第16話 エドガー・マキーナルトの入学式までの最後のやらかし

 にわかに騒めきだした周囲に戸惑うエドガーにシャーロットは、手提げバックの中から一冊の本を取り出す。


 エドガーに押し付けるように渡す。


「……数日前に王都に来たアナタは知らなかっただろうけど、最近、この本が貴族の令嬢の中でとても流行っている」

「『銀砂糖に溺れて』?」

「……かなり前に執筆された恋愛小説。こないだ、どこからか発掘されて人気となった」


 シャーロットの話の筋が見えず、エドガーは困惑するしかない。


「……アナタ、ここ数日で過去にアナタに婚約話を申し込んだ家の令嬢の事、調べ回ってた。それなりに隠密的にやってたようだから、他のたちは知らないだろうけど。知っているのは、ハティア様とか、そこらへんだけだと思う」

「ッ」

「……かく、私はこれを貰うのを知っていた」


 そういいながら、シャーロットは手のひらで青と緑に輝く鉱石を弄ぶ。


「……百四十二ページ

「え?」

「……いいから、そこを開いて」


 いよいよ流れが掴めず困惑するエドガーは、しかしシャーロットの言葉に逆らうことができず、押し付けられた『銀砂糖に溺れて』の指定されたページを開く。


 そして息を飲んだ。


「ッ」

「……そう、この鉱石、森碧しんぺき石」


 シャーロットは青と緑に輝く鉱石、森碧石を回りの人たちに見えるように少し高く掲げた。


 困惑と悲鳴を含んだ騒めきが広がる。


「……以前は魔道具の希少な材料でしかなかったこれは、今や告白に使われる鉱石の一つとなった」

「ッッッ!!!」


 エドガーの表情が、深く歪んだ。


 貴族の婦人令嬢たちは恋愛小説をかなりたしなむ。


 それもあってか、小説の内容が貴族、特に社交界に影響を及ぼすことがある。例えば、ある小説で主人公がとある鉱石を渡しながら告白すれば、貴族社会でも男性が女性にその鉱石を渡すことが告白となるのだ。


 つまるところ、エドガーはシャーロットに告白したと周りの生徒たち、特に令嬢たちに思われているのだ。


 冷や汗がぶわっと噴き出し焦りに顔を歪めるエドガーを、シャーロットは冷徹な瞳で見やった。


「……その気持ち悪い薄ら寒い笑みより、今の方がまだ、マシ」

「ッ、お前、まさかッッ!!」

「……もちろん、わざと。でなければ、こんな場所で森碧石なんて受け取らない」


 軽蔑の笑みを浮かべたシャーロットは、手に持っていた森碧石を高く、放り投げた。


「申し訳ございません、エドガー様」


 今までとは違う、それこそ周囲に聞こえるような声量でそう言ったシャーロット。


 そして、


「握りつぶせ。――〝土腕つちうで〟」

「きゃあっ!!」

「なっ!!?」

「ッ」


 その名の通り、土の腕を作り出す土魔法、〝土腕〟で、宙を舞う森碧石を握りつぶした。粉々に砕けた。


 男子たちの驚きの声と、女子たちの悲鳴が響き渡る。


 エドガーはただただ呆然とするしかない。


 シャーロットは氷の笑みを浮かべた。


「……どう、告白してもいないのにフラれた気分は?」


 エドガーがフラれた。


 その事実が、大きく周知される。


 そして、シャーロットは軽蔑の瞳をエドガーに向けた。


「……アナタにその意図があろうが、なかろうが、昨日で多くの女の子の心を弄んだ。その報いを受けろ。不誠実クソ野郎」

「ッ、どういうことだ、それ――」


 くるりと反転し、学生寮に去っていくシャーロットに、エドガーは慌てて問いただそうとしたが、


「……これは、どういう事ですの?」

「ッ」


 ぞわりッ!

 

 恐ろしいまでの声音に、エドガーはハッと振り返る。


 そこには、何人かの令嬢がいた。彼女たちは強く、酷く顔を歪ませて、怒りと悲しみとなんとも言えない瞳をエドガーに向けていた。


 その中でも金髪ドリルの令嬢が、恐ろしい。


 わなわなと震え、顔は般若のように歪む。碧眼のおどろおどろしく濡れ、唇をきつく噛みしめられていた。


「ふぇ、フェリス嬢?」


 昨日、それなりに話が合うと思った令嬢の一人で、剣の稽古に付き合う約束もしていた令嬢である。


 そんなフェルス・ウェルズダンズの片手には、短剣が握りしめられていた。それは昨日、エドガーが渡した贈り物だった。簡易のアーティファクトであり、身体強化の補助が組み込まれている。


 殺気がエドガーに向けられた。


「エドガー様、騙したんですわね」

「え」

「昨日の、あの言葉。この短剣をくれた際の言葉……あれは嘘だったんですわね」

「え?」


 困惑しながら、エドガーは昨日の記憶を探る。


(いや、俺、普通に剣の道を目指す事を応援するくらいしか、言っていないぞ。流石に、あれが問題なわけ――)


 いやいやいや、と慌てるエドガー。


 と、あまりに慌てすぎたか、手に持っていた『銀砂糖に溺れて』の本を落としてしまった。


 そしてとあるページが開く。


「……マジかよ」


 そのページは近衛騎士の女性に短剣を渡す王子のシーンが書かれていた。そしてそこの王子のセリフが昨日、エドガーがフェリスに言ったのに近かった。


 つまるところ、先ほどの森碧石と同じ。


 それを直感で理解したエドガーは心の中で吠える。


(知らねぇよ! んな、最近流行ってる恋愛小説なんて、知る訳ねぇだろ!!)


 理不尽に怒りが込み上げてきた。


 が、エドガーが知っていようが、そうでなかろうが、エドガーが告白まがいの事をしてしまったのは事実で。


 客観的に見れば、二人の令嬢に対して告白した軽薄野郎であることに変わりはない。


 いや、周りを見ればフェリスほどではないが、それでもエドガーを睨み、悲しんでいる令嬢たちがいる。


 二人どころか、十人以上に同じような事をしたのだろう。


 最低クソ野郎である。


「ま、待ってくれ。知らなかった――」


 そして、状況を理解したエドガーは慌てて言い訳しようとして、


「エドガー様ぁぁぁ!!!」

っ、ちょっ!!?」


 フェリスが短剣をエドガーに向かって振り降ろした。エドガーは慌てて短剣を躱す。


「知らなかった!? そんな言葉で済まされるとでも思いいですのッ!!??」

「ッ!!」


 フェリスは止まらない。短剣を握りしめ、エドガーを斬ろうとする。反撃するわけにはいかず、エドガーは逃げ回るしかない。


 そしてフェリスに感化されたのか、他の令嬢も魔法や護身用の短剣などでエドガーに襲い始める。


「おいおい、誰か教師、呼んで来い!」

「寮長でもいいから、早く!」

「誰か、取り押さえろ!」


 野次馬していた周りの生徒たちも流石にこの事態には驚き、慌てる。


 そして、何人かの生徒が教師を呼びに行こうとしたところで、


「これはどういった事で……」

「ロイスよ。お主の息子はお前よりもスカポンタンだぞ……」

「え、あ、え」


 謹慎処分となったバンボラを寮に届けていたハティアとクラリスが現れた。


 ハティアのこめかみには青筋が浮かんでおり、頬は怒りで引きつっていた。クラリスは呆れに天を仰ぎ、バンボラはハティアとクラリスの様子に恐怖していた。





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