ショートソード

 アイザックは地方領主の領土争いに傭兵として参加していました。


 戦場に臨んだ兵士は敵味方それぞれ100人程度といった小規模の争いですが、アイザックにとってはこれが記念すべき初陣となりました。


 アイザック達傭兵団は最前線に配置され、遠方の敵兵団と向かい合います。


 アイザックの興奮は最高潮に達していました。これを皮切りに誰もが羨む輝かしい人生が幕を開けるはずでした。


(初陣だぜ、親父。見ててくれよ)


 腰に下げたショートソードを抜き、アイザックはその刀身を眺めます。



 不意に遠方から角笛の音が聞こえ、敵軍が雄たけびと共に猛然とこちらに向かってきました。


 それに応えるように後方から“突撃”を示す角笛が友軍内に響き渡ります。戦闘の火蓋は切って落とされました。

 


 轟く歩兵の靴音、駆ける軍馬の爪音、そして激しく衝突する金属音が競い合うようにメロディーを奏でると、兵士達の雄たけび、怒号、断末魔がコーラスとなって戦場の譚歌たんかを歌い上げます。


 前方の集団で火球が爆ぜ、数名の敵と一人の味方が焦げた人形のように吹き飛ばされました。


 敵も味方も互いに斬られ、突かれ、潰されて、五体を刻まれた肉塊がいくつも足元に転がっていきます。


 周囲は血しぶきと土煙とが絶え間なく舞い踊り、人が人を殺すという非日常的な風景がさも当たり前のように繰り広げられていました。


 アイザックは戦争の渦中にいました。


 目の当たりにした戦場の凄惨さに、それまでの昂揚していた気持ちは一気に吹き飛びます。アイザックの心は恐怖に支配され、戦果も上げられないままずるずると後退していきました。



「お前!何してる、戦え!」 


 後方から重装兵の𠮟咤しったが飛び、アイザックは我に返ります。気付けば目には薄っすらと涙がにじんでいました。


(クソ!……選んだのは俺だ、進むしかねぇだろ!)


 アイザックは必死に心を奮い立たせると、父親からゆずり受けた剣を強く握りしめ、再び譚歌の中へと身を投じていきました。

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