CHAPTER.36 すなわちこれが勢いを為し、以って其の外を佐く
「
マノンは、左の茂みから飛び出してきたツタを水の壁で止める。
「よしっ!」
「……
シヴィルが詠唱するのと同時に、床が植物ごとせりあがって降り注ぐ葉の刃を防御する。
「……油断大敵」
シヴィルはそう言って、ジトっとマノンを睨み、マノンは申し訳なさそうに少し笑った。
「やっぱ、防げば防ぐほど熾烈になるねぇ」
「つっても、やるしかねぇだろ。ちょっとでも手ぇ休めたら、マジで死ぬぞ」
ファイエットが召喚したキュクロプスに守ってもらいながら言った通り、魔女たちは一方的な防戦を強いられていた。
全方向から絶え間なく仕掛けられる攻撃をかろうじて魔法で防御、反撃しても、森はそれを養分とするだけで効果は無い。術者であるローザも、森の奥深くに隠れており、直接叩くのは至難を極める。
「
凄まじい熱量を放つニネットの魔法が、再び前方の大木に着火する。はじめに、ニネットが燃やした木だ。次々に、周りの植物に引火して、そのまま火は幹や葉に吸い込まれる。
「ああ!もうっ!」
マノンがニネットの魔法が意味を為さず、再び養分になることに苛立ちの声を上げたその時だった。
「……えっ」
魔女たちの予想に反して、ニネットの火を吸収した植物は一瞬成長したすぐ後、急速に枯れてゆく。
「成長限界かい?」
「はっ、お粗末な仕様だな」
「……好機到来」
魔女たちは、ようやく露わになった廃ビル特有の無機質な地面を見て喜びを口にする。が、そこに水を差すようにローザの軽口が、左の植物から聞こえてきた。
「あーあー、バレちゃった。ま、でも直ぐに生えるから良いケド」
その言葉通り、一瞬見えた光明は再び植物の波が押し寄せることで閉ざされる。
「……ま、そうだろうとは思ってたさ。マノン!時間は?」
「三時三十分!」
「よし……粘るよ!」
再び、魔女たちは迫りくる植物を魔法で防御し続ける。
一階、エレーヌと誉はライ相手に苦戦していた。
「そこもっス!」
パチン、とライが指を鳴らせば、誉が足を休めた地面が崩れる。
誉もエレーヌの権能によって空中を浮遊しているが、これが予想以上に体力を使う。定期的に、着地して羽を休めないとまともに飛ぶことすらままならなかった。
「天弓!」
そんな誉と正反対に軽く空を飛び続けるエレーヌが、ライ目掛けて光の矢を撃つ。
超速で飛来する矢を、ライは一瞥もせず軽々と避ける。
ライが圧倒的優勢に見える戦いだが、その表情が曇っているのを見て誉はほくそ笑んだ。
「表情、暗いやん。ま、しゃあないよな。『未来視』で視れる一時間でっ、いった!!」
強烈な暴風が、突如としてエレーヌと誉を襲う。
羽の扱いに慣れているエレーヌでさえバランスを崩し、誉に至っては壁に叩きつけられた……が、たまたま『武器屋』にあった特別製のエアバッグが発動して一命を取りとめる。
「自分がこの世界に来てからの、数年間、ここで吹くはずだった風っス。ん?何を驚いて……って、あ~指、鳴らすの忘れてたっスね」
うっかりしていた、と頭を掻くライに誉とエレーヌは戦慄した。
さっきまで、ライの攻撃に対処できていたのは予備動作があったからに過ぎない。ノーモーションで発生する、どこから来るかも分からない強烈な攻撃となれば、話は別だ。
「
エレーヌが狙いを定めるように片目を閉じてライを見て、右手を前に出せば掌に光が収縮してゆく。
「まだまだ、権能行使:
エレーヌの合図によって、彼女に右手で今にも暴発しそうに輝いていた光が一直線にライへと向かう。規格外の熱量で空気は揺らぎ、かなり距離を取った誉の肌ですらヒリヒリと痛む。
だが、そんな目で終えきれないスピードで近付く必殺のレーザーに向かってライは一言。
「それ『蓄積』っス」
たちまちに、光のレーザーは停止。発していた熱でさえ、嘘だったかのように消失した。
「くそっ、『未来視』さえ無ければ、反応することすら出来ひんはずやのに」
「それだけ『未来視』に頼ってるってことなんだけど、うーん」
エレーヌが愚痴った、その時、誉の視界に入ったのはエレーヌの後ろから迫る矢。
「ちょ、危ないっ!」
咄嗟に誉はエレーヌを突き飛ばす。
「誉っ!」
「……ってぇ」
誉の胸に深々と刺さった矢を見て、エレーヌは動転しながらも駆け寄る。
「大丈夫!?」
誉は苦しそうに息をしながら、首をゆっくりと縦に振った。
「てっててーん、『身代わり人形』~!」
誉はそう言って、ポケットから人形を出すと、次の瞬間には誉の傷はすっかり消えていた。
エレーヌは口をあわあわさせながら驚愕しているが、ライは『未来視』で視た光景だからか、呆れたようにため息をつく。
「今の隙を突かへんとはやるな」
「ボスに言われてたっスから、敵が隙を見せても決して飛びつくなって」
「ふーん」
誉はつまらなさそうに下を向きながら、こっそりと時間を確認した。
「エレーヌ、あと二十分や」
ライに聞こえない声量で誉はそう呟いた。
二階、惣一が絶え間なく射出する銃弾を避けながら、グランは額に汗を浮かべていた。
「しゃらくせえ!」
「それはっ、こっちのセリフだよ!」
グランに肉薄して、近接戦を仕掛けるプロ子も息を切らしながら言い返す。
プロ子の流れるような体運びの中で繰り出される技の数々、その全てをグランは軽々といなし、躱してカウンターを仕掛けようと手を伸ばす。が、グランが攻勢に出るとすぐさま、惣一が陰から銃撃して牽制を行いプロ子を守る。
一進一退の攻防が長い時間続いていた。
「その戦い方はなんだ!?」
しびれを切らしたかのようにグランは叫ぶ。
「どう考えても、これは勝つための戦い方じゃない!ただの時間稼ぎだ!」
グランが苛立ちを隠さず問うのを無視して、プロ子は攻撃の手を緩めない。
「時間を稼いだから何になる!?教えてやる、俺の『未来視』は五分から一時間先の未来を自由に見れるんだよ!お前たちが最も苦戦する相手をぶつけてるんだ!」
プロ子の超速的な足払いをステップで後ろに回避しながら、なおグランは声を荒げ続ける。
「確かに二時五十九分の時点で視た一時間後の未来ではお前たちは誰一人として死んでいない!だが四時までの一時間のあいだ、お前たちは防戦一方だ!」
惣一は黙ってプロ子の援護に努めていたが、グランの発言を聞いてホッと一息ついた。
「そっか、じゃあ作戦成功やな」
「……は?」
ずっと陰に隠れていた惣一の言葉にグランは戸惑う。が、プロ子の鋭い右ストレートが飛んできたため否応なく、頭を戦いに切り替える。
惣一の腕時計が指す時間は、三時五十分。
町はずれの墓地、霊体の少女は真っ白な光から言われていた通り人が出てきたことを確認して近付く。
「おにいさんが、悪い人なの?」
「っ!?」
突然、頭の上から話しかけられ男はギョッとしたような表情を見せたが、少女を見てすぐに戦闘態勢を取る。
「ただの少女か……あの人間たちの仲間か?」
少女は、誉たちの仲間と聞かれたのが嬉しくて、つい笑みをこぼす。
「えへへ、そーだよ。おにいさんは『せいちょうかそく』?っていうのが使え」
男は少女の声を無視して、何人もの人間を死に至らしめた右手で触れようと手を伸ばす。
「……なにっ!?」
が、もちろん幽霊を触れるはずもなくスカッと空を切っただけに終わった。
「ごめんね、おにいさんの力は効かないんだ。私、もう死んでるから」
少女が本当に申し訳なさそうに謝ったのを見て、男は戸惑ったような表情を浮かべた。
が、すぐその後に、何故かホッとしたような表情を見せた。
「そうか……良かった」
「なんで、そんな顔してるの?」
「君たちなら本当にグランを止めるかもしれん、と思ってな」
少し自嘲気味に男はそう言った。
「……?おにいさん、本当は良い人なの?」
少女に純真な瞳でまっすぐに聞かれて、男は苦笑いした。
「おにいさん、はやめてくれ。俺はザックだ。それに俺は良い人なんかじゃない。今までに何人も人間を殺した」
「なんで……」
「すこし、昔話をしようか」
ザックは力尽きたようにその場に座り込んで、ぽつりぽつりと話し始めた。
「グラン、ライ、ローザそして俺は幼馴染だった。同じ森で育った俺たちは家族みたいなものだったし、昔からグランは俺たちをまとめてくれたリーダーだった。優しいやつさ。いつも誰かが困っているのを見つけたら、真っ先に駆けつけて親身になって手助けした」
ザックは優しい声で懐かしむように笑った。
「毎日、森の奥まで俺たちは狩りに出かけた。大人たちも止めたりしない。自分たちもそうやって狩りを覚えたし、なによりグランを信じていた。グランの『未来視』のおかげで、俺たちは狩りで危ない目に遭ったことが無かった」
そして、と言葉を続けるザックにさっきまでの気楽さは無い。
「あの日も狩りに出ていた、狩り自体は順調だった。ただその後が最悪だった。帰り道、グランがいきなり走り出したんだ。何も言わずに深刻な顔をして走るグランに俺たちも嫌な予感がして、一生懸命走った。だが、遅かった。エルフの森は人間の手によって燃やされていた」
少女は何も言わない。ただ、真剣にザックを見つめる。
「ぱちぱちと木の水分が飛んで、燃えてゆく。次々と引火してゆく炎。近くにいるだけで煙が肺に入って息が苦しい。だけど、俺たちは動けなかった。真っ赤な火の中に幾つもの人影が見えたから。木が燃える音なんかよりも大きい、悲痛な叫び声が聞こえたから」
「特にライの場合はひどかった。ライの家はすぐ目の前にあったんだ。だから、助けに行こうと、グランが真っ先に家のドアを開いた。そして、ライの目に真っ先に入ったのは黒焦げになったソレだった。その時のライの表情は見てられなかった」
ザックは目を伏せながら、咳き込むように話し続ける。
「山火事の火は恐ろしく回るのが早い。俺たちが生きることを諦めていた中でも、グランだけは諦めていなかった。グランだけは怒りを顕に生きることを願っていた。その時、目の前に異世界ゲートが開いたんだ。俺たちは迷わず飛び込んだ。そこからは……復讐をした」
「ただ、俺は間違ってると思うんだ……。何度も止めようとしたんだ。でも、俺が止めたらアイツが壊れる気がして……だから、どうか、みんなを、グランを!」
「だいじょうぶだよ、誉と惣一ならぜったいに勝てるから」
ザックの言葉を遮るように、少女は躊躇うことなくそう言い切った。
「本当か……?本当にグランを止めてくれるのか!?俺はもうアイツの……あんな姿、見たくないんだ」
「えっと、うん。だいじょうぶって言ってたから……」
すごい勢いで縋るザックに少女は少し困ったような顔をする。
「こらこら、あまり女の子に泣きつくものじゃありませんよ」
そう言って出てきたのはナキガオ、墓石の裏に隠れていたようだ。
「アンタは……アンタも来たのか?」
「ええ、貴方からはあまり敵意を感じなかったので。失礼ですが話を聞かて頂きました」
「……私も聞いていた」
忍者姿のダブルもナキガオの後ろから出て来た。
「グランを止めてくれるのか?そう聞きましたね。大丈夫です。もうすぐ、私たちの勝利は確定します」
三時五十五分、ナキガオはそう言って微笑んだ。
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