不器用達が世界の危機を救うまで
亜瑠真白
馴染みのある味と見慣れぬ何か
高校二年の夏といえば、多くの学生が部活動の主要メンバーとしてそれぞれの活動に励む時期だろう。放課後になれば運動部の熱気のこもった掛け声や吹奏楽部の美しい音色が耳に入る。
そんな中、私、
「あー、あっつ……」
ぼんやりと過ごしていた。
「今日は帰って何しようかなー。読みかけの漫画の続きを読むか、録り溜めたアニメを一気見するか……。どちらも捨てがたいな」
目下のところ、真希にとって一番の悩みの種は「どうやって充実したおひとり様お籠り放課後ライフを楽しむか」である。
真希の高校は部活動に熱心なため、放課後すぐに下校する生徒はかなり少ない。ひとりで学校を後にすることに少しの優越感と後ろめたさを感じていた。
そんな後ろめたさを覆いつくすように言葉を重ねる。
「そういえば、新作のアイスが発売になるってネットで見たからコンビニ寄って帰ろ」
通学路の住宅街は学生が学校にいる分、人はほとんどおらず、小声でしゃべっても何の心配もない。
「アイス楽しみー。ふふ……」
すると突然曲がり角から何者かがひょっこりと現れた。
「うわぁ!」
思わず大きな声が出る。
「南條真希だな」
現れたのはしかめっ面でこちらをにらみつけてくる高圧的な少年だった。小学生くらいの背丈と顔立ちだが、白シャツにベスト、ループタイと随分大人びた格好をしている。
「お姉さんに向かって呼び捨てはどうかと思うんだけど……。どうしたの、お友達とはぐれちゃった?」
少年の眉間に皺が寄る。
「子供扱いするな! 僕はマナン対策組織DAMの一等指令官、
えーと……
「マナン?とか試験とかよくわからないんだけど……」
毎日だらだら過ごしすぎていよいよおかしくなったのか、自分。
「……始めるぞ」
そう言うと少年はカバンから何かを取り出した。
「これ食べて!」
そしてその何かを無理やり口に押し込まれた。
「むぐぅ!」
少年に口を抑えられているせいで吐き出すこともできない。
「よく噛んで」
しぶしぶ咀嚼するとなじみのある味が口いっぱいに広がった。小麦の風味とあんこの優しい甘さ、これは……あんぱんだ!
真希があんぱんを飲み込んだことを確認して、ようやく少年は口から手を離した。
「美味しいあんぱんだったなぁ……じゃなくて! 人の口にいきなり食べ物押し込むなんておかしい! 私が再教育してやる!」
思わずあんぱんの美味しさにうっとりとしてしまったが、問題はそこではない。この生意気で勝手な少年をどう教育するかだ。
「ちょっと、騒ぐな。ほら、そろそろ見えてきたんじゃないか」
そう言って少年は目の前の住宅街を指差す。
視界はフィルターがかかったようにぼんやりと色褪せ、目の前に……何だあの物体は!?
「何あれ!?」
「見えたみたいだな……あれがマナンだ。」
少年の顔は一層険しくなった。
マナンと呼ばれるやつは、昔観た海の生き物がたくさん出てくる映画の……そう! メンダコみたいな形をしている。それでいて全体は薄く水色がかった半透明で、中心に朱色っぽい球体が入っているのが透けて見える。大きさは教卓くらいかな。
そもそもあれは生き物なのか?
「マナンは非生物であるとされている。それはどこからともなく出現し、自己複製して増殖しないからだ。あれは水分とタンパク質を主な構成要素としていてDNAのような遺伝情報を持たない」
少年の口から似つかわしくない難しい言葉がつらつらと流れる。
ああ、生物の授業、寝てるんじゃなかった。
「あの……もう少し分かりやすくお願いします……」
自分の弟くらいの歳の子に教えを乞う日が来るなんて、恥ずかしい……!
少年はこんなことも分からないのかとでも言いたげにため息をついた。
「つまり、あれは物だから破壊するのに心を痛める必要はないということだ」
破壊……?
「お前の試験は目の前のマナンを破壊することだ」
少年はこちらを見据えてそう言い放った。
「え、いや、そんなこと出来る訳ないし……大体、試験とか受けるなんて一言も言ってないんだけど!」
今でも、目の前に見えるあの物体が現実かどうか信じられない。すべては私の夢の中なのかもしれない。でも、さっき食べたあんぱんの味は本物だったか。
「受け入れられないのも無理は無いと思う。……僕も初めはそうだったから。でも、このまま奴らを放っておいたら、僕らの世界は滅びるぞ」
え……
「世界が、滅びるって……」
「詳しい内容は後にするが、世界が滅びることは紛れもない現実だ。しかし、お前にはマナンと戦い、世界滅亡を阻止することができる素質がある。今日はその素質を生かすことができるか見極めるための試験だ」
そんな大層なもの、あるはずない。ましてや私は一度、戦いから逃げたのに……
「武器はこちらで用意した。これを使え」
そう言って少年はカバンから何かを取り出し、こちらに放り投げた。
「わわっ!」
何とかキャッチしたそれは不思議と手に馴染む形をしていた。
「それは対マナン用の剣だ。竹刀に近い重さと長さに調整してある」
なるほど、手に馴染むにはそれでか。かれこれ十年間、ほとんど毎日触れていた竹刀の存在感を体は覚えていた。
ただ、刀全体の色がどピンクで剣先から四分の一ほどのところに黄色いラインが二本入っている(多分中結いをイメージしているのだろう)という見た目は子供のおもちゃかと思うほどだけど。
「お前は数カ月前まで剣道部に所属していて、しかも高校一年生にして団体戦の大将を任されるほどの腕前だったそうじゃないか」
確かに高校一年の秋まで剣道部に入っていた。
「それは、そうだけど……でも私は……!」
「心配しているのは足のことか?」
見透かされて思わず固まる。どこまで調べているんだ。
「アキレス腱断裂からもう半年以上経っているんだから動いてもいいはずだ。医者からも許可が出ているんじゃないか? ……大丈夫、僕がついている限り怪我なんてさせない」
少年は真っ直ぐに真希の目を見つめた。
その時、少年に向けた視界の端に映るマナンから視線を感じた。目なんて、ないはずなのに。
「まずい、マナンがこちらを認識した。向かってくるぞ!」
「ええっ!」
「マナンの破壊には中心の球体、コアの破壊が必須だ! それ以外の部分は攻撃しても周囲の水分を吸収して再生する!」
つまり、あの球体をどうにかするまで終わらないと。
「剣を構えろ! 世界の未来はお前のその剣によって守られるんだ!」
マナンに向かって剣を構える。剣道と同じ中段の構え。
訳の分からない物体と戦うなんて怖いはずなのに、再び全力で剣を振れることに高揚している自分に少しいらだつ。……剣道から逃げたくせに。
「はぁ…っ」
浅く息を吐き、意識を集中させる。やるしか無いんだ。
マナンとの距離は約十メートル。さぁ、どう仕掛けてくるか。
「来たぞ!」
マナンが真っ直ぐこちらに向かってきた。意外と素早い。
三メートルほどまで近づいたところで動きを止めた。剣を構えているこちらを警戒しているようだ。
あと二、三歩踏み出せばコアを狙える距離。マナンがどういう害を持っているか分からないけど、念のため触れない方がいいよね。あとはタイミングだけだ。
大きく息を吸い込んだ。
「やぁぁーーーーー!」
少し距離を詰める。
マナンが動きだす気配を感じた。
地面を思いっきり蹴り上げ、剣をコア目掛けて振り下ろす。
「メェーーーーン!」
剣は、向かってくるマナンの速度も加わって、コアもろともマナンを真っ二つに切り裂いた。
『きゅうぅぅ』
泣き声のように感じる音がマナンから聞こえた。
そして、コアを破壊されたマナンは跡形もなく消えた。
出来たんだ、私……
「よくやった、真希」
少年が声をかける。
「いい出鼻面だったな」
そう言って優しそうに笑った。なんだ、そんな顔もできるんじゃん。
出鼻面は私の得意技だった。少し泣きそうだ。
「今になって手が震えてきたよ……上手くいってよかった」
上手くできる保証はなかった。本当にほっとした。
「試験は合格だ。真希、僕らと一緒にこの世界を守ってくれないか」
少年が真希を真剣な眼差しで見つめ、手を差し出す。
「私で、力になれるのなら」
真希は差し出されたまだ小さな手を握った。
この世界には家族も友達もいる。他にも沢山の人が暮らしている。夢も希望のなく過ごしていた自分が力になれるのならやってみたいと強く思った。
こうして私と少年、朔との世界を守るための戦いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます