英雄はその後、教師になる ~魔王よりも子供たちの方が強敵でした~
渡琉兎
第1話:英雄ラクス・マギラエン
「――田舎に引っ込むので、もう引っ張り出さないでください」
そう彼が告げたのは、魔王討伐の祝勝会が行われている王城のパーティルームでの一幕だった。
「……おい、貴様。陛下の御前だぞ、何を言っているのか分かっているのか!」
彼の発言に怒鳴り声をあげたのは、金髪金眼のイケメン勇者だった。
「ふざけないでくれるかしら?」
「たかだか魔法剣士の分際で」
「調子に乗るのも大概にしろよ?」
勇者に続いて口を開いたのは、勇者と共に魔王討伐を成したパーティメンバーである女性たちだった。
「……英雄、ラクス・マギラエンよ。我は褒美の話をしているのだが?」
憤る勇者たちとは異なり、陛下は柔和な笑みを浮かべながら改めて問い掛ける。
しかし、内心でははらわたが煮えくり返っており、若造が舐めるなと思っていた。
「ですから、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのはごめんですので、田舎に引っ込むので引っ張り出さないでくださいと申し上げております」
だが、英雄ラクスは態度を変えることなく、自分の望みを淡々と口にするのみ。
これには平静を装っていた陛下も表情を一変させ、顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげた。
「不敬であるぞ、ラクス・マギラエン!」
「うーん、仰られているように望みを口にしただけなんですが……まあ、僕が不敬だというのであれば、そのままこの場を去らせていただきますね。それでは失礼いたします、陛下」
怒鳴る陛下にも物怖じせずにそう口にしたラクスは、柔和な笑みを浮かべながら踵を返すと、そのままパーティルームの出口へ歩いていく。
しかし、そこに警備の騎士が立ちはだかると、ラクスに武器の切っ先を向けてきた。
「その者はもう英雄でもなんでもない! 反逆者である! すぐに捕らえるのだ!」
「反逆者かぁ……まあ、平和な世の中になったわけだし、それもまた一興かなぁ」
「さっさと捕えろ!」
陛下の怒鳴り声と同時にラクスを捕らえようと騎士が飛び掛かっていったが、彼は笑みを崩すことなく、軽やかな足取りだけで攻撃を回避して扉の前に移動してしまった。
「なっ!」
「き、消えた!?」
捕らえようとしていた騎士は目を見開いて驚きの声をあげた。ラクスの動きが全く見えていなかったのだ。
それはこの場にいた誰もが同じであり、勇者や英雄たちも同様だった。
「それでは陛下、失礼させていただきます。あとのことは全て勇者や残りの英雄たちがどうにかしてくれるでしょう」
そう告げたラクスは扉を開け、そのまま彼と同じ髪色の暗闇へ姿を消してしまった。
「……ぐぬぬぅぅ……今すぐに騎士を総動員して反逆者、ラクス・マギラエンを捕らえよ! 絶対に逃がすでない、処刑場でその首を落としてやるぞおおおおっ!」
怒号を響かせた陛下に従い、騎士たちは一斉に動き出した。
華やかな祝勝会のはずが、いつの間にか反逆者を捕らえるための大捕り物へと変貌を遂げてしまう。
しかし、パーティルームを去って以降、ラクス・マギラエンを目撃したという者は誰一人として現れることはなかった。
ラクスは追手を完璧なまでに撒いてしまい、その行方を消してしまったのだ。
――結局、ラクスが捕らえられることはなく、大陸全土に手配書が回ることになる。
「……さーて、今度はどこに足を向けようかなぁ」
自分の手配書を片手に自嘲気味な笑みを浮かべながら、ラクスは荒廃した大地の高台に腰を下ろして地平線を眺めていた。
「うーん……よし、決めた! 気になることもあるし、あっちに行ってみようかな」
目的地を決めたラクスは立ち上がり大きく伸びをすると、先ほどとは違い快活な笑みを浮かべて歩き出す。
その足が向かっているのは王都ではなく、大都市でもない。
田舎に引っ込むと言ったものの田舎でもなく、誰に聞いても辺境の地だと答えるような場所だった。
「はてさて。鬼が出るか蛇が出るか、楽しみだなぁ」
こうしてラクスは再び姿をくらましてしまう。
――その後、ラクスを目撃したという話は数年の間、誰も耳にすることはなかったのだった。
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次の更新は本日15時です、お楽しみに!
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