05 恋心
「こんな事はもうしたくない」
少年は男にそう言った。しかし男は冷たい微笑を寄越しただけだった。
いつかここから誰かが救ってくれるならば──。
* * *
生徒会の役員が次々に生徒会室に入って来て各々の席に着く。メンバーが揃うと那須が「早速だが」と切り出した。
「春寮祭が終わるまで毎週水曜日と金曜日に生徒会の定例委員会を招集するからよろしく。ラプンツェル達もね」
那須が三人の下級生を見渡す。鳴海の所で視線が止まったような気がして、祐太郎の中にまたもやもやとした感情が湧き起こる。
「今日はラプンツェルの衣装についてだが、要望とかあったら聞いておくよ。鳴海君、何かあったら言ってくれ」
那須が真っ先に鳴海を指名する。サラサラの茶色の髪の愛らしい少年は白い頬を真っ赤に染めて嬉しそうに答えた。
「はい。僕はオンディーヌみたいな衣装がいいなと」
そこにいた役員達がひやひやと一斉に拍手する。
「バレエの衣装みたいなスケスケの?」
副会長の上尾が眼鏡の位置を直すように動かして聞いた。
「やるね、鳴海」
会計の小宮が頬にえくぼを浮かべてにっこり笑った。
「淡いブルーの衣装だよね。きっと鳴海に似合うよ」
那須はにこやかに笑って、次に鳴海の隣にいる少年に聞いた。
「小平君。君はどういう衣装にしたいんだ?」
小平と呼ばれた少年はくるくるの髪に手をやり、大きな瞳をパチパチさせて答えた。
「僕は可愛らしいお姫様みたいな衣装がいいです」
役員達がまたひやひやと拍手する。
「真澄にはベビーピンクが似合う」
大柄な議長の奥平が言う。
「はは、ピンクのお姫様だ」
その横の切れ長の目の副議長が笑う。
「分った。小平君はピンクのお姫様っと…」
要望をノートに書いている書記の黒ぶち眼鏡の関に頷いて、那須の顔は祐太郎に向いた。二重の綺麗な瞳が真直ぐに祐太郎に注がれる。薄く笑っているピンクの唇。柔らかそうな明るい髪が形の良い卵形の顔を縁取っている。祐太郎の心臓がドキンと音を立てる。どうしてこの顔はこんなに心臓に悪いんだろう。
「ラプンツェルは春寮祭の当日女装しなくてはいけないんだ。これは決まりだから引き受けた以上断れない」
那須は何も知らない祐太郎の為に少し春寮祭の解説をした。
「秋元君はどんな衣装がいい?」
祐太郎は那須の顔をボケらと眺めながら答えていた。
「その衣装は新調するんですか。どこから経費が出ているのですか。勿体無いですよ。僕は古着でいいです」
皆の目が真ん丸くなって祐太郎に注がれる。
「へーんな奴」
鳴海と小平があきれたように言って、顔を見合わせて笑っている。思い出したように他の役員も笑い出した。
「春寮祭の経費はここの卒業生の寄付金から特別に計上されるんだ。ここでそんな事を言う奴ってお前がはじめてじゃないか」
那須が苦笑しながら説明する。
「君にいい考えが無いのなら、俺に任せてくれないかな」
「はあ……」
生徒会を終えて寮部屋に戻ると後から佐野が帰って来た。
「お前、どんな衣装にするか注文を出したか」
「女装するって知りませんでしたよ。教えてくれればよかったのに」
佐野は知っていた筈である。聞いていたら早い時期に断っていただろう。父にそういう事をしてはいけないと言われていたのに。
「男ばっかりだからな。たまには色気も欲しいさ」
「そうですね」
佐野の言葉に頷いた祐太郎の中には那須の面影が浮かび上がっている。
「ばかに殊勝じゃないか」
「変なんです。この胸のところにこう、もやもやというか、イライラというか」
「よく分からんが」
佐野は椅子に反対に座って祐太郎に向いた。
「会長の那須さんがですね…。あの人が他のラプンツェルに優しくすると、僕の胸の中に黒い雲が押し寄せてくるんです」
「それって嫉妬じゃないかな」
「嫉妬……。では、僕はあの人に……」
「そうか、お前もこの学校にとうとう毒されたか」
佐野は嬉しそうに言う。
「毒された……?」
「いや、この学校の特殊性をどうやって説明しようかと思っていたが、ちょうどよかった」
首を傾げる祐太郎にパチパチパチと手を叩いた。
「おめでとう。お前もこれで立派な俺たちの仲間だ」
そう言って椅子から立ち上がり祐太郎の側に近付いて来た。
「何ですか?」と聞く祐太郎の顎に手をやり持ち上げる。
「男同士のやり方とか知らないだろう。向後の為にも知っていた方がいいぞ。教えてやろうか」
しかし、祐太郎は明るい瞳で「いえ、いいです」と逃げた。佐野の手に祐太郎のすべらかな肌の感触だけが残る。
「その時になったら何とかなると思います。ちゃんと研究リサーチしますから。お父さんが言いました。一番好きになった人と結ばれるのが一番幸せなんだよって」
だがそれがどれだけ難しくて、叶わない願いに泣く人がどれだけ多いか、祐太郎はまだ知らない。罪作りな父親である。
「ファザコンか……」
佐野はちょっと考えた。実は祐太郎がかなり気に入っている。よい関係を作り上げ、更にはよいオトモダチだけでは終わらないようにしたいと思う。しかし佐野の思いに気付きもしないで祐太郎が独白するように言った。
「ただ、僕は、切れると何をしでかすか分からないから。あの人を無理矢理押し倒して傷つけたりしないように優しく……」
「お前が押し倒すつもりか」
唖然と聞く佐野。
「当たり前でしょう」
祐太郎の当たり前がどの辺にあるのか佐野にはさっぱり分からない。しかしやっぱりぶっと噴出してしまった。
「何がおかしいんですか」
「いや、頑張れよ」と言いながら佐野の肩はいつまでも震えている。
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