第32話 復讐③

 次の現場に向かおうと、駐車場に駐めたポルシェ・カイエンにキーを向けるとスマートフォンが震えた、非通知からの着信だ、知らない番号からの着信や非通知は基本的には出ない主義だが、しかしこの時の白石は何故か危険を察知した、悪党特有の嗅覚とでも言うのだろうか、とにかくこの電話には出なければならない、そんな予感がした、そしてその予感は的中する。


『オマエノムスメヲアズカッタ』


 ボイスチェンジャーを使用している訳では無さそうなのに、男の声は、寒気がするほど機械的な音だった。 


「誰だ貴様は」


 運転席のドアを空けて体を滑り込ませた、急いで閉める。


「知る必要はない、今から言う場所に一人で来い」


 白石はため息を付いた、詐欺師を詐欺にかけるのは不可能だ、同じように悪党を脅すのは自殺行為だと思わないのだろうか。


「断ったら?」


「悪いが死ぬことになる、勘違いかも知れないので出来れば無事に返したい」


 何だコイツは、何を言っている、金が目的では無いのか。


「目的は?」 


「情報が欲しい」  


 白石は頭をフル回転させて、電話の相手を推理する、こんな家業をしていれば当然恨まれる事もあるだろうが、目的が金銭ではなく情報とはどういった事か。相手の意図が測れないまま動くのは危険だが、恐らく娘を誘拐したのは本当だろう。


「娘はそこにいるのか」


 決して下手に出てはならない、あくまで立場は同等、この男が何かを欲している以上はお互いの立場に優劣はない。


「いない、別の場所に監禁している」


「話にならんな」


 ここは敢えて高圧的な態度に変えて相手の出方を見る。


「勘違いするなよ、信用してくれなんて頼んだか? 好美ちゃんが死ぬだけだ、俺は一向に構わない」


 コイツ――。娘の名前を知っている、やはり誘拐は本当だと思ったほうが良いだろう。


「わかった、どうすれば良い」


「今から言う場所に来い」


 住所をメモすると電話が切れた、すぐに妻に電話する。


「はいはいー」


「俺だ、好美はいるか?」


「保育園から帰ってきてから、家の前の公園で潤くんと遊んでるよ」


 チッ、誰だよ潤くんって、うちの好美を誑かしてるんじゃないだろうな、と心のなかで呟いた。


 「そうか、わかった」


 こういった時に警察に頼れない裏稼業は困る、安易に捜索願なんて出してコチラ素性を聞かれても答えられない事だらけだ。とにかくあの男の指示に従うしかないようだ。


 目的地には三十分程で到着した、『ホテルラビリンス』と書かれた看板、どうやらラブホテルのようだ、近くに停車するとスマートフォンが鳴った。


「空いている部屋に入れ」


 監視されている。スマートフォンを耳に当てながら辺りを見渡した、停車している車が数台、しかし人影はない。


「どこでも良いのか?」


「ああ、部屋に付いたら、スマートフォンをWi-Fiに繋いでおけ、それ以外の連絡方法は取れないようになっている」


 どういう事だか理解出来なかったが、白石は取り敢えず男の指示に従った。 


 車を駐めて二階に上がる、タッチパネルで休憩を選ぶと鍵が開いた、入室するとすぐにスマートフォンの画面をチェックした、圏外になっている。


 都会とは言えないが圏外になるほど田舎ではない、部屋の構造上の問題だろうか、男の指示通りにWi-Fiに接続した。


 五分ほど待つとスマートフォンが震えた、電話ではない、ラインのメッセージだった。


『この男達について知りたい』


 短いメッセージの後に、写真が三枚添付されてきた、どうやって自分のライン情報を知ったのだろうか、それよりも三枚目の写真に目が止まった。


 かなり顔に寄っているので背景は分からないが、彫りの深い日本人離れした顔に目が止まる、渡辺正義だ。


 組織ではまだ下に位置するが野心家で行動力もある、上司である白石はこの男を高く評価していたが先日の失態以来、その評価を見直しつつあった。あとの二人は分からない。


『分からな――』


 最後までメッセージを打ち終える前に男から次のラインが入ってくる。


『嘘をついたら、その場で娘を殺す、いま殺せる状態にいる』


 監視カメラでもついて見られているだろうか、辺りを見渡すが確認できない、どうする、しかし奴に嘘だと見破る術があるのか。


『三枚目の男は知っている、私の部下で渡辺正義だ、あとの二人は分からない、本当だ』


 完全にペースを握られている、しかし相手の目的が分からない事には対処のしようがない。


『信用しよう、家族は大切にしろよ』 


 それだけが送られてきた。


『ちょっとまて、好美はどこだ』


 メッセージを打ち終えた所で、扉がコンコンと叩かれた、緊張感が走る、あの男が扉の向こうにいるのだろうか。


「パパ、あけてー」


 娘の屈託ない声が漏れ聞こえてきた、すぐに駆け寄って扉を開こうとしたが鍵が掛かっていて開かない、肝心の開場するためのツマミは透明のプラスチックケースに囲われていて解錠出来ない。


 これでは閉じ込められてしまうではないか、と焦っていると横の精算機から機械音が流れた。


『お帰りの際は、ご精算をお願い致します』


 くそっ、ドアを蹴っ飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、向こう側にいる好美を驚かせてしまう。 財布から一万円札を抜き取り、精算機に突っ込む、こんな時に限って何度も札が戻ってくる。三度目でようやく吸い込まれていった。


 カチャリと自動で解錠された、ぶつからないように静かに扉を開くと、そこには娘の笑顔があった。白石はしゃがんで娘を抱きしめる。


「大丈夫だったか、怪我してないか」


 くそっ、無事を確認すると何故か涙が溢れた。


「うん、大丈夫、飴もらったんだ」


「そうか、今日は一緒にお家に帰ろう」


 娘の頭を撫でながら、改めて家族の大切さを思い知った。白石は次の予定をキャンセルすると、まだ日が落ちないうちに娘と共に帰路についた。

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