第10話 仕組まれた事故
「なにしてんだ、あの
佐藤の師匠である
「チルト3で回る練習だそうです」
佐藤の兄弟子である
「はぁ?」
「つまり、チルト3で戸田を回れたら俺は無敵、りなちゃんは俺のもの……だそうです」
チルトの角度が高くなるほど
実戦では殆どの選手がチルトをマイナス0.5に調整していた。
「今度あいつに心の声が漏れてる事教えてやれ、とにかくすぐにやめさせろ、危ねえだろうが」
水面の幅が狭い戸田競艇場ではチルト角度プラス0.5が最高角度でそれ以上の調整は禁止されていた。
ピットに戻ってきた佐藤に桐野が話しかけている、二人は少しばかり談笑すると佐藤は再び水面に戻っていった。
「自分は小峠さんと違って空気抵抗があるからもっと練習しなきゃだそうです」
「だれの頭が空気抵抗ゼロだ、それにヘルメット被るんだからハゲ関係ねえだろ」
水面上の佐藤は艇を自在に操っていた、二人はその光景を見て感心している。
「あれ本当にチルト3なのか?」
「そのはずですが」
「戸田競艇場の上限がチルト3だったらあいつに勝てるやついねえな」
「危なかったですね」
佐藤はターンマークのギリギリを攻めると体を目一杯艇から出して体重をかける、モンキーターンと呼ばれるテクニックで今では殆どの選手が使っているが、佐藤のそれは美しさとダイナミックさが融合し、すでに芸術の粋に達していた。
「次に戻ってきたら本当に止めさせろよ」
「わかりましたよ」
小峠が
「寿木也――――!」
桐野が救助艇を出して佐藤の元に駆けつける、小峠は急いで小屋に戻り救急車を手配すると、ピットに戻ってきた佐藤に声を掛けたが返事はない。
「あまり動かすな」
周りの人間に指示すると佐藤のヘルメットを脱がして脈を測る、どうやら正常だが頭を強く打っているかも知れないので油断は出来ない、すぐにサイレンの音が近づいてくると救急隊員がやって来てタンカに乗せて運び出した。
「すみません、俺がさっき止めておけば」
「バカ野郎、自己責任だ、お前は佐藤の知り合いに連絡してくれ、俺はコイツに付いていく」
「わかりました」
救急車がハッチバックを閉めるとサイレンを鳴らして走り出した、小峠は救急隊員と共に乗り込んで佐藤の手を握る。
「おい、寿木也、大丈夫か」
すると佐藤の手は小峠の手を握り返してきた。
「おい、わかるか、俺だ」
「うっ、うーん、りなちゃん……」
小峠は握っていた手を離すと軽く頭を引っぱたいたが、気絶しているはずの佐藤の顔は終始ニヤけていた。
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