2-5 提案
クオーレからの提案――上司に相談をしてみてはどうか。
ユシャリーノの目線は斜め上から真上に向いていた。
「んーっと、君の場合だと……勇者の認証をしてくれた王様、かな」
「王様に相談を?」
「君の様子を見ていると、どうやら何も聞かされていないようだからね。ここはひとつ『いつでも謁見できる』という勇者特権を使ってみては、と思ったんだ」
ユシャリーノが王様から聞いたこと――そんなものは無かった。
聞かれた自分が答え、当たっているかもわからない『魔王討伐』をするということだけだ。
付け足すならば『勇者らしく振る舞う』というのもあるけれど。
「魔王討伐をするってことしか聞いてなくて。どこへ向かったらいいのかもわからないんですよ」
「おっと……それは酷いねえ。あの王様も歴代からきちんと継いでいるお人だから、千年経っても王様の考えは変わらないままか。この王都が滅びない理由かもしれないが、部外者にしてみれば悪とも言えるな」
クオーレは体を起こして腕組みをしてみる。
態勢を変えることで、色々と考えを切り替えているようだ。
「悪ならば、勇者の出番じゃないか。勇者については何も知らされていないんだろ?」
「はい」
「ならもっと聞き出そう。向こうが気に入らない態度をとっても無視するんだ。こっちの知ったことではないからね。むしろ客人に、それも国を助けてくれるって人に対して失礼な態度をとっているようなやつだ。勇者がそっぽを向く方が困るだろう」
「――おお」
ユシャリーノは、俯く角度を緩めると、ここまでクオーレに対して合わせることができなかった目線を合わせた。
それに気づいてかどうかは定かでないが、クオーレは両手をぱちんと叩いて話を切り上げる。
「今日はこれぐらいにしておきましょう。一時的ですが、危機的状況からは脱したようですから」
占い師が、動きの悪くなった腰をゆっくりと上げた。
「では少年、そろそろ戻るとしよう。あたしの商売道具が心配だ」
「おばさん、店を片付けずに来たんですか。よほどうれしかったんですね。その気持ちはわかりますけど、ほどほどに。楽しくなるとやり過ぎる癖が出てきてしまいますから」
「ふんっ、珍しい人を連れて来たってのに説教かい。あんたに諭されるぐらいなら、魔術師から魔石を投げつけられる方がよっぽどましだよ」
クオーレは朗らかな笑みを苦笑いに変えて言う。
「ひっどいなあ。おばさんを諭すだなんてしませんよ。久しぶりに楽しそうだから、転ばぬ先の杖ってやつですよ。喜んでいるおばさんを見て、僕もうれしいってのに」
「けっ、どうだかねえ」
占い師は、ユシャリーノの肩を軽くとんとんと叩いて帰ることを伝えた。
ユシャリーノは立ち上がり、クオーレに会釈をして診療所から出て行く。
その後ろ姿を見ながら、占い師はクオーレに話を振った。
「この少年の場合は、そっとしておいた方がよかったのかもしれないねえ」
「かもしれない話になると、答えが出なくなるものですよ。おばさんが気付かなければ、彼は病んでしまって勇者をやめてしまったかもしれない。でも、僕に会わせてくれたから病む前に対処できたのかもしれない」
クオーレは、話の途中で突然片手を額に当てて、思い出したことを言おうとした。
「あ……肝心なことを伝え忘れてた。ちょっと、まっ――」
占い師はクオーレの前に手の甲をさっと出し、制止する。
「えっ、何を言おうとしたのかわかりました?」
「そりゃわかるさ。さっきからなぜ言わないのか、もどかしくて床に穴でも開けてやろうかと思ってたぐらいだからねえ」
「うわあ、それは勘弁してください。この辺りは底冷えが酷いんですから」
「だからじゃよ。それはいいとして、あのことは、あたしから伝えておくから気にしなくていい」
「別に僕からでも問題ないのでは?」
「なんだか、少年に教えるのがあんたばかりってことに腹が立ってきたのさ」
クオーレは軽く握った拳を口に当てて笑った。
「おばさんがそこまで気に入るなんて珍しいですね。彼が勇者であるという証拠なのかも」
「もちろん、勇者だと気づいたから声を掛けたんじゃが……あの子は気に掛けるべき者のように感じさせるんじゃよ。なぜだかねえ」
「その感じ、わかります。でもたぶん、僕たちは勇者に初めて会ったから舞い上がっている――ただそれだけなんじゃないかな」
占い師は、クオーレの横で両腕を広げると、大袈裟に呆れてみせた。
「かああああ! まったく、あんたはつまらないねえ。少しは夢をみたらどうだい? そんなんじゃ、つまらない男になっちまうよ。あたしからの忠告だ、ありがたく受け取りな」
「心療内科医が夢をみてどうするんですか! 妄想の海に引きずり込むなんて医者のすることじゃないです!」
「お医者様の事情なんぞ、占い師の知ったことではないわい」
占い師は、ユシャリーノの後を追って診療所を出て行く。
クオーレはその背中へ向けて、彼なりに精一杯の憎まれ口をたたく。
「おばさんの心が病んでも、いっさい相談に乗りませんよ! い、いいですね! ほ、本当ですから」
占い師は、後ろを見ることなく扉を閉めた。
診療所の中では、クオーレが文句の続きを言っているようだが、まったく気にされていない。
「なんか揉めていたみたいだけど、大丈夫?」
「揉めてなんていないさ。少年がどんな活躍をするのか楽しみだって話をしただけ」
「……なんだか照れくさいな」
「そうそう、あやつが伝えなかった大事なことがある」
ユシャリーノは『大事なこと』に反応し、占い師の顔へ目線を合わせた。
「俺、大事なことを伝えられていなかったんですか?」
「ほっほっほ。あやつも抜けているところがあるからのう。医者とはいえ、一人の人じゃ。多少の落ち度はあるじゃろ、許してやってくれ。くっくっくっ――」
ユシャリーノは、なぜだか楽しそうに笑う占い師を見て首を傾げる。
「勇者はな、特権を持っておるんじゃ」
「いつでも王様と謁見できるって言ってたやつ?」
「そうじゃ。なぜ簡単に謁見が叶ってしまうのか、わかるか?」
ユシャリーノは、占い師から目線を外し、考え事をするときの定番『空を見上げる』を発動した。
わからないことだらけの勇者は、この定番を発動しがちだ。
「んー、勇者だから謁見してもらえる。謁見をする必要があるから……だよな」
「ふむふむ」
「謁見をする理由……いろんなことの報告をするため、とか」
「うむ、それもある」
「それもってことは、他にあるのか。報告だけじゃないとすると……俺から伝えるだけじゃなくて、クオーレさんが言っていた聞き出すことってやつか」
占い師は、斜め上に目線を上げて、空を向いたままのユシャリーノを見て言う。
「勇者はな、自分の状態を知ることができるんじゃ」
「自分の状態って、さっきクオーレさんに診てもらったばかりじゃないか」
「まあ、あれはあれ。なんとなく参考にしておけばよい。少年は勇者なのだから、何かと特権を持っている。謁見ができるだけの特権では意味がない。少年が言うように逐一報告をする代わりに、様々な情報をもらうんじゃ」
「おっ、当たってた!」
ユシャリーノは、久しぶりに気持ちよさから出る笑顔を浮かべた。
「もらう情報の一つに勇者ステータス、というものがある。これが自分――少年の状態というやつじゃ」
「勇者すてーたす?」
「そうじゃ。勇者として持っている能力値のことじゃな。今の自分はどんなことができて、何が足りないのか。その指標となる」
「おお! 勇者っぽい話だ」
「ぽいのではなく、勇者じゃろうに」
「ははは」
すっかり親しくなったユシャリーノと占い師は、互いに笑顔を絶やさないまま話を続ける。
ユシャリーノは勇者の新しい情報に、占い師は久しぶりにお気に入りの若者ができたことに――二人とも楽しみが増えたことへの喜びを感じていた。
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