第18話 品切れ

 トマトはヒヨノ帝国ではまだ珍しい野菜である。

 そのため栽培している農家も少なく、この東都でも一ヶ所のみである。そんな貴重なトマト畑を狙う者がいるらしく、ここ最近トマトが根こそぎ盗られてしまっている。


「いやあ。うちとしても金城家には贔屓してもらってるんで、当主様が好きなトマトは揃えておきたいんですがね」

「そんな」


つむぎは気分がどん底まで落ちてしまった。


『犯人に目星はついているんですか?』

「それがまだ何とも。どうやらあやかしの仕業らしいんだがね」

『トマト好きのあやかしですか。珍しいですね』

「ほら、最近は異国のもんが増えただろう。あやかしだってヒヨノ帝国のもんじゃないあやかしをちらほら見るくれえだ。きっとトマト好きなのも異国のあやかしだろうよ」


そう言えば花嫁修行で、つむぎはそんなあやかしがいると言う事を学んだ気がする。


ーーあやかしの仕業ですか……。


 つむぎはリヒトの事を思い浮かべていた。

 リヒトはつむぎの手料理を楽しみにしてくれている。それはもう執着に近いほどに。そこまで望まれてはつむぎも期待に応えたい。簡単には諦めたくない気持ちでいっぱいだ。

 それに一体、何のために術師の勉強をしてきたというのか。術師として学んだ事を試してみる良い機会ではないだろうか。

 これでやらないという選択肢はない。


「あまねさん、私。やってみたいです」

『やってみたい、とは何をですか?』

「犯人探しです」


あまねは目を丸くした。そして驚きで小刻みで体が震えていた。あまねの大袈裟な態度につむぎも目を丸くした。


『お、おおおぉ奥様本気ですかぁ?』

「勿論です」


いつもは元気に揺れている尻尾が足の間に丸まっている。耳もぺしゃんと横に倒れている。顔も真っ青で恐怖でいっぱいというのがよく伝わってくる。

 しかしつむぎの決意は変わらない。


『あ、あの。その。そ、そこまで無理しなくてもいいと思うんですけどぉ』

「私、術師としてはまだ未熟ですが、少しでも力になりたいんです。自分の力と試してみたいですし」

『もっもも、も、もも、もしも奥様が怪我でもしたら、旦那様が心配しますぅ』


あまねは切実に訴えた。つむぎの事を溺愛しているリヒトの事である。もしもつむぎに何かあったら……いや、かすり傷一つ付けようものならどんなお仕置きがあるか分からない。

 なるべくつむぎの思いを尊重したいところだが、こればかりは引けない。


『絶っ対にダメですからねぇ!』

「いいえ、あまねさん」


しかしつむぎだって引くわけにはいかない。


「私も……その、かっ金城家の一員で術師の端くれです。まだまだ未熟ですが。こういう事は私も術師として立ち向かうべきだと思うのです」


真っ直ぐな瞳で見られてしまっては、あまねだって強くは言えない。しかも純粋で、真っ直ぐで、心なしかキラキラしている。

 あまねはそんなつむぎの瞳に、もう「ダメ」という言葉が出てこない。


『そ、その心意気はとても感動しますけど〜!そうじゃなくてですねぇ、そのぉ〜……』


言い淀むあまねに、つむぎは押し切ろうと思い至った。


「まずは見張りですよね。すみません、その畑というのはどちらにあるのでしょうか」

「うん?ああ。ここをまっすぐ行ったところさ。帝東大地の赤松農場ていいます」

「ありがとうございます」

『奥様あ〜』


先程まで初々しく控えていたつむぎは、嘘のような行動力を発揮している。あまねはそんなつむぎを止める事もできず、ただただ縋り付くように懇願するしかなかった。

 だが、そんなあまねの気持ちを知ってか知らずか、つむぎはとてもいい笑顔を見せた。


「あまねさん。私、頑張ります」


つむぎはやる気満々である。


ーーまずいです。このままでは瀬戸様に叱られる!それだけならまだしも!もし……もしも旦那様に知られたら……っ!!想像するだけで怖いです!


何としてもつむぎを屋敷に連れ帰らねば。連れ帰れればそこからは瀬戸が何とかしてくれるはず。そんな気持ちであまねは思考を巡らせた。

 考える事は得意ではないが、ここは何としても阻止せねばならない。

 あまねは必死で知恵を絞り出した。


『奥様、術師としての実力を確かめたい気持ちも分かりますけど、まずは屋敷に戻って準備を整えませんと』

「……」


確かに動きにくい服装をしている。金城家に相応しい綺麗な紋様の着物だ。あまねの言葉で、つむぎの勢いは少し弱ったのだった。

 あまねは目を光らせた。


「あまねさんの言うとおりですね」


やった!とあまねは心の中でガッツポーズを作った。これであとは瀬戸に任せておけば良いのだ。

 だが、つむぎは諦めていなかった。


「では情報収集したら帰ります」


つむぎは八百屋のおじさんに教えてもらった方向へと歩き始めた。

 こうなってしまっては、もはや屋敷に連れ帰るのは困難である。


 あまねは覚悟を決める事にしたのだった。


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