第6話 接近
この日々がずっと続くのか。と何度思っただろう。
このまま、楽になりたいと何度考えただろう。
涙なんて遠の昔に枯れてしまった。
体中の傷と心のキズは同じ場所を抉るように深くなっていく。
ああ、どうして自分なのだろう。どこで間違えたの?
どうすればこんな風に ならなかったの?
答えなんて、きっとかえっては来ないだろう。
「理由はこれから見つければいい」
そう空から声がした。
真っ暗な世界から差し出された手を握り、立ち上がった。
「今回は簡単に事が運ぶとは思ってない」
夕凪は刀の手入れをしながら、つぶやいた。
「今回のデッドはイレギュラーだからな。
前にも話したが本来デッドは無条件で人を襲う人食いの化物だ。
デッドとその人間が常に一緒にいた場合ヘタにこっちの正体をバラせば危険にさらす可能性が極めて高いからな」
「デッドが一人になる時がわからないと難しいってことだよね~、一人になったとしても大学内。
周りに人がいる時点でこっちからは動けないよね」
リリィは髪の毛を指でいじりながら、溜息をつく。
郁はふと、頭の中に浮かんだ考えを言葉に出した。
「学生のふりをして大学内に潜り混めば、そのデッドの行動を把握できるんじゃないかな?
上層部の人達だと違和感があって怪しまれそうだけど、夕凪ちゃんならすぐには怪しまれなさそうだし。
あの大学の広さなら初めて会ったとしても警戒は少ない。
そのデッドにも近づけるかもしれない」
「……考えはいいが、一つ問題がある。
私じゃ無理だ。
デッドと接触できたとしてもすぐ吸血鬼だとバレる」
「なんで……」
「気を纏っているからだよ。
近づけば本能的に感じ取られてしまう。
だけど郁の場合半分吸血鬼だから周りの人間と気が混じってわかりにくくなる」
「……ということは、」
嫌な予感がし、郁は唾を飲む。
リリィはにこっと郁の方へ親指を立てると、
「郁くん。大学生デビューおめでとう! 服とか大学手続きは任せて」
と言った。
遠くの方でピアノのメロディーと歌声が聞こえる。
広い講堂に足を踏み入れ郁は目的の人物を探していた。
授業開始のチャイムはまだ10分前であり、早めに席についた学生達はおしゃべりを楽しんでいた。
「……すいません。
隣座ってもいいですか? 」
郁は席を指さしながら声をかける。
「あ、どうぞ。
すいません荷物隣の席に置いていたもので……今片付けますね」
彼女が荷物を自分の足元へ置いたのを確認すると、郁は席に座った。
「いつもは後ろの席に座ってるんですが、最近目が悪くなってしまって……
お友達とか来る予定でしたか? 」
「いえ、大丈夫ですよ。
この位置だと黒板がよく見えますもんね。
私もいつもこの席に座ってるんです。
あ、ごめんなさい。
私経済学部3年の西野 花菜です。
あなたは? 」
「2年の狗塚 郁です」
「人多いから1年離れてると全く誰かわからないものね」
彼女は照れ笑いすると、同時にチャイムが鳴り教授が入ってきた。
郁はふうと胸を撫で下ろした。
上手く在校生として相手に違和感を感じさせないよう演じられているだろうかと終始顔が引き攣っていなかったか郁は心配になった。
ラヴィから聞いた情報では、西野 花菜は親しい友人が少ない。
いつも行動を共にしている友人はこの講義はとっていない為、彼女に接触できる可能性が高い、と
彼女、西野 花菜はデッドのターゲットとされている人間である。
彼女と親しい間柄になればデッドに近付くことができ、またいざとなった時彼女をデッドから引き離すことができる。とラヴィは郁達に伝えていた。
郁は横目で西野を見た。
淡いピンク色のワンピースを着ており、髪の毛はサイドに三つ編みが施されている。彼女はデッドの正体を知っているにも関わらず騒ぎ立てずデッドと行動を共にしている。
デッドに脅されているのか理由は今のところ分からないが、郁は今の彼女にそんな雰囲気は感じなかった。
夕凪とリリィはなるべく郁の近くにいるとは言っていたが、姿は見えなく郁は少しばかり心細かった。
終了のチャイムが鳴り、郁は机に出していたものを鞄にしまう。
隣の西野も教材を整えていた。
「西野先輩。この後お昼一緒に食べませんか?
さっきの授業で分からない部分があってよかったら教えていただきたいのですが」
西野はぱちくりと瞬きをする。
流石に突然すぎるし怪しまれたよなと郁は謝罪の言葉を口にしようとすると、西野はふふっと笑う。
「ええ、いいわよ。
一人一緒にいる子もいるのだけど」
「あ、迷惑だったら大丈夫です。
今度の授業前にでも教えていただければ……」
「ううん、迷惑だなんて……彼あまり気にしない人だから、一緒に食べましょう。
食堂に移動することになるけど大丈夫? 」
「はい。ありがとうございます」
郁は西野と食堂へ向かい、それぞれ食券を買う。
「おばちゃん。
とろろとネギ山盛り追加でお願いします」
券を渡された食堂のおばちゃんは「はいよ」と言い、とろろとネギが山盛りになったうどんを西野に渡した。
郁もカレーライスが乗ったお盆を持ち、席に座った。
「西野先輩って、細いのに以外に食べるんですね……」
「ふふ、幹にも同じこと言われたわ。
自分じゃまだ物足りない量なのだけど……あ、幹」
西野は顔をあげ、ほほ笑んだ。
郁もそちらを見ると幹と呼ばれた青年が立っていた。
「幹、彼は2年生の狗塚くん。
皆月教授の講義で一緒だったの」
「……そうなんだ」
彼はそう言うと西野の隣の席に座る。
「……皆月の講義受けるなんて、狗塚くんは頭良いんだね。
俺だったらすぐ寝そうだわ」
「幹は集中力足りないのよ。
すごく面白いんだから皆月教授の講義」
「花菜。
ほっぺにネギついてる」
「ん?
あ、本当だ」
西野はネギをつまむと口に含んだ。
「幹先輩は昼食べないんですね」
郁がそう言うと、西野は同感したように強く頷いた。
「そうなの。幹ったら普段から小食なの。
狗塚くんも食べるよう言ってあげてー 」
「さっき、講義休みだったからパン食べたって。
狗塚くん手、止まってるよ」
郁はそう言われ、慌てて手を動かす。
「あ、すいません。お二人とも仲良いんですね。
……もしかしてお付き合いしているとか」
「ええ、自慢の彼氏よ」
西野はそう言うと、微笑んだ。
「恥ずかしいことをすぐ言葉に出すな阿保」
「未だに恥ずかしがってるのは幹だけよ。
そんなウブなところが好きなのだけど」
「先輩方ノロケないでくださいよ。
こっちが恥ずかしくなりますよ」
他愛無い話をしていると、周りの生徒達もそれぞれ動き出し始めた。
「あ、すいません。
俺、次の講義入ってるんでした。
お先失礼します」
「ごめんね。
そういえばわからないところ教えるって言ってたのに結局教えられなかったね」
「大丈夫です。
今度の授業前に教えていただければ、先輩方は次の講義は? 」
西野は首を横に振るう。
「今日はもうないの。
私はこれからバイトなのだけど」
「狗塚くん。
次の講義どこ行くの? 」
「確か、225教室です」
郁がそう言うと、幹は目を細めて笑った。
「じゃあ、近くまで一緒だね」
「そうなんですか」
「それじゃあ、二人とも頑張ってね」
西野は手を振り、食堂の出口へと小走りに駆けていった。
それを見送り、郁は幹の方へ顔を向けた。
「じゃあ、幹先輩行きましょうか……」
「何しに来たわけ」
幹は郁の腕を強く握り、睨む。
「他の人間の匂いで誤魔化せるとでも思った?
流石にこの距離だったらわかったよ」
幹はほほ笑んでいるが目は笑っていない。
腕を掴む力がどんどん強くなっていく。
「……っ離してくれませんか? 」
「……お前もあいつらの仲間?
もう付きまとわないでよ……ちゃんとやってるだろう……! 」
幹は怒りで声が震えているようだった。
郁はぐっと唾を飲むと、口を開く。
「あいつらって誰ですか?
貴方に会ったのは今日が初めてですが」
「花菜に近付くな。
花菜は関係ない」
そう言うと幹は郁から手を離す。
そして出口に向かっていってしまった。
郁は握られていた腕を見ると手の跡がついており、少し傷んだ。
「すぐに勘繰られるとはね……」
夕凪はコーヒーカップに口をつけた。
「それにあいつらの仲間ってさ、あの幹って子上層部の人達に気づいてたのかな?
」
リリィがそう言うと、夕凪はコーヒーカップを置くと、口を開いた。
「さあな。
上層部からの情報は一切なし。
見張っているとはいっても接触は指示がなければしないからな奴らは」
「でも私今まで上層部の人が戦ってるところ見たことないけどなー。
あ、私のハンバーガー来た来た」
リリィは口を大きくあけた。
唇の端に赤いケチャップをつけ、ぱくぱくと旨そうに飲み込み、親指くらいの太さのあるフライドポテトをもりもり口に運ぶ。
「それで、西野花菜の様子はどうなんだ? 」
夕凪は郁に視線を向ける。
「うーん、幹(デッド)に対する恐怖心は感じられなかったかな……」
ストローでコーラをじゅっとすすり、郁は溜息をついた。
郁が幹と接触した後、夕凪から連絡が入り、このフォーストフード店に来店した。
「もし幹が俺たちの行動に気づいてたとしても、ちゃんとやってるだろうってなんだろう」
「郁の言うようにその言葉は違和感を感じるな……。
アルカラの可能性を視野に入れて不審な動きがないか調べる必要があるか」
「……俺はもう少し西野さんと一緒にいてみる。
ちょっと気になることがあるんだ……」
夕凪は郁の表情を見た後、目をゆっくり逸らした。
「……何かあればすぐ連絡して。
まあ、少しでもデッドの気が乱れれば気づくけどね」
「わかった。
夕凪ちゃん達も気をつけてね」
「ありがとう郁くん!
心配しないで夕凪ちゃんは私が守るから! 」
リリィは郁にポテトの油で光る親指を立てる。
「ははは、心強いや」
それから郁は西野と話をする機会を窺っていたが、その度に幹が一緒にいたり、西野本人にも何故か避けられているのか皆月教授の講義も欠席することが多くなった。
それから接触が出来ず、2週間が過ぎた。
「あー……どうしよう」
郁は食堂のテーブルに項垂れた。
夕凪とリリィに同じような報告ばかりしていて申し訳なくなってきた郁は頭を抱えた。
すると、紙コップが郁の近くで置かれた音がし、郁は顔をあげた。
そこにはエプロンを来た食堂のおばちゃんが立っていた。
「もしかして花菜ちゃんに失恋しちゃったかい? 」
「……いや、そういうわけじゃ」
食堂のおばちゃんはやれやれと肩を竦めた。
「なんだい、違うのかい?
花菜ちゃんと幹くんは誰から見てもお似合いのカップルだからねぇ……あの二人の間に入るなんて勇気あるなっておばちゃん感心してたのよ」
「はぁ……二人のこと今日見かけましたか? 」
「幹くんは今日は会ってないけれど……確か花菜ちゃんは今日はいつものところに行ってるんじゃないかねぇ。
毎週この曜日はあそこで一人でゆっくり読書してるって前話してたから……」
郁は驚いた顔をすると、食堂のおばちゃんの方をみる。
「……おばちゃん、そこどこですか? 」
「ほら、敷地内にある教会だよ。
昔はそこで講義してる先生もいたんだけれど、
ほらぁー本館から遠いでしょう?
だからあんまり人が来ない穴場スポットだって……」
「ありがとうございます!! 」
郁は食堂のおばちゃんにお礼を言うと、教会に急いだ。
「西野先輩」
本に目を落としていた西野は顔を上げると郁が立っていた。
「久しぶり、郁くん」
「お久しぶりです。
西野先輩は講義がない日はこちらの教会にいると聞いて……」
郁は西野の隣に腰かけ、周りを見回す。
「ふふ、今日は幹はいないわ。
用事があるんですって。
それに幹と一緒だと聞けないことなんでしょう?
たとえば幹のこととか……」
西野は本を閉じると、困ったように微笑む。
「……単刀直入に言います西野さん。
幹さんは貴方を喰らおうと思っていると思います。
それが今じゃなくても、遠くない未来には」
「……やっぱり郁くんは幹の正体を知っていて私に近付いたのね」
「西野さん、幹さんは危険な存在なんです。
……俺はもう人が死ぬのは見たくないんです」
「郁くん。
貴方は幹が恐い? 」
西野はまっすぐに郁の目を見る。
郁は目線を落とし、膝に置いた手を強く握った。
「少し昔話してもいいかしら。
私ね、今まで何度も死にたいと思ったの。
……昔からよくいじめられてたの」
花菜は物心つく前に両親が不慮の事故に遭い、親戚もいなかった花菜は孤児として施設で育つこととなった。花菜が10歳になった頃ある夫婦の元に養子として迎えられた。
それが西野花菜の地獄の始まりだった。
花菜が養子として迎えられた西野家は有名は学園の理事長宅だった。
父は偉い学園の理事長。
母は優しく綺麗で愛想の良い奥さん。
それは外での話。
家の中の父は有り金を酒に注ぎこむ男。
母は浮気を繰り返し、髪が乱れようとも快楽に溺れる女だった。
そして花菜はその者たちの一人息子の良いおもちゃとなっていた。
息子のストレスのはけ口として花菜は何度も暴力を受け、また食事もあまり与えられないような生活を送っていた。
外の世界での息子は爽やかな笑顔を振りまき、女性に人気がある好青年。
花菜をいじめていた女生徒も息子に恋する連中だった。
息子に話しかけられている花菜。
息子の近くにいる花菜。
息子と一緒に暮らして幸せな花菜。
親にも恵まれている花菜。
女生徒の勝手な思い込みと嫉妬が外の世界でも花菜を苦しめた。
いつしか花菜が養子であり、施設育ちの孤児だと言う噂が流れ、女生徒達は面白可笑しく花菜にいじめを繰り返していた。
家でも暴力を受け、外の世界でも味方は誰もいず、花菜はただ日々の暴力に耐えるしかなかった。
「あーつまんね。
花菜最近泣かないし、声も発さないしさ……お兄ちゃん悲しいな」
花菜は虚ろな目をし、ただ窓の外を見ていた。
この日々がずっと続くのか。と何度思っただろう。
このまま、楽になりたいと何度考えただろう。
涙なんて遠の昔に枯れてしまった。
体中の傷と心のキズは同じ場所を抉るように深くなっていく。
「……良いこと思いついた。
花菜今日で18歳だよな?
身体もいい感じで成長してるしさ。
いいよな? 」
「……え」
ズボンのベルトを下し、男は花菜のスカートの中の下着に手をかける。
「や、いやだ。やめて……」
「大丈夫大丈夫、俺慣れてるから」
「いや、いやぁ!!! 」
花菜は暴れると、男はイラついた様に大声で怒鳴る。
「うるせぇよ!! 大人しくしろ!! 」
「うぐっ…!! 」
花菜の口の中にネクタイが詰め込まれ、空気が塞がれる。
制服の上着も捲られ、下着が男から丸見えになる。
「へー結構胸デカいじゃん。
全然気にしてなかった。
今度さ、俺の友達も呼んで今日より楽しいことしようぜ」
ああ、どうして自分なのだろう。
どこで間違えたの?
どうすればこんな風にならなかったの?
……答えなんて、きっとかえっては来ないだろう。
「うるさい」
目を開けると雨のように降り注ぐ血しぶき。
さっきまで花菜を押し倒していた男の首が床に転がる。
「はぁ、まずそうだなこの肉。
変な臭いするところあるし……」
「……誰」
花菜は起き上がり、瞬きを繰り返す。
「あ、この子おいしそうだな……。
とりあえず服整えなよ下着見えてる」
「あ、はい」
花菜は服を整えながら、来客者を見る。
年は花菜と同じくらいだろうか口元を服の裾で拭いている。
次に花菜は横に倒れた首のない死体を見て、ほっと胸をなでおろした。
「あの、あなたは誰ですか? 」
「ん。とりあえず君とは見た目は同じだけど、違う人種の生き物だよ」
「……人殺しさんですか?
お金だったら父の書斎の金庫ですよ。
金庫の鍵は父が持っていると思いますが……」
「鍵ってこれの事?変な形のブレスレットかと思った。
別に金銭目的じゃないよ」
「そうですか。
じゃあ、好きにして下さい」
花菜は青年の前に歩み寄ると、目をつぶった。
「……兄をどう殺したかはわかりませんが、私は抵抗等はしませんのでどうぞお好きなように殺してください」
「……もの好きだね。
そっちから進んで近づいてくるなんて……」
「私を殺した後、この家を跡形もなく燃やしてくれませんか?
西野花菜は元々いなかった存在だと。
私もう生きていたくないんです……消えちゃいたい」
「……嘘だね」
「え」
「本当は幸せになりたいんでしょう?
それに俺はそんな諦めた顔してる人喰べる趣味ないから」
「え、あの」
青年は花菜の手を取ると、口の中に含み噛んだ。
「っ」
小さく歯形が出来ている。
青年はははっと笑う。
「今、西野花菜は死にました。
今から君は俺の所有物になりました。
だから勝手に死のうとしたら本気で喰べるから」
「喰べる……? 」
「俺、人殺しじゃないよ。
人を喰べる化物(デッド)なんだ。
生きる理由はこれから見つければいい。
どうする?
付いてくる?」
差し出された手を取り、花菜はほほ笑んだ。
「あの後、幹が私の家族を喰べたのかは分からないけど、兄の部屋に来る前に満足そうな顔をしていたから、誰かしらのことは喰べていたのかな」
西野は遠い目をすると、ふっと微笑んだ。
「……恐くないといったら嘘になります。俺は大切な人を目の前で殺されたんです。デッドに」
西野は固く握られ、膝に置かれた郁の拳に自身の手をそっと添える。
「そうだったんだ……。
ごめんなさい私、郁くんの気持ちわかってあげられなくて」
「……西野さん。貴方だったらきっとこの先違う幸せだって……! 」
郁は眉を下げながら、押し殺すように最後の言葉を口にする。
「幹が私を救ってくれたの。
幹がいない幸せなんて考えられないの。
だから、郁くん。
私達を見逃してくれませんか……? 」
「っ……! 」
西野は眉を下げると、郁の方に微笑む。
郁は西野のその顔を見ると、唇を噛んだ。
「私、幹と幸せになりたいの。可能かは分からないけど幹と普通の温かい家庭を作ったり……」
郁には西野の声が耳に届かず、ただただ頭の中が混乱していた。
「……理解できない。
デッドと幸せになりたいと笑顔で言っている貴女が……あの人食いの化物と一緒になりたいなんて……! 」
「……ねぇ、郁くん。
郁くんの幸せがいつか見つかるといいね」
「西野さん。
俺は貴女のようになれません……」
「花菜!! 」
教会の扉が開けられ、息を切らした幹が入ってきた。
郁は西野の手を払うと、立ち上がり幹の方に身体を向けた。
幹は郁を睨みながら近づいてくると郁の胸倉を掴んだ。
「……お前、花菜に近付くなっていったよな」
「幹。私は大丈夫だから」
西野は幹と郁の間に割り込み、幹に微笑む。
幹は郁の胸倉を掴んだ手を離すと、郁をまた睨みつける。
「っ、お前、あいつらの仲間だろ?
俺の役目はクリアしたはずだ。
だからこれ以上俺たちには……」
「俺の役目はクリアした……? 」
郁は眉を顰(ひそ)めるが、幹は構わず言葉を続ける。
「指定の場所に条件に見合った女性は連れていった。もうこれ以上は……」
「何を言ってるんですか?
それにあいつらって……! 」
「ちょっと、なに部外者にばらそうとしてるのかな?
本当感情を持ったデッドは扱いにくいんだから……」
声のした方に一斉に目を向けると祭壇の上に赤髪の少年が座っていた。
「まあ、いいか。
それにしても懐かしい匂いがすると思ったらやっぱりね」
少年は教会の入口に目を向けると扉の陰から夕凪とリリィが姿を現した。
「……世釋」
「夕凪ちゃん?
リリィも……」
郁は夕凪とリリィの登場に驚き、瞬きを繰り返した。
夕凪は鞘から刀を抜き、郁達の横を横切り、祭壇に座る少年に刀を振りかぶった。
幹も西野の肩を抱き、その場を離れようとした時ぱんっと銃声の音がし、次の瞬間西野の腹から大量の血が噴き出した。
「花菜!! 」
崩れ落ちそうになった西野を幹は支える。
リリィは急いで駆け寄り、止血を試みる。
「っ、花菜に触るな! 」
「そんなこと言ってる場合ですか?
とりあえず安全な場所に移動させます」
リリィはそう言うと、幹とは反対の側の西野の肩を抱き、支える。
郁は銃弾が放たれた先を見て、目を見開く。
「……猿間さん? 」
それはあの時郁の前でデッドに襲われ、亡くなったと思っていた猿間の姿だった。
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