3-8 先代の付け
ミルトカルドは、ユシャリーノに自分のことを呼び捨てで言わせることに成功し、満足げな表情を浮かべていた。
振り回されるユシャリーノを楽しみながら見て、ミルトカルドは話題を再び本題に戻した。
「それで、勇者の評判が悪い理由はどうやって探るの?」
ユシャリーノは慌てたりホッとしたりと落ち着かないまま、話を解決するべき問題に戻されて脳内を立て直そうとする。
「あわわ、そうだよ、それ!」
「町の人に聞くのが早そうだけど――」
「俺もそう思ったんだけどさ、直した修理品を返しに行ったときの反応をみると難しそうだ」
ミルトカルドは、人差し指と中指を机に立てると、歩くように動かしてユシャリーノの手の甲へと乗せた。
そして、ぴょんぴょんと跳ねさせながら話しを続ける。
「町へは付いて行っていないから、どんな感じだったのかわからないけど、なんだか酷い目に遭ってたみたいね」
手の甲にくすぐったさを感じつつ、ユシャリーノは答える。
「始めは偶然だと思ってたけど、『勇者』を口に出すだけで全員が不機嫌になるんだ。色んな物を投げられたり、上から落ちてきたり――」
「酷い……そんなことがあったのね。怪我はしていない? どこか痛むとか」
心配になったミルトカルドは、遊んでいる指を止め、ユシャリーノに一本向けて言った。
ユシャリーノは、遊ばれていない手で、反射的に胸の辺りをさすりながら答える。
「見ての通り、無事だよ」
ユシャリーノは、ミルトカルドがホッとした表情に戻ったのを見届け、話しを続ける。
「王様に聞いたらさ、「流行りってやつだろ」って言われた。町の流行りじゃしょうがないし、王様に言われたら信じるだろ? でも段々気持ちとは裏腹に体の調子が悪くなってさ。初めて病院へ行ったよ」
「病院!? それであの時帰りが遅かったのね」
ミルトカルドは遊んでいた指を寝かせ、ユシャリーノの手をそっと握った。
心配そうに見つめるミルトカルドに、ユシャリーノはにこりと微笑む。
「外傷は無かったんだけどね、精神面が傷だらけだったらしい」
「内面の傷の方が痛いでしょっ! はあ……私、付いて行けばよかった」
ミルトカルドは、大きくため息をついてから心配を加えたうっとり顔を作る。
「これからは私がそばにいるから、ユシャの心は無敵よ!」
「すっごい自信だな……でも一人でいる時より、こうしてミルトと一緒にいる方が安心できている気がする」
「ほんとに!? よかったあ」
町での出来事を振り返って気分が沈みかけたユシャリーノだが、ミルトカルドの満面の笑みを見たら、気持ちは沈まなかった。
「とりあえず、町の人に聞くってのは確かめたから無しっと」
ユシャリーノは、机の上に乗っている小石を一つ、人差し指で横へと動かした。
ミルトカルドは、動かされた石を目で追いながら、これまでの道中を思い返す。
「私が見て来た町では、勇者の悪い話は聞いたことが無かったわ。と言っても、勇者について調べ過ぎると目立つからって止められてたんだけどね。ちょっと不思議に思ったんだけど、私も目立ちたくはなかったから探すのが大変で。話題にもなっていなかったからなおさらよ」
ミルトカルドは、勇者探しの大変さを思い出し、片手のひらを上に向けて肩をすくめてみせた。
「他では話題にもなっていないぐらいだから、この町の流行りなのかもしれないわね」
「でも勇者が選ばれたのって千年ぶりって話だぜ? 流行る理由が見当たらない」
「千年ぶり!? そんなに長い間いなかったの……。それなら、流行りとは考えにくいかな」
二人は同時にため息をついて俯いた。
ミルトカルドは、掴んでいるユシャリーノの手を親指で撫で始める。
「町の人に聞いてもわからない。他の町では情報無し。でも王都で評判が悪いのは確かなのよね」
「気になることがあってさ。勇者ステータスの中で、一つだけとんでもなく悪い項目があるんだ」
「何それ?」
ユシャリーノが人差し指を立てると、ミルトカルドは釣られて指先を見た。
「カルマ値ってやつ。その項目だけマイナス五百になってた」
「カルマ値って?」
「いいことをすると上がって、悪いことをすると下がるらしい」
「ふーん。でもそれだと、ユシャリーノが悪人ってことにならない?」
「やっぱりそうなるよな。このカルマ値が原因で、王都の人たちからの当たりが厳しいのかも。それなら筋が通る」
ユシャリーノは、続いていた困り顔が少しだけ和らいだ。
逆に、ミルトカルドの表情が曇る。
「カルマ値のせいで勇者の評判が悪いのは筋が通るかもしれないけど、ユシャのカルマ値が低くなっていることは筋が通っていないじゃない」
「それが……勇者ステータスの一部は、先代の値を引き継ぐらしいんだ。魔力とカルマ値だったかな。あとは俺自身の身体能力を表しているとか」
「先代? じゃあ、千年前の勇者が何かやらかしていたってことかしら」
ユシャリーノは一つの小石に指を伸ばし、ミルトカルドの目の前に移した。
「それだ! 千年ぶりに先代がやらかした付けが回ってきたんだ。かーっ、めっちゃ迷惑!」
ユシャリーノは、小石を動かした手を後頭部へと持っていき、カリカリと頭を掻いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます