第四話 始めの一歩 4-1 説得
思わず『秘書』に反応してしまったユシャリーノは、ミルトカルドの機嫌を直すことに苦労していた。
焦りで頭に何も浮かばないながらも、自分ならうれしくなることは何だろうと考える。
出てきた答えは、肉をたらふく食べるということだった。
「に、肉をいっぱい食べさせてあげるから」
「太らせたいの?」
自分を満たすものとミルトカルドを満たすものは違ったようだ。
出すカードを間違えたことで、余計にミルトカルドを怒らせてしまった。
女の子のなだめ方など知らないユシャリーノに残された道は、直接ミルトカルドに聞く――これしかなくなった。
「ごめん、どうしたら機嫌を直してくれるんだよ……ってか、秘書さんの何がいけないんだ」
ユシャリーノはふと我に返ると、何に対して責められているのかわからなくなった。
ミルトカルドは、怒ったままであることを装うために、腰に手をやって鼻息を吐いた。
「秘書って言っただけで喜んだからよ。私以外の女に反応するなんて、ひどい!」
「え――。秘書さんはミルトと会う前から知っている人だし、そう言われても……」
「私より先に会っていることも許し難いわね。私はユシャと出会うために、遠路はるばるここまで来たの。秘書はユシャから会いに行ったんでしょ? ずるい!」
「秘書さんじゃなくて、王様に会いに行ったんだ。そしたら秘書さんがいたってだけで……今はこうして一緒にいるんだし、そんなに怒るなよ」
「じゃあ、秘書のことで喜ばないで」
「べ、別に喜んでないよ。こうしてミルトと話していることはうれしいし――」
「……そう、なの?」
ミルトカルドは、腰に手を当てたまま表情をやわらかくした。
ユシャリーノは、気を緩めたミルトカルドを見逃さなかった。
「だからこそ、勇者認証をしてもらって、正式なパーティーメンバーになって欲しいんだ」
「ユシャ……」
ミルトカルドは目尻を下げて、肩の力を抜いていく。
もう一押し――心からのささやきにうなずいて、ユシャリーノは話を続けた。
「さあ行こう、城へ!」
ユシャリーノは、にやけそうになるのを必死に抑えて、自分が出来る最高にさわやかな顔で手を差し出した。
「わかったわ。ユシャと一緒にいられるのなら、お城へ行きます。でも……」
「うん、城へ行くなら服はそのままがいいね。新しい服は帰ったら作るから心配いらないよ」
「そうじゃなくって……私、異能力者だから……その――」
ミルトカルドは、ホッとした様子から一転してしょんぼりと肩をすくめた。
「そのことか。うーん……確かに気にはなるよな。王様や王都の人たちが、異能力についてどれだけ知っているかによる……か」
ユシャリーノは、腕を組んでちらりと天井へ目をやるが、すぐに腕組みを解いて膝を叩いた。
「ミルト。分身さえしなければわからないはずだ。そうだろ?」
「それはそうなんだけど……びっくりしたり寂しくなると無意識に分かれているから、自信がないの」
ミルトカルドは、肩をすくめたまま、両膝を擦り合わせてモジモジし始めた。
ユシャリーノは、釣られて足へ目をやるが、もう一度膝を叩いて気持ちを抑えた。
「びっくりって、どれくらい? 城を見るのが初めてだと、それなりにびっくりするぞ」
「お城なら大丈夫だと思う」
「ふむ、城は大丈夫っと。じゃあ、王様に会うのは?」
「なんとなく想像はできるから、たぶん大丈夫」
「城と王様を見ても大丈夫なら心配ないな。俺はずっと一緒にいるから寂しくはないし」
モジモジしたままのミルトカルドは、ユシャリーノに上目遣いで尋ねる。
「秘書と会っても私のそばにいてくれる?」
「もちろん、いるよ。俺が、ミルトをパーティーメンバーとして受け入れるためだからな」
ユシャリーノは、ミルトカルドが安心するように、片手の親指を立ててみせた。
しかし、ミルトカルドはまだ足りないようで、さらに質問を続ける。
「今夜は一緒に寝てくれる?」
「ミルトは拠点を持っていないんだろ? それに、パーティーメンバーだってんなら、ここで過ごすのは間違っていない。となれば一緒に寝るってことになるな」
「あはっ。ユシャに抱きついて寝られるならお城へ行ってもいいわ。今夜は安心して寝られるのね」
「……は?」
一瞬顔の力が全て抜け、間抜けな表情をしたユシャリーノは、ミルトカルドの思惑と自分の考えがかみ合っていないことに気付いた。
同時に、ユシャリーノにとっては最難関と思われる案件が飛び込んでいることに焦る。
「一緒に寝るって……そういうこと!? ちょ、ちょっと待て。同じ拠点の中で寝るなら安心できるよな?」
「だめよ。ユシャから離れないようにしないと、分身しちゃう」
「この拠点の中なら分身しても構わないけど……いや、問題はそこじゃないな。俺に抱きついて寝ないと安心できない!? うーん、同じ場所ってだけでもドキドキするのに」
「だって、せっかく二人きりなのに、なんで別々で寝なきゃいけないの?」
「なんでって、そりゃあ……まずいだろ。今日会ったばかりの人に抱きついて寝るとかありえない。雪山で遭難でもしているならまだしも――」
ミルトカルドは素朴な疑問として尋ねてくるが、ユシャリーノにとっては一大事だ。
焦りが止まらないまま話を続ける。
「まだ、初対面の男に抱きつかれるよりは、女の子の方がいいけどさ。いや、そういう話じゃないな。ミルトは女の子なんだから、今日会ったばかりの男に抱きついて寝るのはまずいだろ」
ユシャリーノは、大きく身振り手振りをしながら、幸運か災難か、どちらなのかわからない状況の修正を試みる。
何が正解なのかわからなくなっているので、話の着地点を見失っているが。
困っているユシャリーノに決断させるため、ミルトカルドは最後の一押しをする。
「ユシャなら大丈夫でしょ? だって、ユシャだもん。ユシャが私のことを嫌いならしかたないけど……実は嫌いだったりする?」
「好きだってば! ああもう、一緒に寝ればいいんだろ」
「やった!」
ミルトカルドは、満面の笑みを浮かべて軽く手を叩いた。
脱力したユシャリーノは、椅子の背もたれに体を預けて軽くうな垂れた。
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