第2話
「なあ青砥、おまえの隣なんかいるぞ」
「あれはたぶんクラスメイトだ」
「マジかよ。七不思議のひとつじゃないのか」
去年から同じクラスだった
学年が上がり、クラス替えが行われたばかりの教室は新たな出会いや久々の再会に活気付いていた。これから高二の一年間を共に過ごすのだ。色々思うところがあるだろう。
そんな中で彼女の席、つまり僕の隣の席だけは異様な雰囲気に包まれていた。
音ひとつなく、ただ静かに自分の席に座っている。腰まで届きそうなほど長い黒髪に遮られて表情は窺えない。さらになぜか彼女の席だけ濃い影が落ちているという太陽のイタズラ付きだ。
すべてが噛み合って満ち満ちた不気味さに、誰も彼女に話しかける様子はない。
「え、俺だけに見えてるわけじゃないよな」
「大丈夫だ。僕にも見えてる」
「なるほど、あれが『真っ黒髪の白井さん』か」
緑川は噂好きで、僕の知らない情報をなぜか持っていたりする。
けれど今回に限っては僕もその名前に聞き覚えがあった。
「いつも静かにそこにいて、願いごとを言えばなんでも叶えてくれるらしい」
「そんな都合のいい妖怪がいるのか」
「妖怪じゃない。たぶんクラスメイトだ」
僕には緑川の言っている意味がわからなかった。けれど時間が経つにつれ、その言葉の真意を理解する。
「白井さん、お願いがあるの」
クラス替えから二ヶ月が経ったある日のことだ。クラスメイトもある程度打ち解け、それぞれ気の合うグループがいくつかでき始めた頃、一人の女子生徒が白井さんに話しかけた。
「今日黒板消しといてもらえないかな? わたし外せない用事があって」
放課後の黒板掃除は本来日直の仕事だが、頼まれた白井さんは静かに頷いた。「ありがとー」と頼んだ女子は去っていく。
それから白井さんは静かに立ち上がり、黒板に書かれた文字を綺麗に消し始めた。
優しいところもあるんだな、と僕は思っていたが、どうやら違うのかもしれないと徐々に気付きはじめる。
次の日も、さらに次の日も彼女は黒板掃除を頼まれていた。
それだけではない。花瓶の水換えや本棚の整理、机の整列など日直の仕事に限らず教室のほぼすべての雑用を任されていた。
「さすがにこれは断ったほうがいいんじゃないか」
僕は白井さんの机の上に四十冊の分厚い問題集が積み上げられているのを見たとき、ついそう声をかけてしまった。先程「クラス全員分の問題集を職員室まで持って行って」と頼まれたものだ。
問題集の高さは座っている彼女の頭をゆうに越えている。男子でもこれを職員室まで運ぶのはかなりの重労働だ。
「持てないだろそれ」
僕がそう言うと、彼女は無言でじっとこちらを見ている。訳がわからない。
「……あー、わかった」
僕は立ち上がり彼女の机にある問題集の束を奪うように三分の二ほど抱えた。白井さんの表情は変わらない。やはり言葉も発しない。
「これくらいなら一人でもいけるだろ」
そのまま僕は廊下に向かって歩き出す。すると椅子が床を擦る音とともに「あの」と小さな声が聞こえた。
「……ありがとう」
ようやく聞けたその声は、思っていたより透き通っていた。
「なんだ話せるじゃん」
振り返ると白井さんは立ち上がっていた。僕は彼女を正面から見つめる。
真っ黒な髪と真っ白な肌。それから日本人形のように整った容貌をしていることに気付いた。
その端正な顔立ちと透明な声色がとても釣り合っていて、思わず僕は彼女にはじめての願いごとを口にする。
「もっと喋ろうよ、白井さん」
彼女は一歩、こちらに歩み寄った。
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