14 聖女見習いアデリナ


 一休みしてから出発することにした。怪我人を動かすのはよくないし、アデリナも疲れているだろうし。

 追手は来るだろうけれど、黒々と横たわるアレを見てどうするか。

 うっ、考えたくない。考えてはいけない。ライトが消えて、真っ暗になって、見えなくて良かったと思うべき。


「僕の寝床を使ってくれたら」

「アルト、君は?」

 私が悶々としている間に寝床の準備が出来てしまった。

「僕は姉と一緒に寝るから」

「そうね、そうしよう」

 アルトの寝床ならアデリナとスヴェンは適正距離を取れるだろう。

 寝袋は狭いけど成人男性用なので、おまけに両脇のファスナーを降ろせば、フリル付きの掛布団になるのだ。誰がこんなものを考えたのだろう。

 アルトとくっ付いて寝たら暖かいし大丈夫だ。

「じゃあオヤスミナサイ」

 ライトを消してアルトがごそごそ入って来る。


 アルトは割とシャイというか紳士というか私との距離を適切に取っていて、私の方が迂闊に近付き過ぎてジタバタしていたんだけど。何だろうこの距離。近い。

 でもまあ近くにいる事に慣れてきてはいた。お互いに。寝よう。疲れているし。



  ◇◇


 夢の中にアルトが出て来た。

「メリーさん、ヒツジ欲しい?」

「欲しい!」

「どうぞ」

 これあまりモフモフじゃない。でも暖かいからいいか。


 朝起きたら、アルトにべったりくっ付いていた。

 私の王子様はそばかすで三歳下の少年だろうか。

 王子様でクロード殿下を思い出した。王子様はいらないわ。


 グダグダ考えていたらアルトが目を覚ました。周りを見て私を見て、目を見開いて寝袋の中でジタバタする。

 こういうの、先に目が覚めた方が勝ちだわねと、ちょっと思った。



  ◇◇


 干し肉のスープにフリーズドライの味噌汁を入れて水増しをして、缶詰パンで朝食にする。

「これ、美味しいです」

 味噌汁スープを飲んでアデリナが言う。

「うん」

 アデリナの口に合ったようだ。男性ふたりは黙々と食べている。

 きっと男の方が保守的なのだ。


「怪我の具合はいかがですか?」

 包帯を替えながら聞いた。傷はほとんど良くなっていて、開かないよう上から押さえているだけで良さそうだ。もう一度消毒してガーゼを置いて包帯を巻く。

 騎士なのに怖くないのは彼が怪我をしている所為だろうか。


 こちらの人は治りが早いのだろうか、かなり深手だったような気がするが。私が少し首を捻って不審そうにしていたので、アデリナが慌てて説明をする。

「わたくし少し『ヒール』が出来ます」

「あら、すごい」

 しかし彼女は悲しそうな顔をする。

「ちゃんと治せませんの。スヴェンの怪我もこの程度しか治りませんの」

「昨日は酷く肉が抉れていて血が止まるか心配だったのよ。すごいじゃない」

 スヴェンがぐるぐると腕を動かしてみている。

「大丈夫です。剣も使えます」


「ヒールが使えるという事はアデリナは聖女様なんですか?」

 アルトが聞くと、ふたりはびくりと身体を震わせたがアデリナが答える。

「わたくしは聖女見習いですの。見習いは何人もいて神殿で修業をしております」

 やや俯き気味に話すアデリナ。


「わたくしは神殿を出ましたの。素晴らしい聖女様が現れて」

 聖女というのは回復魔法の他に浄化や結界などが使えるというが、何でこんなによくある話が出て来るんだ。いや、これは前世読んだ本の影響だろうか。


「でも出て行くと言ったら何故か引き止められて、怖くなって逃げ出しました。幸いな事にスヴェンが一緒に来てくれて、ここまで逃げて来れたんです」


 この大陸の宗教は様々に枝分かれしてはいるが、正教系と真教系と元々の八百万の神々を祭る元祖教系とその他からなる。

 国によってひとつの宗教を推していたり、自由だったり、二つの宗教が争っていたりと様々だが、聖女がいるのは真教だったと記憶している。


「どちらからいらしたの?」

「イスニ真教国ですの」

 

 イスニ真教国はコルディエ王国やクレーフェ王国より西側にある。最初に行こうとしたリーフラントの町の向こうだ。ちなみに東には大国ベルゲン帝国がある。

 そして、この辺りの言葉は程度の差こそあれ大体帝国語だ。魚の名前が違うように、国独特の単語や言い回しがあるが文法は変わらない。



 私たちはそんな事を話しながらトンネルから外に出ようとしたのだが、出口には迎えがいた。兵士と魔獣使いである。

 何で追いかけて来るのだろう。ちゃんと素晴らしい聖女がいるのに、聖女見習いが逃げたら都合が悪い事があるのだろうか。


「アデリナ。お前が、我らが宗主様を裏切った罪は重い。ここで死にたくなければ、早々に国に戻られよ」

 兵士の中の偉そうな一人が命令する。

「そこな従士たちは片付けておけ」

 一括りに従士ときた。片付けるとか、何? 人をゴミみたいに。私を断罪し殺そうとしたコルディエ王国の人達とあまり違わない。


「おい、お前。さっさとこやつらを片付けろ」

 偉そうな男は後ろを振り返り魔獣使いに命じた。

 あ、やっぱし魔獣使いに一任しちゃう? 偉そうにかっこつけたくせに。


「呆れた……」

 私の呟きは小さかったが聞こえたらしい。


「おいら、こいつに話がある。ていうか聞きたい事がある」

 ひょいと兵士を飛び越えて、魔獣使いが目の前にふわりと降り立った。

 アルトが私を庇おうとするんだけど、私だって庇いたい。

 結局ふたり庇い合って目の前の魔獣使いに相対する。


 正真正銘の黒のローブを身に着けた魔獣使いは、目の前に降り立つと被っているフードを手でパサリと後ろに外した。

 白い長い髪を後ろに組み紐で結わえていて、ほつれた髪が赤い瞳の前に落ちるのを顔を横に振って払う。非常に整った、ある意味人間離れした美しい顔が現れた。

 私より背が高くて、ちょっと男か女か分からない。

 首を傾げてその人を見ると、その人も首を傾げた。


「あなた、何者?」

 綺麗な人は艶のあるハスキーな声で聞く。それは、こっちの方が聞きたい。


「え、普通の人間だけど」

 私よりそっちの方が普通の人に見えない。

「うそ、あなたから色々感じるの。おいら、どうしたらいい?」

 おいらって、折角の美しい容貌が台無しなんだけど。


「いや、どうしたらとか聞かれてもどうしたらいいの? 魔獣は怖いからけしかけないで、とかでもいいの?」

 普通に思ったことをそのまま言えば頷いた。

「いいよ。それから?」

「じゃあ、アデリナを襲わないで欲しいわ。その仲間も」

「いいよ、それから?」

 いやに簡単に言ってくれる。


「あなた、それって大丈夫なの?」

 味方を裏切る事にならないか? 後ろにいる兵士たちが睨んでいるんだけど。

「別に」

 何か、この子、分からない。

 兵士がイライラして喚く。

「おい!」

「何をしている! 早くそいつらを──」

「うるさいなあ、お前ら魔獣をけしかけて欲しいの? 出してやろうか?」

 一緒に来た兵士に向かって文句言ってるし。

 後ろにいた兵士たちが事の成り行きに慌てている。

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