第14話 一目惚れの記憶
近くに来るだけで気分が重くなるこの感覚。全身に酷い倦怠感が襲い、何もかもがどうでもよくなっていく。
近くにケカレがいる証拠であった。
ずるずると黒い靄がゆっくりと近寄ってくる。
いや。ケカレはただ彷徨っているだけなのだ。まだリヒトを見つけ、引きずり込もうとしているわけではない。
それでも着実にケカレはリヒトに近付いて来ていた。
逃げなければ、と思うのに緊張で足が動かない。
リヒトはどうしたら良いのか分からなくなっていた。ただ震えそうなのを必死に堪え、息を潜めるしか出来ない。
そんな自分が悔しくて、奥歯を噛み締めた。
だがこのままでは危ない。早く逃げなくては。それがわかっているのに、なかなか足が動かなかった。
その時、リヒトはぐいっと体を引っ張られた。
「こっちですよ」
手を引っ張ってくれたのはリヒトより幼い少女であった。クリクリとした真っ直ぐな瞳がリヒトの心まで捕えた。
二人はケカレに気付かれる前に素早くその場から逃げたのだった。そうしてリヒトはしばらく少女に手を引かれながら走っていた。
一体どれくらい走っただろうか。
息を切らして足も絡れ始めた頃、ようやく少女は足を止めた。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。貴方は無事ですか?」
優しく問いかける少女に、リヒトは顔を赤くした。
少女は飛び抜けて可愛い顔立ちというわけではなかった。しかし屈託のない笑顔からリヒトは目が離せなかった。
ずっとこの笑顔を見ていたい。
彼女には自分のそばにずっといて欲しい。
是が非でも彼女を手に入れたい。
そんな欲望でいっぱいになり、言葉が出てこない。
不思議に思った少女は首を傾げ、リヒトの顔を覗き込んできた。
「?どうしたんですか?」
そう言ってずいっと顔を近付ける。急に近寄って来た少女の顔に、リヒトの顔は真っ赤に染まる。
「顔赤いですね。もしかして熱がありますか?」
「だっ、大丈夫!本当!おかげさまで元気だし!怪我もない!」
リヒトは慌てて両手を振り回した。そして名残惜しいが心臓がもたないので少女から距離を取った。
「良かったです。それだけ動けたら大丈夫ですね」
「う、うん」
リヒトの事を心から心配してくれていたのだろう。少女の花が咲いたように美しい笑顔に、リヒトは完全に胸を射抜かれた。
もう少女から目が離せない。
この幸せな時間がずっと続けばいいと心から願った。
が。それは叶わなかった。
「いた!」
リヒトの忠実な従者が声をかけてきた。いつもはとても心強いのだが、今は邪魔で仕方ない。
瀬戸の存在に気が付いた少女はまた可愛いらしい笑みを見せた。
「お知り合いみたいですね。良かったです」
「そう……ですね」
「では私は行きますね」
「え!」
少女は立ち上がり颯爽と立ち去って行った。
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