第6話 エドガー・マキーナルトの銅ランク昇格試験

「ッ」


 斧を担ぎ、オーシュガルトに向かって一直線に飛び出したエドガー。


 その速さはオーシュガルトの想像を越えており、オーシュガルトは目を見開く。


 しかし、それも一瞬。エドガーが踏み込んで斧を横に振るった頃には、オーシュガルトは冷静な表情でその動きを捉えていた。


「ハァッ!」

「よっと」


 斧と大剣。互いに重く、振り回すのには大きな力がいる。


 だが、エドガーもオーシュガルトも軽々と武器を振るい、ぶつける。金属がぶつかる甲高い音が幾度も響く。


 エドガーはまるでしなやかに素早く動く獅子しし。緩急のある動作をもってして、オーシュガルトの四方八方から斧を振るう。


 対してオーシュガルトは不動の鬼。半歩ほどの動きで四方八方から襲い掛かるエドガーの斧をかわし、大剣を振るう。


「……凄い」


 レイニーはそれを見て、思わず感嘆の声を漏らす。


 冒険者ギルドの受付嬢に就任してから、何度かオーシュガルトの試験の様子を見てきた。


 その全てはオーシュガルトが赤子をひねるように新人の冒険者たちをいなしていただけ。


 試合らしい試合を見た実感はなかった。


 だが、今、目の前で繰り広げられているのは、戦いだ。どちらも未だに傷を負っていないものの、高い緊張感が張り詰めている。


 その緊張感に惹かれたのか、いつの間にか新人の冒険者たちだけでなく、他の冒険者たちが訓練場に集まり、エドガーとオーシュガルトの戦いを観戦し、ヤジを飛ばしていた。


 それに僅かばかりの鬱陶しさを感じたのか、戦いながら仮面の下でエドガーは舌打ちをする。


「チッ」

「なんなら、今から締め出してもいいぞ? エドガー様?」

「いや、いい」


 オーシュガルトの大剣の薙ぎ払いを飛びのいて回避したエドガーは、鋭い瞳でオーシュガルトを睨む。


(エドガーって名前は、珍しい名前じゃねぇ。むしろ昔の英雄の名前だから、かなり多い。が、俺がエドガー・マキーナルトってバレたっぽいな。余計な詮索をする気はなさそうだが……)


 口止めするか? そうエドガーが考えたとき、オーシュガルトが肩を竦めた。


「おいおい、試合に考え事か? 勘弁してくれよな」

「ッ。悪い」


 エドガーは斧を構えた。


(それを考えるのは、あとだな。今は、この試合に集中しよう)


 邪念を振り払い、目の前の戦いに再度集中したエドガーは、それから手に持っていた斧をオーシュガルトに向かって投げた。


「ハッ!」

「ッッ!?」


 オーシュガルトは自分に投擲とうてきされた斧に大きく息を飲んだ。それでも、間一髪のところで飛んでくる斧を大剣で弾き飛ばす。


 斧が空中に高く舞う。


 その一瞬の隙にエドガーはオーシュガルトの懐へ入り込む。


「拳でやりやおうってかっ!?」

「いや、違う」


 斧を弾き飛ばす直前にはエドガーの動きを予測していたオーシュガルトは、〝身体強化〟により、後ろに飛び、エドガーから五歩程度の距離を取った。


 大剣はリーチが長い分、懐に入り込まれると後手に回りやすくなる。


 それは当然の判断だった。


 だから、エドガーはそれを分かっていた。


「〝水縄〟」


 エドガーの手にはいつの間にか、水魔法の〝水縄〟が握りしめられていた。


 そして〝水縄〟は、


「フンッ!」

「ッッ」


 弾き飛ばされ、オーシュガルトの背後に舞っていた斧に繋がれていた。


 エドガーが〝水縄〟を思いっきり引っ張り、また〝水縄〟に注ぐ魔力を調整して〝水縄〟を一気に短くした。


 はやいッッ!!!


 言葉にさえ出せないほどの速さで〝水縄〟に引っ張られた斧が、オーシュガルトの背後から襲い掛かる。


 殺す気かよッ! と怒鳴りたくなるのを必死に抑え、オーシュガルトは頬を引きつらせながら、咄嗟に大剣を背後に回す。


「ッ、おめぇッ!」


 しかし、不安定な状態の大剣では防ぎきることはできず、どうにか軌道を変えたものの、斧はオーシュガルトの脇腹をわずかにえぐり、エドガーの手元に戻る。


 オーシュガルトが脇腹の痛みに少し顔をしかめた。


 が、エドガーはお構いなし。


「まだ、行けるよな?」

「ッ。生意気だなッ!」


 パシリと斧をキャッチしたエドガーはオーシュガルトの眼前にまで踏み込んだ。


 脇腹の痛みをこらえながら、オーシュガルトはエドガーの虚をつくため、構えていた大剣を手放す。


 そのまま後ろではなく一歩前へと左足を踏み込み、右拳を握りしめる。エドガーに向かって大きく拳を繰り出した。


 さっき自分がやったことをやり返され、エドガーは息を飲む――


「〝土壁どへき〟」

「こんな、繊細な操作ッ!」


 ――代わりに土魔法、〝土壁〟を詠唱。本来は高い土の壁を作り出す防御系の魔法だが、しかしエドガーは違う用途で使った。


 オーシュガルトが一歩前へ踏み込んだ左足の地面に、高さ一センチにも満たない〝土壁〟を作り出したのだ。


 拳を放つために全体重を左足に乗せていたのだ。


 それが突如として盛り上がった土によってオーシュガルトは大きくバランスを崩し、放った拳は大きく空振からぶる。


「シッ」


 エドガーが斧をごうとした。


 無防備なオーシュガルトの胴体を真っ二つにするかと思われたが、


「〝火爆ひばく〟ッ。〝火炎弾かえんだん〟ッッ!!」

「ッ」


 斧がオーシュガルトに振れる直前、オーシュガルトは咄嗟に火魔法、〝火爆〟を行使し、爆発により自身と斧を吹き飛ばし、回避したのだ。


 また、同時にエドガーの背後に火魔法、〝火炎弾〟という火の弾丸を作り出し、射出。


 〝火爆〟に気を取られていたエドガーは〝火炎弾〟の感知に遅れ、慌てて体をひねったものの脇腹をわずかに抉られる。


「ッ」


 エドガーの顔が痛みによって少し歪む。


「よっと」


 自身の〝火爆〟に吹き飛ばされたオーシュガルトは、何度か地面に打ち付けられながらも滑るように着地。


 手放した大剣を手に取り、深く腰を落として、構える。


 オーシュガルトの表情は多少痛みに歪みながらも、それでも楽しそうに口角を吊り上げていた。


 斧を地面に落としながら、構えていたエドガーもオーシュガルトと同じよな表情をしていた。挑発するようにニヤリとわらう。


「元銀ランクなんだよな?」

「悪い悪い。ここ最近はひよっこの教育ばっかでなまってたんだ。ようやく、調子を取り戻してきたところだ」

「戦いにそれは言い訳にならねぇと思うが」

「だから、悪いって言ってんだろ?」


 互いにニィッと笑う。


 エドガーとオーシュガルトにとってここまではワォーミングアップ。多少の怪我は緊張感を出すためのご愛敬。。


 エドガーはここ一週間以上戦いらしい戦いができていなかったから。


 オーシュガルトは久しぶりに戦いらしい戦いができそうだったから。


 楽しい。


「つか、坊主。お前、本気出してねぇだろ?」

「それはそっちもだろ?」


 気分が高ぶっても、冷静な二人は殺し合いはしないという確認を取り合う。


 互いに濃密な魔力を纏い始めた。また、その魔力に伴って猛烈な威圧が放たれる。観戦に来ていた冒険者はまだしも、もともと訓練場にいた新人の冒険者たちがその威圧に腰を抜かしてしまう。


「じゃあ、行くぜ」

「ああ」


 そしてエドガーもオーシュガルトも、先ほどとは比べ物にならない速度で飛び出して――


「そこまでだよ」

「「ッッッ」」


 しゃがれた老婆の声音と同時に、宙を浮く紅の長髪の美女によって二人は地面に叩き伏せられた。






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