第15話 囚われた人間とポセイドン①

 惑星シヴァーでは幻影となり地上に出てくる人間が数多く存在した、その姿は犬だったり猫だったり、鳥だったり豚だったり様々だったが、それらは互いにコミュニケーションを取りお互いに干渉しあっていた。


 他人との接触を一切絶っていた惑星クリューソスとの決定的な違いはそこだった。遥か遠くの惑星からやってきた陽葵たちは瞬く間に噂になり毎日のように客が尋ねてきた。皆一様に穏やかで、この美しい星を愛していた。


 陽葵は日がな畑仕事に従事した、他にやる事が無かったと言うこともあったが、青空の下、汗を流すのが気持ちよかった。


 その日、陽葵は朝から遠出していた、と言っても徒歩ではせいぜい十キロも移動していなかっただろう。なにか珍しい草花を探しながら当てもなく歩いていた、念の為に人型ロボットをお供につけているので迷子になる心配はない。


 森の隙間から心地よい木漏れ日が陽葵を照らす、平和な星。細長い枝を振り回しながら陽葵は穏やかな気持ちで歩いていた。


 そろそろ引き返そうかと考えていると森を抜けた、そして目の前に突如現れたのは自然の中で異質なオーラを放つ灰色の壁だった。高さ三メートルほどの壁は左右に伸びている、しかしそれだけならそれほど不思議には思わなかっただろう。


 高い壁には縁の部分にびっしりと有刺鉄線が張り巡らされていた。中にいる者を決して外に出さないと黒光りするその凶暴な棘は、この平和な惑星で異様な疎外感を放ち、ハッキリと孤立していた。


 陽葵はその場から一歩、二歩、後ずさる。はやくその場から立ち去りたかったが身体がうまく動かせない、かかとが何かに引っかかって尻餅をついた。目の前の壁がいっそう大きくなる。


「大丈夫ですか?」

 陽葵は声の方を振り向いたが誰もいなかった。


「コッチです」

 頭上から降ってきた声に今度は見上げた、細い木の上でチンパンジーのような動物がコチラを見ていた。一瞬の戸惑いの後に幻影だと思い至る。


「あ、大丈夫、ちょっと転んだだけ」


 チンパンジーは華麗なステップで木を降りてくると陽葵の前に立ち塞がった。手を出している、どうやら起こしてくれるみたいだった。


「ありがとう」

「いえ」


 陽葵は立ち上がると、スカートに付いた落ち葉をはたいた。腰の曲がったチンパンジーの背丈は陽葵よりも小さかったが、妙な迫力と威圧感を感じた。


「この辺りは人間を襲う動物もいるから気をつけなさい、なるべく近寄らないように」


「あ、そんなんだ、知らなかったです」


「ええ、気をつけてお帰りなさい」


 チンパンジーはがらんどうの瞳で陽葵を見つめた。


「はい」


 陽葵はチンパンジーに一礼すると背中を向けて歩き出した、早足になる陽葵に人型ロボットが付いてくる。振り返ることができない背中にずっと視線を感じながら陽葵は森を抜けて自宅に戻った。




「あ、陽葵ちゃん、なにか珍し――」


 自宅に戻るなり春翔に抱きついた、名状しがたい不安が陽葵に纏わりついて離れない。森で出会った幻影は、がらんどうの瞳で陽葵を値踏みしていた。


「ごめん、ちょっとだけいい?」

「う、うん」


 春翔にくっついていると不思議と安心した、生まれてきたばかりの赤ん坊が全幅の信頼を無条件で母親に寄せるように、陽葵もまた春翔に依存していた。


「ええのー、若いもんは!」


 鳥籠の中から石井が話しかけてきた、散々文句を垂れていたがどうやら思いのほか落ち着くようだ。その存在を忘れていた陽葵は慌てて春翔から体を離した。


「ちょっといっくん、覗き見しないでよね」

 侮蔑の眼差しを石井にぶつける。


「なに言うとんねん、わしはずーっとここにおったわ」


「暇人! 暇鳥!」


「照れるな照れるな、人間とは本来そーいうもんやろ。愛し合って交尾して子供をつくる、そうやって長いあいだ命を繋いできたんや」


 うんうんと頷く石井に、顔を真っ赤にした陽葵は鳥籠を持って振り回した。石井は叫び声をあげながら謝罪したが陽葵はおさまらない、春翔に止められてやっと正気に戻された。



「自分メチャクチャやで、こんな目に合わされたんは生まれて初めてや、何してくれてんねん、そもそも陽葵はわしに対する敬意が――」


 ぶつぶつ文句を言っている石井を遮って陽葵は森の奥にある塀について質問した。異様な雰囲気の有刺鉄線が張られた灰色の壁。監視するように木の上で佇むチンパンジーの幻影、真っ黒な瞳。


 石井は少し躊躇ったあとで「ふぅ」と小さく息をはいた。ダイニングテーブルに並んで座った陽葵と春翔の前にバサバサと鳥籠から出て飛んでくると深刻な? 鳥なので表情は読めないがそんなような雰囲気で話し出した。


「あの中には四十九名の人間が収容されとる」


「収容?」


 陽葵と春翔は同時に声を出した。石井は何もつっこまずに続ける。


「そうや、この惑星に一緒にきた奴らや。今では肉体を取り戻してあの場所に閉じ込められとる」


「どうしてそんなこと……」


「今から二百年以上も前の話や、ながなるぞ、ええか?」


 曖昧模糊あいまいもこな不安と恐怖があの場所にはあった、陽葵は唾を飲み込んで石井の話に耳を傾けた。

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