秋の嵐 1話
街路樹の葉が色づいてきたある日、私は喫茶店に呼び出されていた。
「わざわざ来てくれてありがとう、真希」
「いいえ、神谷総監督に呼び出されるなんて何事かと思いましたよ」
今日はいつもの軍服姿ではない。パンツスーツに身を包み、首元にはスカーフを巻いている。こういうカッコいい服装が本当に絵になるなぁ……
「まあいいじゃないか。あと、ここで『総監督』はやめてくれ。どこぞのアイドルグループの一員かと思われてしまうだろ」
そう言って照れる神谷総監督。いや、どちらかというと敏腕プロデューサーに見えます。
「じゃあ、神谷さん」
「下の名前がいいな」
「……じゃあ、蘭さん」
希望があるなら始めに言ってほしい。
「まずは真希に贈り物をやろう」
そう言って紙袋を差し出した。受け取るとそこそこの重さがある。
「これは?」
「いいから開けてくれないか。真希には朔やつるぎのことも世話になったからな」
「はぁ……」
そんなプレゼントをもらうようなことをした覚えはないけど……。真希は紙袋の中身を取り出す。
「……これは?」
出てきたのは甲冑と服が組み合わさったようなデザインの一着。
「今回は戦乙女をイメージしているんだ。機能性も見た目も完璧に計算されている。ぜひこれを着てほしい。いや、これを着て戦ってほしい!」
ああ、思い出した。この人、こんな人だった。
「こんなの着てたら目立ち過ぎますって。それにしてもよくこんなすごい服、手に入りましたね」
「まあちょっと、いろいろな」
蘭さんは言葉を濁した。
「そうですか……それではいただきます」
せっかく選んでもらったんだしね。それに、可愛い系ではないけどちょっと興味ある、かも。家に帰ったら一回くらいは着てみよう……
「前置きはこれくらいにして、本題に移ろう。杏奈の研究チームからマナンを作っている人物の予測人物像が上がってきたんだ。日本人男性、新潟支部近くでマナン作成、そして何らかの方法でマナンに知性と感覚を与えることが出来る人物。それで一人、思い当たる人物がいるんだ」
ドクンと胸を打つ。
「それは、一体誰なんですか」
「私の幼馴染、橘智春だ。日本人男性かつ、私の幼馴染であるように新潟支部のある山埜子村の生まれで、現在もそこに住んでいてもおかしくはない」
「で、でも! ただの物に知性や感覚を与えるなんて、そんなこと出来るはずないですよね!?」
「出来るんだ。私と同じように能力を与える力がある」
「そんな……」
「そこでだな、真希に一つ聞きたいんだ」
蘭さんは珍しく不安そうな表情を見せた。
「何でしょうか」
「その……マナンを作り出している人物がマナンと戦う組織のトップと幼馴染だなんて知って、みんなは私についてきてくれるだろうか。私とそいつは共謀していると思われないだろうか」
なんだ、そんなことか。それならば蘭さんは勘違いをしている。
私が蘭さんに説明しようとしたその時、蘭さんの目つきが険しくなった。
「……真希、武器は持っているか」
「はい。持っていますけど……」
「そうか、よかった。それじゃあ、すぐ変形できるように握って、私の話を黙って聞いてくれないか。その幼馴染はある先生のところで出会ったんだ。先生と言っても教師ではなくて、『いろんなことを知っている偉い人』という意味だったんだが、まあともかく智春はその先生によく懐いていて、私は後から偶然に先生のことを知ったんだ。それから放課後は毎日、智春と先生のところに通った。私も智春も親が共働きであまり構ってもらえなかったからな。私達は先生から色々なことを学んだ。先生には神棚のようにいつも拝む箱があったんだ。その箱のことだけはいくら聞いても絶対に教えてくれなかった。ある時、先生のところで留守番をしていたら、智春が『今のうちに箱を開けよう』と言ってきた。今思えばそれを私が止められていればよかったんだが、小学生の私は好奇心に抗うことが出来なかった。私達が箱の蓋を開けると辺りは光に包まれた。その光が収まると、何故か私は今の力を手にしていた。智春も同じ力を手にしたと言っていた。でもある時、見たんだ。智春が石に力を与えてその石が動くようになるところを。だから智春の力は『人に能力を与えること』ではなく『ものに能力を与えること』だと思った。力を手にした時から、智春は急におかしくなった。『僕たちは世界の王になれる』『先生の望みをかなえる』などとよく分からないことを言い、優しかった顔つきも鋭いものに変わってしまった。私はそのすぐあと、親の転勤で新潟県の別の地域に引っ越してしまった。自分の器量以上の力を手にするなんて不安定になってもおかしくはない。私は、智春の心に、寄り添ってやれなかったことを、今でも、とても後悔しているっ……!」
蘭さんの顔が苦しそうに歪んだ。
「蘭さん! どうかしましたか!?」
「……真希、武器を変形しろ。」
こんな場所で……開けばマナンを集めてしまうのに。
「でも……」
「いいから早く!」
蘭さんの気迫に気圧されて私は武器を開いた。蘭さんは身を乗り出して、剣を持つ私の手を握った。
「いいか、絶対にその手を離すなよ……」
そして蘭さんはその剣を自分の肩の上に引き寄せた。剣が空を突き刺す。
「ぐあっ……!」
蘭さんが苦しそうに声をこぼす。なぜか肩から腕にかけて血が滲んでいた。
「よくやった……もう武器はしまっていい……」
剣を見ると血はついていなかった。言われた通り武器をしまう。これって、もしかすると……
蘭さんは片手で首元のスカーフを外し、私に差し出した。
「すまんが、これで腕をきつく縛ってくれないか」
言われた通りスカーフで止血する。しかし、すぐにスカーフまで血が滲んできた。
「蘭さん!」
「私は大丈夫だ……本部に戻ろう。すまないが会計を頼む」
そう言って蘭さんは私に財布を渡し、歩き始めてしまった。
「蘭! どうした!」
杏奈が蘭の様子を見て駆け寄る。本部に戻る頃には真希の支えなしには歩けないほど、血の気が引いていた。
真希が答える。
「腕から出血していて……おそらくマナンが体に融合したまま刺したからだと思います」
以前、朔が『融合したマナンは体の一部になる』って言っていた。私には見えない何かを刺していたし、きっとそうだと思う。
「分かった。ひとまず救護室に運ぶのじゃ。皆、手伝ってくれ!」
杏奈の指示で蘭を救護室のベッドに横たえた。
「みんな……すまない……」
息を切らしながら蘭が言う。杏奈は手を動かしながら答えた。
「いいから、まずは治療じゃ。話はあとできっちり聞かせてもらうから、今は休んでおくことじゃな」
「ありがとう……杏奈」
蘭は目を閉じた。
少しするとDAMの医療スタッフが駆け付け、蘭の手当てを始めた。服を脱がせると肩から腕にかけて無数の切り傷がついていた。
「真希、蘭が目を覚ましたら声をかける。それまで外で待っていてくれないか」
「分かりました……」
杏奈さんの怒った顔、初めて見た。真希は静かに救護室の扉を閉めた。
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