第26話 リヒトのそばにいたい
耳元で優しく囁かれた。
聞き慣れた声につむぎは目を丸くする。
その声を聞くだけ、思わずつむぎは涙が溢れそうになった。
「旦那様……」
そこにはリヒトの姿があった。太陽の光を受けて、優しく温かく輝く金髪が眩くて、目を窄めた。優しい赤い瞳に見つめられて、つむぎは体から緊張が抜けていった。
そんなつむぎを支えるように、リヒトは優しく腰を抱いた。
「すごいね。まだ術師としての勉強は始めたばかりだろう?」
そう言ってつむぎの頭を優しく撫でてくれた。まるで壊れ物でも触るかのように丁寧に、優しい手つきにつむぎは頬が赤くなる。
「あと少し、このまま頑張ってくれるか?」
リヒトの言葉に、つむぎの心が温かくなっていく。
今まで、自分には価値なんて無いと思っていた。
そんなつむぎがお願いされたのだ。
頼りにしてもらえているのだ。
泣き出したい気持ちを抑えながら、つむぎは大きく頷いた。
「はい!」
絞り出してようやく出てきた勇気だった。そんなちっぽけな勇気だったのに、リヒトの言葉でどんどんと大きくなっていく。
リヒトの言葉がつむぎに勇気をくれる。
つむぎは術に力を込めた。
今のつむぎには不安なんてない。
そんなつむぎを見て、リヒトは微笑んだ。そうしてゆっくりとつむぎのそばから離れた。
そうして動けない吸血鬼に向かって走り出した。まるで風のように軽やかに素早く向かっていく姿は、つむぎの胸をときめかせた。
そこからはあっという間だった。
リヒトは呪文を唱える事なく吸血鬼を縛り上げた。そしてその縄にリヒトの血を垂らすと、縄は金色に光った。金色の縄は吸血鬼をじわじわと縛り上げていく。その痛みに耐えかねた吸血鬼は悲鳴を上げた。
『あ、ガ…ぐァ……っ!』
じゅうじゅうと焼けるような音がなる。煙は黒く、禍々しく見えた。とてもただの煙ではなかった。
しばらくして音が消えると、吸血鬼は意識を失って白目をむいた。そうしてぴくりとも動かなくなった。
それを見てつむぎは恐る恐るリヒトに声をかけた。
「これで、終わり……ですか?」
リヒトはすぐに振り向いて優しく微笑んだ。恐々としたつむぎを安心させるように、とても落ち着いた様子で、ゆっくりと頷いた。
「ああ。終わったよ。もう術をといても大丈夫」
そう言われてつむぎは術を解いた。吸血鬼は崩れ落ちるようにその場に倒れた。そうしてそのまま動かなかった。
それを見たつむぎはようやくほっと胸を撫で下ろした。そしてじわじわと恐怖が湧き上がってきた。手だけではなく足まで震え始めてしまった。
「よく頑張ったね」
そんなつむぎを見て、リヒトは優しく抱きしめた。リヒトに包み込まれたつむぎは次第に目頭が熱くなっていった。
ーーどうしてこの人の腕の中はこんなに落ち着くんだろう。
この優しさを一度知ってしまってはもう二度と戻れなくなる。つむぎは名残惜しいが、ゆっくりとリヒトの腕の中から出た。
「あの」
リヒトから離れがたくて、甘えるようにリヒトの裾を掴む。でもこれ以上触れてはいけない。もう二度と離れられなくなってしまうから。
けれどつむぎは確かめたかった。
「旦那様、私。少しはお役に立てましたか?」
つむぎの質問に、リヒトは満面の笑みで頷いた。
「ああとっても。おかげさまで事件解決できたよ」
その言葉で心が軽くなる。
今まで居場所がなく価値がなかったつむぎが、ようやく自分に価値があると思えたのだ。
そうしてつむぎは心の底から思った。
旦那様のそばにいたい。
金城家にいたい。
もっともっと。
彼らと一緒にいたい。
けれどつむぎは身代わり。いつかはこの金城家を出て行かなければならないのだ。
だがもしかしたら。
術師としてなら、そばにいられるかもしれない。
そう思うだけでつむぎの心は軽くなっていった。
「ではこれからもっともっと、お役に立てるように頑張ります」
つむぎは笑顔でそう答えた。
心の底から嬉しくて笑ったのなんて、本当に何年振りだろうか。
リヒトはつむぎをじっと見つめた。
「じゃあ」
そうして少し言い淀んだ。リヒトはゆっくりと顔を近付けて、つむぎの表情を伺いながら問いかけた。
「俺と一緒に社交界、デビューしちゃう?」
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