八方美人な俺が恋愛ゲー主人公じゃないキャラに転生した件〜ヒロインも悪役令嬢も全部まとめて面倒見ます〜

夜夢

転生編

第1話 転生

 西暦2300年。この年、日本において社会現象を巻き起こした伝説のクソゲー『異世界恋愛物語』が発売された。


 このゲームは単なる恋ゲーにあらず、ルートによってはRPG要素を含み、またあるルートではクイズルート、音ゲールートと、ヒロインによって様々なルート分岐が存在する。そしてクリアはできるが全てのルート攻略しようとすると膨大な時間がかかるというオタ殺しゲームだ。


 発売当初から誰もが様々なルートで攻略を試みるが、三年経っても誰一人真のエンディングに辿りつけていない。


 そうして異世界恋愛物語、通称【異世恋いせこい】はいつしかプレイヤーからトゥルーエンドが存在しない時間だけ奪われるクソゲーと言われ伝説となった。


 そしてこの俺【戌亥いぬい 理人りひと】もまたこのゲームを発売から攻略し続けているヘヴィプレイヤーだ。


「くっそ~、一人一人なら攻略できるのにどうやってもトゥルーシナリオに入れない! あ~……本当にトゥルーシナリオはないのか?」


 ふとカーテンの隙間から光が射し込む。慌てて時計を見ると出社時間五分前だ。


「ま、またやっちまった! 今日月曜じゃないか! ち、遅刻するぅぅぅっ!?」


 時間も忘れ土曜の夜から丸二日ゲーム三昧。これが俺の日常だ。俺の日常はゲームに始まりゲームに終わる。アラフォーですでに親なし家族なし彼女なし。休日は全て自分のために使うダメ人間だ。


 だが社会不適合者ではない。むしろ職場では頼られ人気もある。理由はまあ誰にでも分け隔てなく接する性格に見た目だろうか。自慢じゃないが顔は良い方だ。それでも彼女がいない理由はいつまでもゲームに没頭しているからだろう。


 俺は出社準備を終えタイトル画面に戻した異世恋を見て呟いた。


「また週末だな。次こそ必ずトゥルーシナリオを見つけてやるからな。いってきます!」


 俺はゲーム機本体に挨拶し家を出る。普段より眠く家を出た時間も遅かったため会社に向かい全力で走った。


「はぁっはぁっ! こ、こんなに走るのはゲームの中だけで良いっての! うぉぉぉぉっ!」


 今思えば脇目もふらず全力疾走していた事が悪かったのだろうか。いや、その前に二日ほぼ徹夜でゲームに没頭した事が悪かったのだろう。


「……え? あ……」


 会社目前で景色が歪む。俺は歪む景色と胸苦に悶え、地面に伏した。薄れゆく意識の中、上司の慌てた声だけが聞こえ、俺の意識は闇に包まれていった。


 俺の名を呼ぶ声が聞こえる。それはどこか懐かしく、毎週末聞いてきた様な声の様な気がした。


「──様、リヒト様っ!」

「リヒト君! 先生に呼ばれてるよ!」

「リヒト起きろ!」

「「「リヒト!!」」」

「ファッ──!?」


 身体を揺すられ目を覚ます。見えた景色が俺の意識を一気に覚醒させた。目の前には見慣れた教室がある。


「い、いせ……こい!?」

「こほん。リヒト君、どうやら相当お疲れの様で。眠気覚ましに校庭でも走りますかな?」


 呆然としていた俺の前でゲームにはない台詞をいう執事風の老紳士【アーノルド】が含みのある笑みを浮かべ立っていた。


「し、喋るアーノルド? はっ!?」


 隣を見ると金髪縦ロールで悪役令嬢ルートのヒロイン【セシリア・クリアベル】、反対側には冒険者ルートでのヒロイン赤髪の勇者【アリア】、後ろには格ゲールートの獣人ヒロインで人狼族最強の女【ウルフェン】がいた。


「な、なにがどうなって……!? いや、さっきから皆俺をリヒ──ま、まさか俺【リヒト・フェイルハウンド】に転生した!?」


 そこで目の前に立っていたアーノルドがこめかみに血管を浮かべ廊下を指差した。


「リヒト君。廊下に立ってなさい」

「へ?」

「聞こえませんでしたか? 学園では身分など関係ありません。フェイルハウンド王国第一王子である君だろうと例外はありません。頭を冷やしてきなさい」

「「「あ~あ……」」」

「は、はい」


 俺は混乱したまま教室の扉を開き廊下に出る。


「あ」

「あん? なんだよ王子サマ? お前でも立たされんのな」


 廊下には先客がいた。彼女はヤンキー学園統一シュミレーションルートのヒロイン、黒髪ポニーテールに改造制服をまとう学園最強のヤンキー【アゲハ】だ。


「ア、アゲハだ……! 入学初日に一人でヤンキーグループを潰したあの!」

「アァ? なんだよ、あたいの事か? あんなの朝飯前よ。ヤンキーは舐められたら終いだからな」

「か、格好良い! まさか生で今の台詞を聞けるだなんて!」

「は、はあ? お前……初めて話したけど変な奴だな」

「へ、変!? どこが!?」


 俺はゲームで決まったセリフしか話さないキャラクター達が自分の意思で話している姿を見て興奮していたのかもしれない。傍から見たらかなり変な奴だったろう。


「あたいはヤンキーだ。お前ら坊っちゃん嬢ちゃんとは住む世界が違う。誰もが話し掛けもしないで見てみぬフリ決め込むんだけどな?」


 これはアゲハルートに入るフラグだ。ここで『そんな事はない、俺は君を軽蔑したりしないよ』を選択するとアゲハと仲良くなりヤンキー撲滅ルートに突入してしまう。


 アゲハは理解者がおらず捻くれてしまった可哀想なヒロインだ。このアゲハルートに入るとゲームはシュミレーションモードに突入し、一年、二年、三年と順番に学内のヤンキーを撲滅し、最後には国内全ての学園のヤンキーを二人で撲滅していく事になる。


 アゲハルートのエンディングは次第に仲良くなり、国内のヤンキーを撲滅した所で唐突にアゲハから妊娠を告げられる出来ちゃった結婚ルートだ。当然主人公は勘当され移行は平民に成り下がる。しかし貧しいながらも愛する女性と子ども達に囲まれ幸せになるというエンディングだ。


 俺は主人公ではないが、万が一ここで答えを間違うといきなり修羅の道に突入してしまう。まだ何も把握してないこの時点でアゲハルートに入るのは危険だ。そう思った俺は営業で鍛えた当たり障りのないセリフでこの場を乗り切ろうとした。


「君も俺の国に住む国民の一人だろう? 王族たるもの国民の話くらい聞けないとね」

「……へぇへぇ。立派なこった。もう王様になった気かい?」

「後は下に年の離れた妹しかいないからね。この国は世襲制、次の王は俺以外いないんだよ。ま、何かあったら俺でも追放されるけど」

「廊下に立たされる王子ってのもヤバいんじゃない?」

「内緒で頼むよ」

「ははははっ。お前おもしれぇな!」


 アゲハの態度を見るにルートには入っていない様だ。最初に選択肢を選ぶと顔を赤くしたアゲハにいきなりキスをされコンビを組む事になる。


 この異世恋はあらゆる場面での選択肢にルート突入のフラグが散りばめられている。もちろんバッドエンドも多数あり、中にはヒロインが処刑されるルートもある。


 そしてリヒト・フェイルハウンドはそんなゲームの中で主人公の恋を邪魔するキャラの一人だ。


 今一度教室の中を思い出してみよう。教室の片隅に前髪の長い無口な男キャラがいたはずだ。あれがこの異世恋の主人公だ。


 俺はどういう訳かあの無口鈍感難聴系主人公ではなく同じ名前のリヒト・フェイルハウンドへと転生したようだ。


 俺は立ったまま器用に居眠りするアゲハの隣に立ち現状の把握に努めた。


「誰かのルートを攻略したら俺はどうなるんだろ。いや、その前に主人公ではない俺が誰かを攻略できるのだろうか? そしてゲームにはエンディング後の世界の描写はなく、エンディング終了と同時にタイトル画面に戻る。全てのヒロインで全てのエンドを見てもルート進捗は九割。そのため確実にトゥルーシナリオはあると言われてたけど……」


 当時何人かのプレイヤーがデータ解析をかけたが誰もが九割までしか解析できず、残る一割はブラックボックス化され解析不能だったそうだ。そして解析した誰かがブラックボックスはフェイクでトゥルーシナリオはないと言い出した所でこのゲームは完全攻略不可能なクソゲーと認定された。


「これはゲームじゃない。エンディング迎えてもタイトル画面に戻る保証はない。けど……誰とも一緒になれなきゃ主人公はスラム行きだ。そこで待っているのは男同士の──ッ!」


 肛門がキツく締まる。俺にそんな趣味はない。実際にスラム行きになるのはあの主人公で、リヒト・フェイルハウンドにはそのエンドはないにしてもだ。こうして意思が存在している時点でリヒトはゲームのリヒトとは別人だ。ないとは限らない。


 ただしとある層にはこの主人公ぼっちエンドが爆ウケし、薄い本にもなったが俺はノーマルだ。試すにしてもこのルートだけは絶対に避けたい。


「……とりあえず無難に悪役令嬢ルートに入ってみるか? 主人公とのバッドエンドならセシリアは処刑エンド。その他はリヒト王子と婚約破棄せずそのまま結婚。で、グッドエンドなら主人公と結ばれ愛に生きるだったな。セシリアは他のヒロインばかり追うリヒト王子に婚約破棄を告げ主人公とくっつく。主人公がセシリアを選ばない場合は主人公の選択したヒロインによってエンドが変わる。ちゃんと考えたらあの主人公ってまあクズだよなぁ」


 俺は廊下に立ちながら今後について頭を悩ますのだった。

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