第3話 恋

「なによ莉菜、ずいぶん機嫌良さそうじゃない」


 鏡の前で鼻歌を歌いながら化粧を直していると、同じ時期に入店した明美が話しかけてきた、あっという間にこの店のNo.2に伸し上がった彼女は童顔で背が低いのに巨乳という、男が一度はお相手したいであろうルックスをしている。


「うん、ちょっといい人見つけちゃった」

「へー、No.1の響子様に認められるとはね、どんな男?」


 隣の鏡でメイクを始めながら聞いてくるが、実際のところ大して興味はないだろう。キャバクラ嬢同士の人間関係など上辺だけの希薄なものだ。


「なんだろうな、かわいい感じかな」


 今年で二十一歳の莉菜はキャバクラで働き始めて一年近くになる、給料が良いのはもちろんだが本当の目的は生涯の伴侶、つまり結婚相手を見つける事だった。

 良い男を見つける為にはより多くの男性と出会う必要があると莉菜は考えていた、その為にはこの仕事は打ってつけと言える。

 イケメン、金持ち、性格が良い、そんな事はオマケみたいな物だ、本当に大切なことは自分が愛せるかどうか、しかし残念ながら二十一年間の人生でそんな男に出会った事は未だない。

 

 佐藤がサーモンを口に含んだまま、トイレに駆け込む姿を思い出して莉菜は吹き出しそうになった。苦手ならそう言えばいいのに。莉菜がバカ丸出しの喋り方をしていると笑顔で対応していたが目は笑っていなかった、あえてバカっぽい話し方をしている、単純にその方が店ではウケが良いからだ。


「なにそれー、ウケる」


 暗い店内でも映える様に少し濃い目の化粧を施した明美は、それだけ言うとメイク室を出ていった。おそらく今の会話など右から左へと受け流してしまっただろう。彼女が興味あるのは自分に金を使う客だけだ。 

 ボートレーサーと言う職業の客ははじめてだったが、彼はその中でも優れた選手なのだろう、まったく興味がなかったが優勝したらデートしてくださいと言うので、指定された日時のテレビ番組を見ると本当に優勝していたので驚いた。

 テレビでは『史上最年少賞金王』『イケメンボートレーサー』『水上のレッド・ウィング』など様々な呼称が付いている、まさか赤羽出身だからレッドウィングなのか、ダサッ、っと思ったがもちろん本人には言っていない。 

 優勝したその日の夜に彼は連絡してきた、約束した以上は守らなくてはならないし、多少なりとも興味はあった。その業界では人気者のようなのでさぞや鼻に付く男かと思ったが実際は可愛らしい人だった。

 金持ち、特に成金系の男は横柄な態度の男が多い。なぜだろうか、店のスタッフやキャストに偉そうに振る舞っているのが格好悪いと良い年して気が付かないのだろうか、不思議だった。

 そういった男は外食してもつまらない奴が多い、自分の自慢話を永遠と臭い息で喋り続けたあげくに、当然の様に彼氏面をしてくる。

 金で全ての女が靡くと本気で思っている節があるので相手を喜ばせようという考えはまるでない、全ての成金男がそうとは言わないが、この仕事をしているとそんなしょうもない男に出会う確率は非常に高いと言えた。

 やたらと周りに気を使って自分の話は殆どしない、しかし話を振られると楽しそうに話し出す。店のスタッフにサインを頼まれて嬉しそうに書いている佐藤を思い出して莉菜はほっこりした。


「響子さーん、お願いしまーす」 

「はーい」


 黒服に呼ばれて返事をすると鏡に向かって笑みを浮かべた、今度誘われたらお店が休みの日に出かけよう、明るいうちに映画でも観に行くのも良いかも知れない。

 トイレに駆け込む佐藤を再び思い出して吹き出した莉菜は、自分の中に芽生えた初めての感情にこの時はまだ気がついていなかった。

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