CHAPTER.33 奇を以て勝つ
『ナラザル』の運営に通報してから三日後、誉は一人で墓地まで走っていた。
通報自体は簡単なもので、専用のフォームから該当アカウントのユーザー名と理由を送信するだけで完了した。
そして、今日の正午、それが起こった。
誉の部屋から外を退屈そうに見ていたプロ子は、唐突に口をあわあわさせて驚きを口にした。
「え、な、なに!?」
プロ子の剣幕に誉も興味を惹かれて、窓の外、墓地の上空あたりを見るが何も変わったことはない。ただ、青い空が広がっているだけだ。
そのことを誉がプロ子に伝えると、しばらく考えてから得心したように頷いた。
「あーそっか、あんなの人間に見せたら大騒ぎになっちゃうもんね。えーっと、『視覚共有』っと。これで……って見えてるね、その反応は」
誉は、プロ子の視覚を共有してもらった途端、しりもちをついた。
だが、それも仕方がない。
誉が墓地の上空に再び目を向けて目にしたのは、迫り落ちる巨大な隕石だったのだ。二人が唖然と空を見上げていると、スマホから聞きなれない機械音声が流れ始めた。
「『ナラザル』よりユーザー様方へ。此れは警告です。当アプリを人間を巻き込んだ犯罪に利用することは、禁止されています」
「あー、これ人間以外にワザと見せてるんか」
町一つをゆうに呑み込む大きさの真っ赤に燃え盛る隕石は猛スピードで迫る。
避けられない、止めようもない莫大な質量に誉もプロ子も諦めの念を抱いた。そして、隕石が墜落、爆風と熱が町を覆い尽くす……かのように思われたが、そうはならなかった。
地と接触するその寸前、空から差し伸べられた右手が隕石を掴んだからだ。
町一つ分の隕石を片手で掴むという理解を許さぬ大きさ、その事実だけでもプロ子は卒倒しそうになっていたが、まだ大業は終わらない。
隕石を掴んだ手は、雲の上までそのまま帰り、再び現れた時にはその手には隕石が握られていなかった。その代わりに、固く固く握られたこぶしは墓地めがけて目で追えない速さで振り下ろされた。
こぶしが地とぶつかった衝撃波はすさまじく、墓地を中心として暴風が吹き荒れ、小動物や虫、鳥が一斉に逃げた。
誉もプロ子も、威圧感だけで足が震えて立てないほどだったが、窓の外に見える主婦は平然としているし、テレビやネットにも一切情報は流れていない。唯一『ナラザル』でだけ、大騒ぎになっていた。
それから、五分ほど経ってようやく冷静になった誉は、惣一が立案した計画の重大な欠陥に気付いた。
「ちょ、待って。よくよく考えたら、『幽霊屋敷』死んでもうたくない?あんなん、食らったら生きてへんやろ!」
「え、あー……あははは!」
見当違いの危惧で焦って叫ぶ誉のギャップにプロ子はツボって言葉が出なくなってしまう。
「んっ……ほ、誉、大丈夫だかr……って、はや!?」
そんなプロ子を無視して、誉はかつてないほど俊敏に家を出て墓地へと向かったのだった。
が、墓地は誉が危惧していたような惨状ではなかった。
入り口では、おじいさんがお供え用の花を売って、少し涼しい空気が吹く。
先の鉄槌が嘘かのように、何の傷一つなく平常運航の墓地の様子に誉はホッと胸をなでおろした。
「もうっ、ちゃんと話を聞いてくれたら来なくてもよかったのに」
後ろから走ってきたプロ子が、不満げにそう口にする。
「どういうこと?」
誉は少しむっとした。ツボってろくに喋れなかったのはプロ子だから、そうなるのも仕方ない。
「だって、幽霊が死ぬわけないじゃん」
「あ、あー……なるほど。なるほど、うん」
あまりにも単純な話、自分の間抜けさに誉は赤面した。そんな様子をプロ子はにやにやと見つめる。
「でも、墓地が無傷なんはどういうこと」
誉には『幽霊屋敷』は無傷だとしても墓地になんの傷跡も残っていないのは不可解に思えた。
「いや、そんなことないっぽいよ。『感覚共有』」
プロ子の感覚、すなわち人外の五感を通して墓地を覗けば恐ろしい光景が広がっていた。
墓石は粉々に砕かれ、墓地の中心部には底が見えない深い深い穴がぽっかりと空いている。何故か、上空は紫色の雲で覆われているし重力もおかしなことになって、割れた地面や墓石が宙に浮いている。
そして、そんな墓地の空で一人の少女が涙を浮かべていた。
「……ぐすっ、」
すすり泣いて、目を伏せる少女に誉は少し同情した。
聞けば、彼女は『幽霊屋敷』の被害者たちに迫害されていたらしい。
自身の体を強制的に奪われ、行き場を失った被害者の魂は墓地を彷徨う。しかし、それで諦めるはずもなく自分たちがやられたようにデスゲームを『ナラザル』経由で開催、参加者から体を奪うという計画を立てた。
少女曰く、被害者が新たな『幽霊屋敷』となって体を取り返す、というループは幾度となく繰り返されてきたものらしい。少女は大昔からこの墓地に住んでおり、毎度このような負の連鎖を止めることを主張してきた。が、しかし少女の意見は聞き入れてもらえず、それどころか一人、善人をつらぬき悪に手を染めない彼女に嫌がらせをした。
そして今回も説得に失敗して、被害者で結成された『幽霊屋敷』がデスゲームの募集を始めたところで『ナラザル』の運営から制裁を受けた。
『幽霊屋敷』の魂は先の攻撃で弱ってはいるものの消滅はせず、意識を保てなくなって宙を漂っているらしい。確かに、青い炎のようなものがいくつも宙に浮かんでいる。
もっとも少女が涙したのは、被害者たちを想ってではなく単に住処である墓地がぼろぼろになったのが悲しかったからだ。
「困ったなぁ、この人らも被害者やもんな」
「うわ、大変なことなっとるな」
ちょうどその時、惣一がやってきた。惣一も来てすぐに、プロ子と感覚を共有して墓地に惨状を目にして思ったままの感想を呟く。
「お、来たか。実はかくかくしかじかで……」
「……まじかぁ」
誉は、少女の話を誉から聞かされて、同様に困った顔をした。
「あのね、この人たちもわるくないの。だからつれて行かないであげて」
少女は、誉たちが何をしに来たのかを聞かされていなかったが空気を察して訴える。少女のまっすぐな瞳に誉はさらに困った顔をする。
「プロ子、未来の技術でどうにかならんの?」
「私みたいな、高性能な体には移植できると思うんだけど……」
プロ子は言いにくそうに述べたが、誉と惣一は目を輝かせた。
「それでええやん!」
「うん。でも、この時間には帰ってこれないと思う。未来の技術を知ったからには、過去には帰れない。それにこの体は貴重だから、もしかしたら、そもそも見捨てられるかもしれない」
プロ子の現実的な懸念に再び暗い雰囲気となる。
「いや、まぁやりようはある、と思う」
惣一はそう呟いて、少女に向かって頭を下げた。
「ごめん!ちょっと待ってくれる?絶対、この人らは助けるし、ここも修繕するから!」
「え、うん!……じゃあ分かった、お兄さんのこと信じる!」
惣一が急に頭を下げたことに少し動揺しつつも、少女は元気よくそう答えた。
誉もプロ子も、惣一がどう問題を解決するか見当もつかなかったが惣一を信用して、三人は墓地を後にした。
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