第12話 シンメトリー



「あらら、切られてしもたわ」


シキは残念そうにため息をつくと、グッと背伸びをした。

そして部屋の扉の近くに立っているエンマに視線を動かした。

エンマは小一時間程そのまま微動だにせず立っている。

表情一つも変えず、ずっと立っているのだ。

無表情で瞳も生気のない様に真っ黒である。

まるで、機械人形アンドロイドみたいだとシキは思い、可笑しくなった。

シキはエンマに近付いていくと、顔を覗き込む。


「……」


「……相変わらず無口やなぁ。

エンマくんは」


エンマはシキの方へ一瞬視線を向けるが、すぐに興味なさそうに視線を外した。

シキはエンマから離れ、くるりと近くの椅子の背を手で持ち、回すとそこに腰かけた。

そして目を細め、にこりと笑った。


「そういえば今日は世釋様と一緒におらへんやなぁ。

めずらしいわー」


「……世釋は朝からどこかに出掛けてる」


「わぁ、初めて声聞いた気がするわ。

どエライハスキーボイスだね。

僕、いっぺんエンマくんと二人っきりで話してみたかったんや~」


シキはわざとらしく驚いた顔をした。


「……」


シキはちょいちょいと手招きをすると、エンマは少し躊躇したがしつこく手招きをするシキに渋々と側に近付く。

座っているシキに配慮してなのか、背を少し屈めていた。

その行動にもシキは可笑しいと内心笑った。


「ほら一応同じ目的を持つ協力者として仲を深めたいなぁと。

僕と君は見た目的には年長組みたいな感じだし」


「……年長組」


エンマはそう呟いた。


「ものの例えとしてなぁ。

藍ちゃんとニアくんは年少組で、世釋様は年中組みたいな。

あ、ビッチ女は論外でなー」


シキはケラケラと笑う。


「……何が切られたんだ。

さっき」


話を逸らすようにエンマはシキに話をふる。

シキはつまらなさそうに肩をすくめる。


「あー……ちょっとした盗聴?

でも、やっぱりそう簡単にはいかなかったわぁ」


「……」


「……エンマくんは興味ないん?

自分の正体とか……例えば、あの子との関係とかさ」


「あの子……? 」


シキは面白そうににたぁと笑う。


「エンマくんと似た……」


「シキ」


後ろから静かに名前を呼ぶ声に、シキは発しようとした言葉を飲み込んだ。

そして上半身だけ後ろを振り向くと、世釋と視線を合わせる。


「……おかえりなさい世釋様。

もう、いきなり後ろに立たないでくださいよ~

ビックリしましたわぁ」


「はは、ごめんごめん。

楽しそうに二人で話してたからね。

声をかけるタイミングがつかめなかったんだよ」


表情は笑顔だが目が笑っていないことはすぐにわかった。

シキは唾をごくりと呑むと、世釋と視線を外さないままにこりと笑った。


「……ホンマ、この人も恐いお人やわ。

あ、先に謝りまへんと。

薬の効果は抜群なんやけど、早い段階で対策たてられそうかもですわー」


「そう。

でも、十分失った数は達成できたから良いと思うよ?

シキに任せて本当によかったよ。

……何か欲しいものあるなら用意するよ? 」


「それは何でもええんでしゃろうか?

それなら僕、欲しいものあるんですわぁー」


シキは世釋に耳打ちすると、世釋はほほ笑むと頷いた。


「それなら、その近くにニア達が行ってるから持ってきてもらうよ」


「ホンマおおきに世釋様。

さてと、僕は少し休ませて頂きますわー」


そう言うと、シキは部屋を出ていった。

部屋に残った世釋とエンマに沈黙の時間が流れる。

最初に口を開いたのは世釋だった。


「……エンマ」


「……はい」


エンマは手で頭を押え、眉間に皺を寄せていた。

世釋はエンマの目の前に立つと、両手をエンマの方に伸ばした。


「エンマちょっとしゃがんで。

君は背が高いからこのままだと僕の腕が痛くなる」


少ししゃがんだエンマに世釋は抱き着いた。

そして頭を優しく撫でる。


「……エンマは何も思い出さなくていい。

今の君は僕のモノだ。

僕だけの側にいて僕の為に君のすべてを使って。

僕だけを見てればいい…いいね?

頭の中の雑音なんて気にも留めないで。

きっと血が足りないんだろうね。

だから余計なモノが君を邪魔してくる。

……少し早めだけれど食事の時間にしよう。

君はどんな血が一番好みなんだろうね、君のこともっと知りたいな」


「……」


世釋は愛おしそうに微笑んだ。






ガタンゴトンと汽車が音を立てる。

窓を開けると心地よい風が車内に入ってきた。

郁達はリリィと東雲が育った施設へ向かっていた。

向かい側に座る夕凪は先ほどから手を握ったり閉じたりと動作を繰り返している。


「夕凪ちゃんなんか落ち着いてないね」


「いや、私は十分落ち着いてる。

只、アルカラのシキ・ヴァイスハイトと戦った時に腕を細かく切り刻まれてな。

見た目は再生できたが感覚がまだあんまり戻って来てない気がして」


「え、なんて? 」


郁が聞き返すと夕凪は不思議そうな顔をし、瞬きする。


「だから、感覚がまだ戻ってきて……」


平然と衝撃的なことを発言する夕凪をちょっと待てというように郁は手の平を夕凪に向けた。


「いやいや、切り刻まれたって……」


「……ああ、ミンチよりは細かくはないよ」


「はぁ?

いや、細かさの限度じゃなくて……!

大丈夫なのそれって……」


夕凪は呆れたように首を傾げると、溜息をついた。


「別に腕を切り刻まれたぐらいで死なないし、お前も体感しただろう?

吸血鬼は再生能力が高いんだ。

程度によっては時間はかかるけど……」



「一応夕凪ちゃんは女の子なんだからもう少し自分を大切にしてよ。

もし治らないような傷作ったら、もし顔とかなら一生残るかもしれないし。

いや、うん。

そんな怪訝そうな顔しないでよ……」


夕凪はやや迷惑そうな、めんどくさそうな何とも表現しづらい顔を郁に向けていた。


「……大きなお世話だし、それにそんなこと気にしてたら殺られるだろうが。

もし郁が言うような消えない傷が出来たとしてもそのときは仕方ないだろう」


「……」


郁は何も言わず、夕凪を真っすぐ見つめる。

夕凪は気まずそうな顔をした後ポツリと言葉を溢し始めた。


「はぁ、こういう所が私の悪いとこだとリリィに言われたな……。

……心配してくれたのは、ありがとう。

なるべく気を付ける様にはする。

あ、見えてきた」


そう言うと、夕凪は窓の方を見た。

郁も窓の外に視線を向けると、西洋風の建物が少しずつ見えてきた。

人が生活している様には窺えなかった。

建物だけが綺麗なまま残っているといった方が正しい。

どんな使用目的で残している建物なのだろうかと郁は建物を横目に見ながら思っていた。


「夕凪さん、郁さん。

駅に着いたら少し歩くと思いますが大丈夫ですか? 」


後ろに座っていた東雲が顔を出した。


「一回来たことがあるからな道は覚えてる。

東雲はどうするんだ」


「俺は先に向かいます。

見張りの方に説明しないとですし……」


そう言っているうちに汽車はゆっくりとスピードを下げ、目的の駅へ止まった。


「では、先に行っています」


東雲はそういうと同時に上着の脱ぐと背中に翼のようなタトゥーが現れる。それはみるみる内に綺麗な黒い翼になった。

バサッと翼が動くと、風が起こり東雲の足が浮く。


「本当にリリィが言ってたような綺麗な翼だな……」


郁はぽつりと呟いた。

東雲は唇を噛むと、翼を動かし施設の方へ飛んで行ってしまった。


「私達も行くか。

……どうした、難しそうな顔して」


「いや、東雲くんってリリィを嫌っているような感じがなんかしないんだよな。

もっと、違う感じがするっていうか……」


「……お前が変な推測しても仕方ないだろうが。

二日しかないんだ汽車で一日も使ったんだからな」


夕凪は郁の服をグイグイと引っ張る。

よっぽど早く向かいたいようだった。


「……夕凪ちゃんって時々可愛いよね」


「……はぁ?

いいから早く行くぞ」


夕凪バッと前を向くと、早歩きで進んでいった。

耳まで真っ赤にした夕凪を見て郁はふっと笑った。



「はぁ……はぁ……」



だいぶ歩いたと思う。

半分吸血鬼になり身体が若返ったとはいえ、中身はもう20代後半なのだ。


山の上にあるという目的の建物に向かってプチ登山状態の郁はこの距離を登って来たという事実に身体的ではなく精神的に疲労した。

登り始めたときは身体の軽さに余裕を感じていた。

しかし予想していた以上の距離に到着地点まで登り切った郁ははぁーと大きく深い溜息をついた。


入口には東雲と第一支部の人だろうか話し込んでいるように見える。

東雲は郁達に気づくと話を中断し、近づいてきた。


「すいません。

七瀬さんが話を通していただいた方がまだいらっしゃってないようでして他の隊員の方達に事が伝わってないようでした。

一応確認を取っていただいているところなんですが……」


「そうか。

……東雲確認取れたようだぞ」


第一支部の隊員は電話相手とまだ何か話しているようだが、もう一人の隊員が口をパクパクさせ「大丈夫です」と言っているようだった。


「あ、そのようですね。

じゃあ、行きましょうか」


郁は改めて建物の外観を見た。

赤茶色のレンガには蔦が絡まっている。

門が開き郁達は建物の中に入るが、昼間にも関わらず薄暗く不気味が悪い。

誰かの忘れ物だろうか可愛らしいぬいぐるみが転がっている。


「夕凪さん。

書籍があるのは階段を上がった奥の部屋です。

入口にmotherと書いてあるのですぐにわかると思いますよ。

俺はまだ調べてない下の階を見ますので」


「わかった。

ありがとう」


夕凪と郁は階段を上がっていく、郁達の後ろから第一支部の隊員がついてきている。

東雲を見ると先ほどまで電話をしていた隊員の人がついていた。

郁の視線に気づいたのか隊員は口を開ける。


「大丈夫ですよ。

こちらも指示が出ているものでお調べものの邪魔にはなりませんので」


「いや、ごめんなさい。

悪気はないんです。

あ、でも大丈夫なんですか?

外に誰か居なくても……」


「心配しなくても大丈夫です。

さっき遅れてきた者が到着してますので、こちらこそすいません伝達ミスでお手間をおかけしましたね……

あ、私第一支部の青柳と申します。

第二支部の狗塚さんですよね。

よろしくお願いしますね」


青柳はそう言うと、郁に笑顔を向けた。


「いえ、こちらこそよろしくお願いします。

青柳さん」


夕凪は足を止めると、motherと文字が彫られているドアを開けた。


室内はカーテンが閉められており、隙間からの光が微かに漏れ出していた。

アンティーク調の机と椅子や分厚い本が入る棚は当時のまま保管されていると青柳は郁に説明してくれた。


「これはすごい量だな……東雲にどの資料か先に聞いておけばよかったな」 


夕凪は腰に手を当て、本棚を眺めた。


「俺、聞いてこようか?

東雲くんに」


「いや、私が聞いてくるから良い……」


「……もしよろしければ、私が探しましょうか? 」


青柳はおそるおそる手を上げる。

夕凪は青柳を横目で見た後、今一度本棚を見渡すと青柳の方へ視線を再度向けた。


「……エリーゼという吸血鬼のことが書かれている本を探している」


青柳は少し考える顔をしたが、「確か、こちらかと……」と1冊の本を取り出した。夕凪は受け取るとパラパラとページをめくる。

郁も夕凪の横から顔を覗かせると、びっしりと文字が書かれており所々は日に焼けたのか黄色みがかかった焦げた茶色の様になっている。

当時は何か書かれていたのか文字の印刷が薄くなっている所もあった。

夕凪はページをめくっていくが、後半にいくにつれページとページがピタリと貼り付いている。


「吸血鬼エリーゼの記録か。

……この先はやぶれと血で貼りついて見えないな。

東雲が言っていたことも書いてある。

これで間違いはないようね」


「良かったですお役に立てて……」


青柳は嬉しそうに微笑む。

夕凪はパタンと本を閉じると、じっと入口の傍に立つ青柳を見つめる。


「……なんでわかった」


「はい……?

何のことでしょう」


郁もはっと気づき、さっと夕凪の前に立つ。

夕凪は「邪魔。 前に出なくていいから」と言ったので、郁はもとの位置に戻った。


「なんで、すぐにこの本だとわかった? 」


「……」


青柳は口を固く閉じる。


「それにここは何度も入れる場所じゃない。

私達でも許可されて二日間だけしか時間がもらえなかったしね。

警備してるって言ってもこの本の内容を覚えるほど出入り出来るとは思えない」


青柳はふうと溜息をつくと、にこりと笑った。

すると、部屋の扉が何かの力により勢いよくバタンと音をたて閉まり室内はさらに暗くなる。


「私は少し演技というものが下手なのかもしれませんね。

ごきげんよう、ノアの箱舟さん」


掛けられた声に夕凪と郁は身構える。

青柳は自身の髪を一括りにサイドに縛ると着ていた隊服を脱ぎ、身なりを整える。

長いサイドポニー、隠した片目。

その容姿には覚えがあった。


宮下の研究室、そして色欲の悪魔イヴと対峙した際にいたあの少女だった。


「どうしてここにいる。

アルカラ」


夕凪は少女に容赦ない殺気を向ける。


「うん、ごめんなさい。

事を構える気はないっていうか……こないだは妹が失礼したみたいだから、謝りに来たの。

……あの人はいないようだけど」


「……妹? 」


よく見れば少女は先日のような冷酷な目をしていない。

それどころは隠している目が逆だった。

翡翠色の瞳が鈍く光る。

夕凪はそれに気づいているのかじっと少女を観察するように見つめる。

手はいつでも日本刀をぬけるように柄に触れているようだった。


「……そう、私は朱。

妹は藍。

肉体同一の双子よ」


朱と名乗った少女はまるでこの争いを知らないかのように朗らかに笑った。






「ふう、これで一応は安心かな……? 」


ラヴィはベットの横の椅子に腰かけた。

奈々の寝息は先ほどよりも落ち着きを取り戻している。


「君にまた助けられてしまったねエリーゼ。

会いたいな……なんてね、」


ラヴィは目を細めると、ふっと笑った。

バーンと音がすると病室の扉が室内に飛んできた。


「……はあ、まさかと思って急いで駆け付けたら久しぶりに見たな。

お前のかぶり物取ったとこ」


すると、一人の青年が眉を寄せながら入ってきた。

癖が多い天パに普段より整えているのか不快には思わないほどの無精髭。

仄かに煙草の匂いがする。

ラヴィはその人物も見ると頬を膨らませた。


「雨宮。

やめてよ扉壊すのさー。

あと、ここ病室だから病人寝てるでしょう?

今回は修理代雨宮のところで持ってよね……僕、嫌だからね」


雨宮と呼ばれた青年はラヴィに近付くと唇が触れるくらいの距離に近付いた。


「……何さ」


「会いたいって言うから会いに来た。

心臓が煩いんだよお前に会いたいってね」


「……それ、からかってるなら僕許さないよ?

雨宮」


ラヴィは雨宮を睨みつけた。


「はあ、悪かったよ調子乗りすぎた。

でも、心臓が煩くなったのは本当だよ。

お前が血を大量に使ったからな……共鳴したんだよ、こっちも」


雨宮は自身の左胸を指さす。

ラヴィはふうと息を吐くといつも被っている被り物に手を伸ばした。


「……もう着けるのか」


「うん、落ち着かないんだ。

これ着けてないと」


ラヴィはそう言うと、ベッド脇にある小さな棚に置いてあった被り物を被った。

そして立ち上がり、歩きだそうとするがふらっと体勢を崩し、奈々の眠る方へ倒れそうになった。

雨宮に腕を引き寄せられ雨宮の胸にすっぽりと収まった。


「大量に血を使ったってのもあるけど、少し動くな。

視界が定まってないだろう……」


「ははっ、久しぶりに沢山使い過ぎて忘れてた。

……心臓動いてるね」


「贄は? 」


「贄って……正直こう動けない状態なのに他の子達に僕の代わりに輸血パック取って来てなんてお願いしたくないんだよね。

だから雨宮が来てくれて良かったかも。

吸っても良いわけ?

雨宮」


「どうぞお好きに?

元々お前専用の贄ですからね」


「……本当なんで雨宮なのかな」


雨宮はラヴィを抱きかかえると先ほどまでラヴィが腰かけていた椅子に座る。

そして自身の首筋を差し出した。


「男二人のこの絵図は純粋な少女には目に毒かな……」


ラヴィは奈々の方に視線を向けると、小さく溜息をついた。

雨宮は今更何言ってんだと言いたげな顔をした。


「今のお前の姿ならセーフじゃない?

それよりこの子の毒どうなったんだ? 」


「摘出した。

生命維持に必要な分は残したけど、増殖はしないように無力化はしてあるから大丈夫だと思う。

彼女から摘出した毒で解毒剤を作ればシキ・ヴァイスハイト……いや、アルカラに対抗できると思う。

上が動くかは分からないけど」


「大丈夫でしょう。

そういうことは俺が大体任されてるし、俺の部下に言えば最低でも一週間後には作れる」


「そうだと助かるけど。

早ければ早い程被害がこれ以上増えなくなる……」


ラヴィは雨宮の首筋に歯をたてると、肉がプツンと刺さる音がした。


「丁度薬に詳しい青柳っていう部下が非番なんだ。

持っていけばすぐに取り掛かってくれるだろうから……痛い痛い、強く噛むな」


「うーん……」


奈々が眉を寄せ、姿態を動かすが、まだ起きてはいないようだった。

雨宮は声の音量を下げると、言葉を続ける。


「……七瀬から頼まれてあの施設に行く手前で怠惰の悪魔のおチビとシスター服の少女に会った。

どっちも大して相手にはならなかったけど……心臓を奪いに来たんだと思う」


「……」


「最近になって焦ってるのかアルカラの動きが目立つようになった気がする。

お前も気を付けた方が良い」


「…………ありがとう、だいぶ落ち着いた」


ラヴィは首筋から離れると、口元を拭った。


「それで施設には行かずに戻ってきたの?

うちの可愛い部下たちほったらかして……」


ジトリとラヴィは雨宮を睨むと、雨宮はバツの悪そうな顔をした。


「あっちにいる俺の部下たちには連絡はしてある」


「……」


「大丈夫、大丈夫!

心配症だな~ラヴィは本当に! 」


そう言うと、ラヴィの背中をバシバシと叩いた。

雨宮は思い出したように真剣な顔になる。


「あ、そうだ。

そのアルカラのシスター服の子。

前髪に隠れて普段は見えなかっただけど、戦闘中少し見えたんだ。

あの人と同じ瞳の色してたんだ片目だけ。

それに見られた瞬間に一瞬だけ心臓が反応したから間違いないよ」


「……瞳はもうアルカラの手の中か。

色欲の悪魔がすでに奪っていたってことだね……」


「それかあの少女が元々所有していたか。だな」


雨宮の発言にラヴィは目を見開くと、雨宮を見た。


「そしたら、あの時ユヅルの他に生還者が居たってことになるじゃないか……」


「そうだな。

でもそれはあり得ない。

あの場所にはユヅルしかいなかったのは、ラヴィお前が一番知ってるだろうからな。だから、只の可能性の話だよ」


「……」


その後七瀬が息を切らして部屋に入って来たため、雨宮は入れ替わるように部屋を出ていった。





「双子って……肉体同一ってことは二重人格?」


郁の問いに少女は後ろに手を組みながら、遠くの方を見つめる動作をした。


「二重人格……解離型性同一性障害というなら、違うと思う。

私達は生まれて自我が芽生える前からこうだった。

藍が眠っている間なら私一人でこうやって体を使えるけど、藍が起きてたら右半身しか私のものじゃないの。

そう言ってもそのときでも体の主導権は妹の藍の方だけどね。

不思議でしょう?

……そうね、貴方達と初めて対峙したときは私は眠っていたから妹が独断で動いていたけど」


「お前の話が本当だったしても、今眠っているっていう少女と目的は一緒なんだろう? 」


夕凪は今にも刀を貫きそうな勢いだった。

少女ははぁ……と溜息をつくと、にこりとほほ笑んだ。


「ですから、私は今日は事を構える気はないんですよ。

……ノアの箱舟さんは無害な少女にも手を上げるんですか? 」


「……」


「……夕凪ちゃん。

とりあえず今は柄から手を離そう?

多分今の彼女は大丈夫だと思う」


郁は夕凪を落ち着かせようと促した。

夕凪は渋々と手を離すと、腕を組み溜息をついた。


「……それで、ノアの箱舟の隊員のふりをして近付いて来たのはなんだ?

ただ謝りにきただけじゃないだろう」


「ああ、もしかして下の階の隊員も疑っていますか?

大丈夫ですあっちは本物です。

……そうですね、これは私個人の気まぐれで貴方達にお教えすることなんですが【ウォッカ】という村は知っていますか? 」


「【ウォッカ】? 」


夕凪は首を傾げると、少女は話を続ける様に口を動かす。


「そこに白い魔女と言われていた人が住んでいた家があります。

そこに今貴女が持っている本と同じものがあります」


少女は夕凪の持っている本を指さす。


「複製があったのか……どうして、それを教えてくれる? 」


少女は自身の胸に手を当てると、ふっと笑う。


「……傍観し続けるのも流石に飽きたので。

次の段階に進みたいだけです。

それじゃあ、そろそろ起きそうだから私は戻ります。

……また会えたら良いですね」


少女はそう言うと、ドロドロと形が崩れていく。

少女のいた場所には泥の塊が残った。


「ふう、実体は何処か違う場所か……」


夕凪は泥の塊の前にしゃがむ。

軍服のポケットからビニールの手袋、証拠品袋を取り出すと泥を掬いあげ、袋に入れた。


「そうみたいだね。

これも彼女の能力なのかな……? 」


「ユヅルがあの少女は面白い魔術を使うって言ってた。

多分回収したカードと同様のモノだろうな。

この泥も一応調べてもらう。

害は無さそうだけれどな」


ユヅルが少女から回収したカードは魔女のユヅルでさえも使えないものだったと、ユヅル本人から聞いた。

ユヅルの魔力とは違う質の魔力でそれを話していたユヅルの顔色が暗かったのは郁は今でもはっきりと覚えていた。


「夕凪さん、郁さん」


ドアが開くと、東雲が顔を出した。


「東雲くん」


「お二人部屋から出てこないので、本の下敷きになってるんじゃないかと心配しました。

あ、見つけたんですか? 」


夕凪はこくりと頷く。


「ああ。

でも、もっと有力な情報は手に入れた。

……罠とは思いたくないけどね」


「俺も下の階を調べてみたんですが、シキやアルカラに関するものはなかったです」


そう言うが東雲は少し浮かない顔をしており、手には何かが入っている袋を持っていた。


「……東雲くんその袋何が入っているの? 」


郁が指さし、東雲はああ、っと視線を袋に下す。


「……小さな頃の私物です。

下の階は談話室だったので。

俺もまさか見つかるとは思いませんでした」


それは画用紙に描かれた子供の絵と一枚の写真だった。

黒髪の少年とツインテールの少女そして少し大人っぽい白髪の少年だった。

三人とも笑顔で手をつないでいる。

写真は当時この場所にいた子ども達の集合写真だろうか。


「……これって小さい頃の東雲くんとツインテールの子はリリィだよね? 」



「…違いますよ。リリィの方はこっちです」


東雲が写真の黒髪の少年の方を指さす。

郁は目を疑い、ゴシゴシと目をこする。

今のリリィとは雰囲気がまるで違った。

髪は男の子の様にベリーショートで、絆創膏が顔のそこら中に貼っている。

ちなみにツインテールの方が俺です。と東雲は付け足した。


「ええっ!

この子がリリィ?

全然想像できないんだけど……」


今のリリィは毎日ファッションを楽しんだり、髪形を日によって変える等、行動や仕草も女の子そのものであり、それは本当に自然すぎる為、勝手に昔の頃からリリィはそういう女の子だったのだろうと思い込んでいた。

この写真に写る子とリリィの顔が浮かび、郁は混乱した。

本当に写真に写る子供達は幸せそうな笑顔をしている。



「まぁ、この後からリリィは髪を伸ばし始めたので最終的には俺と髪型逆にはなったんですが。

……リリィとはよく取っ組み合いの喧嘩をしていたので、お互い新しい傷を作ってはユキ兄に怒られてました。

……もう大半の子供達はいませんけどね」


東雲は悲しそうに眉を下げる。


「……ん? 」


郁は写真に写る人物を指指す。


「この子、強欲の悪魔のシキ・ヴァイスハイトに似てない? 」


夕凪も写真を覗き込むと、「あぁ、似てるな。それか潜伏していたのか? 」と呟くと腕を組む。


「……郁さん、それ本当ですか? 」


「え、うん。

写真よりは多分歳取ってると思うけど……東雲くん? 」



東雲は眉を深く寄せると写真と絵をしまい、階段の方へ体勢を向ける。


「……嘘だ」


そうぽつりと呟くと、歩き出した。

郁達も続いて階段を下りた。






窓際に座り、少女は夜空を見ていた。

此処は朝がない。

昼もない。

ずっと景色は薄暗いか夜で変わらないのだ。


「ん~……、僕、どのくらい寝てたんだろう?

体中痛い……」


ニアはベッドから起き上がると、ぐっと背伸びをした。


「おはようニアくん」


少女はニアの方へ顔を向けると、にこりと笑った。


「藍お姉ちゃん!!

……じゃないね。

朱ちゃんか……」


ニアは不機嫌そうに顔を歪めると、溜息をついた。

そんなニアを見て、朱はくすくす笑った。


「藍はまだ起きないわ。

残念だったね? 」


「……帰って来たんだ。

それにしても失敗しちゃったなー!

僕じゃあの人には勝てないよう!

世釋様も無茶なこと言うんだもん」


ぷぅーとニアは頬を膨らませる。

ふよふよっとニアの横に獏のぬいぐるみが近づいた。


「でも、もう一つは成功したからそんなに怒られないよね?

よしよーしパぺちゃん、シキくんのところ飛んでけぇー」


ニアがそう言うと、獏のぬいぐるみは部屋を出ていく。

そしてシキがいるであろう方向へ飛んで行った。


「それで、藍お姉ちゃんはいつ起きるの? 」


ニアの問いに朱は少し考える素振りをする。


「さあ?

もう少しかもしれないし、一生目覚めないかもね? 」


「……朱ちゃん嫌ーい! 」


「ははっ、ニアくんをからかうのが本当に面白い。

心配しなくても大丈夫よ。

そろそろ起きるよ……」


そう言うと、朱は目を閉じた。 


「………おはよう、藍お姉ちゃん」


「……ニアくん、おはよう」


ニアは満面な笑顔を向けると、ベッドから降り藍の側に駆け寄った。

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