第27話 primary16-2
「・・・・・・・・・望んでないから、思い込みが激しいなんて辛口投げたんですか?」
唇を尖らせて雫が進言して来た。
紗子は思いのほか色んなことを雫に話しているようだ。
雫は、有栖川の数倍懐かれているようである。
「・・・・・・ああ、それ聞いたの。事実だからそう言っただけ」
図書館で市成とどんな運命の出会いをしたのか知らないが、そこに自分とのエピソードまで勝手に紐づけして舞い上がっている彼女が憎らしくて言った言葉だった。
完全な八つ当たりだ。
自分の子供っぽさに吐き気がする。
どうせ望まれていないのだから、この先ずっと一研究者として、彼女と接していければそれでいいはずなのに。
今回の治験で彼女の症状がさらに軽くなって、もっと彼女の世界が広がれば、紗子が市成以外のアルファと出会う可能性は一気に膨れ上がる。
人目を避けるように俯いて過ごす図書館の妖精を助けたいと思ったことが始まりだったのに、ここに来て、自分は本当にそれを望んでいたのかさえ分からなくなってしまった。
有栖川が手を差し伸べなければ、きっといまの彼女はいなかったはずだ。
市成に焦がれることも、周りの視線を集めることも。
どうして何もかも真逆に作用してしまうのか。
俺は、本当はあの子をどうしたかったのか。
「そんな要素ありましたー?治験の説明には前向きでしたし、今も協力的な良い被験者さんじゃないですか。ちょっと慎重ではありますけど、頑なじゃなかったですよ」
言われた事はきちんと守って、不明点はちゃんと質問して、研究者として言うならば扱いやすい被験者だ。
けれど、被験者ではない倉沢紗子は、危なっかしくて惚れっぽい女の子にしか見えない。
彼女の市成に対するあからさますぎな態度を見ていると、やりきれなくなるのだ。
まるで人生で初めて恋を知ったかのような反応を間近にする度、その視線に割り込みたくなる。
どのタイミングで出会っていたら、市成に向けられる視線の半分でもこちらに引き寄せられたのだろう。
まだ一度も有栖川に微笑んでくれた事すらないのに。
あの容姿で男慣れしてなくて、恋愛経験皆無で、初恋が市成とか・・・・・・あり得るから本気で怖い。
思えば妹の梢も、そうだった。
憧ればかり詰め込んだお姫様は勢いそのまま見初めた王子に突撃して撃沈。
彼女の救いは、そのファーストインプレッションが、王子の記憶に残って、凍てついていた彼の心を射止めたことだ。
けれど、果たして市成にもそれを望めるのだろうか。
会うたび違うオメガを連れて歩いているというあの百戦錬磨のアルファが、紗子に本気になる可能性。
途中まで考えて、ああ無理だなとその未来を黒く塗りつぶす。
もしもあの話を聞いていなければ答えは違っていたかもしれない。
けれど、紗子の口から紡がれた言葉は、一言一句逃さず記憶されているからもう無理だ。
『・・・前に、図書館で
それは、市成ではなく、有栖川がしたことで、有栖川が言った言葉だ。
それが市成の評価に上乗せされてしまっている事実を目の当たりした瞬間、胸に湧き上がったのはどす黒い嫉妬。
その好意は、それだけは、市成のものではなくて、自分のものだ。
その一瞬の想いがいまも根深く胸に残って消えてくれないから、彼女への態度が厳しくなる。
好かれたいのか嫌われたいのか、自分でも分からない。
確かなことは、倉沢紗子の気持ちをどうにか市成から引き離したいということ。
けれど、間違いなく、紗子はそれを望んでいない。
それでも諦めきれないのなら、もういっそのこと開き直って、あの日紗子を助けたのは、市成ではなくて、自分だと伝えてしまうか?
その上で、紗子に何を伝える?
”きみが市成さんに焦がれるずっと前から、俺はきみのことを見ていた”
どう考えても、言えるわけがない。
勝算がなさすぎるし、動揺した彼女がパニックを起こす事の方が怖い。
トランスタイプのオメガは、ストレスでも
「俺の前では大抵倉沢さんは頑なだよ」
静かに返せば、何か言いかけた雫が黙って紗子の検査結果のデータを差し出して来た。
その顔には、なんでそんなにひねくれてんですか、と書いてある。
が、これが性分なのだ。
「どれだけ頑なでも、最後まで面倒見るんですよね?」
「俺が呼んだ人だからね」
責任だけは最後まで取るよ、と答えれば、一度だけ真尋がこちらを見てすぐに視線をそらした。
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