性は驚いた顔をすると、ぺこりと頭を下げた。


「鬼のお姉ちゃん、ばいばいー」


女の子は七瀬に手を振る。

七瀬は女の子に小さく手を振り返すと、真っすぐに行く道の方向へ顔を向けた。

お堂の錠がガチャンと音をたて閉まり、七瀬を運んできた村人は七瀬の前に多めに果物や饅頭を置くと山を下りていった。

しばらくすると木陰に身を潜めていた八百が姿を現し、お堂に近づいた。


「膝抱えて俯いてどうした?

……泣いてるの? 」


「……私って皆と何が違うの?

特別なこと何もしてないのに。

どうして誰も気づいてくれないの? 」


七瀬はポロポロと大粒の涙を流す。

八百はお堂の錠を外すと、俯く七瀬の頬に触れた。


「七瀬……あのさ、俺とどこか遠くに一緒に逃げよう」


八百の声を遮るように山中の鳥達が鳴き出す。

異様なほどの鳴き声に七瀬達は耳を塞ぐ。


「……様子が変だ。

七瀬ここに居てくれ俺は様子見てくるから! 」


「ちょっと、待って八百!! 」


八百は呼び止める七瀬の声に振り向かず山を下り出した。七瀬も八百を追うように駆け出す。八百に中々追いつくことが出来ず、やっと八百の姿を確認すると七瀬は息を切らしながら八百の衣服を掴んだ。


「……はぁ、はぁ……っ、八百待ってよ……早すぎる……っ?! 」


七瀬は顔をあげると、目の前に変わり果てた村の風景が広がる。悲鳴がそこら中から聞こえる。


「何これ……っお母さん!!! 」


駆け出そうとする七瀬の腕を八百が掴む。


「っ、待て七瀬。

なんでお前来たんだよ!! 」


「だって……村がっ、お母さんと咲……妹を探さなくちゃ……!! 」


「行くな! 」


「いやっ!!

離して、八百!! 」


「お前はこの村の人達に酷いことされてたじゃないか!

お前が行く必要なんかない!! 」


「っ、離して!! 」


七瀬は八百の手を振り払うと、村の方へ駆け出す。


「っくそ、」


悲鳴が響き、そこら中の建物に火が上がっている。

七瀬は周りを見回す。

進むにつれ、黒煙が至る所に上っている。


「お母さん!!!

咲!!!

っ、何処にいるのー!! 」


すると女の子の着物が目の端にうつり、七瀬は歩みを止めた。

女の子の上に男が覆いかぶさっている。七瀬は近くに落ちていた木の棒を拾い上げると、そっと近づき木の棒を男の頭上におとした。男を払いのけると七瀬は女の子を抱きかかえた。


「咲……っじゃない?

っう!! 」


抱きかかえた女の子の顔は抉れており、人間の歯形がくっきりとついていた。


「七瀬!!

後ろ!!! 」


八百の声に気づき、振り向くと先ほどの男が七瀬に襲いかかろうとしていた。男は異様なほどの赤黒い爪をしており、口からは大量の血が混じった涎を垂らしている。

七瀬はまるで自分の瞳に映る光景がスローモーションのようにゆっくりと鮮明に見えたような気がした。目の端にキラリと何かが通りすぎると襲ってきた男の腕から血飛沫があがる。男の背後から大きな鎌を持った青年が立っており、鎌を一振りすると男の首がコロリと地面に落ち、砂の様に朽ち果てた。


「雨宮、子供の前で刃物をちらつかせるな。怖がっているだろう」


「へいへい、やぁ嬢ちゃん怪我はない? 」


地べたに座っていた七瀬の目線まで腰をおろした青年は癖の多い天パに普段から整えているのか不快には思わないほどの無精髭をしており、微かに煙草の匂いした。


「……」


「……あー、ラヴィの言う通り怖がらせた? 俺」


雨宮は困ったようにラヴィに視線を向けた。


「とりあえず安全な場所にいこう」


ラヴィは七瀬が抱えていた少女の亡骸に自身の着ていた上着をそっと被せた。


「七瀬大丈夫か? 」


八百は七瀬に駆け寄ると、手を差し伸べた。差し伸べられた手を取り七瀬は立ち上がる。


「っ痛い」


足に痛みの感じ見ると、履いていた草履の鼻緒が切れており血が滲んでいた。

ラヴィ達についていくと、簡易的なテントが張られていた。周りにはラヴィ達と同じような服装をした人が何人かいた。


「まだデッドがうろうろしている。

雨宮ともう一度村中を巡回してくる。

この子達もテントに入れてください」


テントの中に入ると、包帯を巻いて横になっている人や、子供の泣き声が聞こえる。村人の一人が七瀬に気がつき、七瀬の両肩を掴むと項垂れた。


「あぁ、鬼姫様!

我らをお守りくださる為においでくださったのですね! 」


その声に他の村人の気づき、七瀬の方に頭を垂れる。


「鬼姫様……息子が息子が目を覚まさないのです!!

貴女様のお力を私が疑っていたからでしょうか?

申し訳ございません……どうかどうか救ってください!! 」


「鬼姫様が来られたからには人の姿をした物の怪も退散してくれよう!! 」


「鬼姫様どうかこの村を救ってくださいませ」


村人の異様なまでの七瀬に向けられた期待の眼差しに七瀬は後ずさりした。


「わ、私には……そんな力なんてないの。

どうして……っ?! 」


「鬼のお姉ちゃん」


七瀬は視線を横に向けると、泣きじゃくる咲がいた。


「おかあさんがね、ぐすっ、いってたの……鬼のお姉ちゃんが咲の事や村の皆のこと守ってくれるよって……鬼のお姉ちゃんは特別な力を持った子供だからって……ぅぐすっ、おかあさん物の怪に襲われてたの……っ、鬼のお姉ちゃんおかあさん助けてくれるよね?? 」


「っ、お前らいい加減にしろ!

こいつは、七瀬は……っ! 」


八百は村人と七瀬に間に割って入るが、七瀬は俯くとくすくすと笑い出した。


「七瀬? 」


「そうだね……私は特別な力を持ってる。

只、その力を使おうとしてなかっただけであんな人食いの化物なんてきっと私の力で殺れる……! 」


七瀬は落ちていた鉈を手に取ると、外に出た。

ラヴィと雨宮を追い越すと村人をむしゃむしゃと食べているデッドに向かって鉈を振りかざした。

返り血がびしゃっと七瀬の顔にかかる。


「化物め、コッチに来い!!

私が……一人残らず殺してやるんだっ!!! 」


七瀬の声に気づき、デッドが集まってくる。

どんよりと雲が空を覆い、ゴロゴロと雷が鳴りだす。


「消えてなくなれ……消えろ消えろ!!

全部消えてなくなれ!!」


次の瞬間七瀬を中心に雷電が集まり、七瀬の方に集まってきたデッド達に雷電が降りかかり真っ黒に焼け焦げるとバタバタと倒れていった。


「……七瀬」


ラヴィと雨宮は茫然と七瀬を見つめた。

後から追ってきた八百が七瀬に声をかける。

振り向いた七瀬の額には菊の模様と長く鋭い鬼の角があった。

七瀬はははっと笑う。


「私やっぱり鬼だったんだね。

さっきね雷が落ちてくるってわかったの。

きっと私雷が操れるのかも……」


ラヴィが七瀬に近付くとぎゅっと抱きしめた。


「君は……他の子と変わらないよ。

俺には只の泣き虫な女の子にしか見えないよ」


「……ねぇ、お兄さん。

私の事ここから連れ出して。

私もうあの村に帰りたくないよ」


ラヴィはこくりと頷くと、七瀬は眉を下げ大きな声で泣き出した。

八百は只それをずっと眺めていた。

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