第23話 先走る女②

 部屋に戻ると佐藤はテラスでシャンパンを開けていた、三月初旬とは思えない程、暖かいので外がとても気持ちいい。


「ただいまー」

「おかえり、良かっただろ」

「うん、あのさあ、寿木也は巨乳と美乳どっちが好き」


 貧乳では無い。寄せて上げればBカップあるのだ、つまり美乳だと、絵梨香は自分に言い聞かせた。


「はぁ、そりゃお前……、きょ、美乳だよ」

「そうよね、あんなの歳取ったら見るも無惨に垂れ下がって気持ち悪いわ」


 絵梨香は会話をしながらどうやって佐藤を貸切露天風呂に連れ込むかを考えていた、一緒に入ろうと直球で提案しても良いが童貞には刺激が強すぎるのではないか。照れた挙句に断る事も充分に考えられる。


「ねえ、屋上に貸切露天風呂があるんだって」

「へー、そうなんだ」

「寿木也が入りたいかと思って予約しておいたよ」


 まずはこの男を入れてしまおう、後は何とでもなる。


「え、もう風呂は……」

「なによ、人がせっかく予約したのに」

「あ、はい、入ります」


 予約した時間になると、二人で部屋をでた。貸切露天風呂がどんなものか自分も見たいと言うと、まんまと付いていく事に成功した。


 フロントで専用の鍵を預かるとエレベーターで最上階まで上がった。鍵を使って木の扉を開くと四畳半ほどの脱衣所がある、絵梨香は浴衣のまま脱衣所の奥にある、曇りガラスの引き戸を開けた。


「すごーい、星キレー」


 都会ではお目にかかれない星空が、解放された頭上に広がっていた。視線を少し下げると熱海のホテルや旅館のネオンが遥か先に広がっている。


 『志乃』は駅からかなり遠い立地だが、この景色を確保する為だったのかと納得した。肝心の露天風呂は檜でできた正方形の浴槽に、絶えず温泉が流れ込んでいる。乳白色の草津温泉と違い、熱海の源泉は透明だ、これではタオルをしなければ丸見えになってしまう。


 今更ながら怖気付いてきた絵梨香だったが後に引く事も出来ない。


「じゃあ、失礼しまーす」


 すでに裸になって、ハンドタオルを股間に当てた佐藤が桶で湯を汲んでかけ湯している。さすがアスリートだけあって引き締まった肉体をしていた。


「あー、こりゃーいいよ」


 いつの間にか股間に当てていたタオルが頭の上に乗っていた、絵梨香は湯船を凝視するが、薄暗い照明に月明かり、揺らめく水面では浸かってしまえば見る事は困難に思えた。


「じゃあ、ごゆっくりー」


 引き戸をカラカラと閉めると、脱衣所に戻った。急いで浴衣を脱いで全裸になった。数時間前に出ていたお腹は引っ込んでいて、スリムな全身が鏡に映っている。


「よし」


 絵梨香は小さく呟くと、バスタオルを巻いて静かに引き戸を開けた。佐藤は入り口に背を向ける形で浴槽に浸かっている、どうやら侵入者には気が付いていないようだ。


「湯加減どうですかー」


 後ろから声をかけると、大袈裟にびっくりしながらコチラに振り向いた。


「え、ちょ、おま、何してるんだよ」

「何って、私も入ろうかと思って」


 ふふふ、見てる見てる、狼狽えたフリをしているが視線は足から胸に移動していったのを絵梨香は見逃さない。


「じゃあ、俺出るから」

「照れない、照れない、昔はよく一緒に入ったじゃない」

「いや、入ってねえよ、誰と間違えてるんだよ」


 おっと、イケナイ、あれは幼稚園の幼馴染のケンジくんだった。


「タオル取るからあっち向いてよ」


 本来ならば湯煙温泉番組のようにタオルを巻いて入浴したかったがマナー違反になってしまう、この男は意外とそういった事を気にするタイプだ。


 佐藤は入り口から一番遠い所まで移動すると肩まで浸かり景色の方角を向いた、どうやら観念したようだ。


 絵梨香はバスタオルを取ると手前から入浴する、佐藤までの距離はおよそ二メートル、これだけ離れていればお互い湯に浸かっている部分は見えない。


「いいよ、こっち向いて」


 佐藤はゆっくりと伺うようにしてコチラを向いた。


「見えないな、意外に」


 少しガッカリしたように聞こえたが、気のせいではないだろう。


「見たい?」

「いや、まあ、うん」


 だんだん素直になってきた佐藤に絵梨香は満足した、両手をクロスさせて胸を隠しているので大切な部分は見えない上に、寄せているのでバストアップ効果もある、水面にはしっかりと谷間が出来ていた。


「そっちいくね」


 体制を保ったまま佐藤の横に並んだ、あからさまに胸を凝視されると流石に恥ずかしくなる。


「お前、けっこうオッパイ……」


 生唾を飲む音がこちらまで聞こえてくる、もう一押しだ、更に攻勢を仕掛ける。


「触りたい?」

「え、い、いいの」


 かかった、完全に釣り針に食いついた、コイツは今、どうしてこんな状況になっているか考えるよりも先に目の前のおっぱいに夢中だ。


「良いけど、部屋に戻ってからね」

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