第54話「亜人の解放者」

 いつしか、小雨が降りはじめていた。

 吹き上がった炎による上昇気流のせいかもしれない。


 ダルトン代官軍を焼き尽くしたピッチ油の炎は未だにくすぶってはいるが、雨のおかげでいずれは消えるだろう。

 ハルトたちは村のエルフたちを助け出した。


 こういう時のために、買い集めておいた大量の回復ポーションを根こそぎ使って治療に当てる。

 エルフも回復魔法は使えるが、それでも負傷者を癒やすには足りないだろうから。


「ハルト様、ありがとうございます!」


 シルフィーたちエルフが、涙ながらにお礼を言う。


「いや、こちらこそお礼を言いたいところです。仲間を早く救ってやりたかっただろうに。私の作戦に付き合ってくれてありがとうございました」


 囚われたエルフたちをダルトンが盾として使った時、シルフィーたちが助け出そうとしてしまう可能性も、ハルトは考えていた。

 それで犠牲が増えてしまうことも覚悟はしていたのだ。


 シルフィーたちは本当に辛抱強く、この酷い状況に耐えている。

 おかげで、最小の犠牲で亜人属領の平定を終えることが出来た。


「もったいないお言葉です。どのようにしても、この大恩をお返しできるとは思いませんが、私たちエルフの身命をハルト様に捧げることをどうかお許しください」


 さすがに言いすぎだと、ハルトは苦笑する。

 エルフたちが自信を失ったままでは、ハルトも困ってしまうので少し勇気づけることになる。


「エルフは、美しく気高い種族です。もうあなた方を虐げる代官軍はいません。どうかもっと自信を持ってください」

「ハルト様ああぁ……」


 ハルトの温かい言葉にシルフィーは感極まって、また泣き出してしまう。

 治療を受けたエルフたちは、ハルトを神のように拝みだした。


「もちろん私は、エルフの魔術師の協力を必要としています。助けていただけるなら、こんなにありがたいことはない」

 

 こうして、エルフの信望を集めたハルトに、エリーゼが小声で耳打ちする。


「ハルト様、本当によろしかったのですか」


 この大盤振る舞いに、エリーゼも心配なのだろう。

 ここで回復ポーションの在庫をあらかた使い切ってしまってもいいのかとは、当然の疑問だった。


「何も慈善だけでやってるだけでもないんですよ。少し無理をしてでも、早急にエルフの村を復興させるべきです。これは必要な投資でしょう」


 やはりハルトも人間なので、酷い境遇に置かれていたエルフたちへの同情はあった。

 だがそれ以上に、一刻も早く治療を終えて村を復興させる必要があるのだ。


 今回の戦いで、やはりエルフの魔法は使えるとわかった。

 特にハルトの軍に足りなかった防御面が強化できるのは大きいから、すぐに戦力とする必要がある。


 森に逃れていたエルフたちも保護して、残敵を探して急いで掃討した。

 代官の館を接収して、奴隷として売られるために囚われていたエルフたちも解放する。


 そして、ダルトンがたんまりと溜め込んでいた食料や財産を、亜人属領の民衆を集めて全て配ってやった。

 戦勝の祝いも兼ねて、飲めや歌え大騒ぎだ。


「ハルトは、気前がいいのニャー!」


 ニャルたち獣人は大喜びしていたが、この施しはお決まりの人心掌握術をやっているだけだったりする。

 今後のことを考えれば、後背地である亜人属領の統治を安定させておくべきなのだ。


「ハルト様、どうかこれをお召しください」


 シルフィーたちエルフが、目の覚めるような鮮やかな深緑色のマントと、聖なる樹でできた冠を持ってきた。


「これは?」

「かつて、この属領が王国に支配される前。このアリキアの地には賢王と呼ばれる統治者がおりました」


 この亜人属領がまだ、アリキアと呼ばれていた時代だ。

 エルフ、獣人、ドワーフの三部族を束ねていたのは、王国から逃れてきた人間であったと伝えられている。


 知恵と人徳によりこの地をまとめたその男は、亜人の守護者にして賢王と呼ばれた。

 その名残を残すこのマントと王冠は、エルフたちが守り継いできた宝物なのだ。


「それはいいニャ。ニャルたちも認めるぞ。ハルトは賢王にピッタリなのニャー」


 干し肉をたくさんもらったニャルたちは、ご機嫌でハルトが王になるのを認めた。


「ハハハッ、獣人どもと意見が会うのは久しぶりよ!」


 代官の屋敷にあった酒蔵のワインをたんまりと頂いて、ほろ酔い顔のドルトムたちドワーフが囃し立てる。

 みんなの意見を聞いて、ルクレティアが良しとうなずく。


「ハルトが亜人属領の王様でいいじゃない。王国には、好きにしていいって言われてるんだから」

「いや姫様、王はまずいですよ。今度は俺が、王国に対して反乱者になっちゃいますから」


 それに、ハルトはそういう責任ある立場をやりたくないのだ。

 どうせなら、主導的役割は姫様がやって欲しい。


「私がアリキアの王を宣言したら、それこそ問題じゃない?」

「それも、そうですね」


 この姫様は、たまに気がついたようにまともなことを言うから困ってしまう。


「みんなが感謝してるのはハルトに対してだから、気持ちだけ受けとればいいのよ。これも人心掌握でしょ」


 なるほど。

 そう言われてみれば目的に適っていて、ハルトは反論できない。


 今日の姫様は、冴えている。


「姫様、なにか悪いものでも食べましたか」

「えっ、うーん。確かに、この干し肉ちょっと古いかもね」


 そう言ってルクレティアは笑う。

 なるほど、『抜きん出た人望』なんて才能タレントの持ち主が言ってるんだから、あながち間違いな選択ではないのかもしれない。


「わかりました。王はまずいですけど、アリキアの守護者としてなら謹んでお受けしましょう」

「では、族長の娘である私が、森の巫女として儀式を行います」


 エルフの族長、獣人族の族長、ドワーフの族長が見守る中で、ハルトはシルフィーより聖なる冠を頂く。


「この者、アリキア王の意志を継ぐ者なり。天上の尊き女神ミリスよ、その前途に加護と祝福をお与えください」


 こうして、ハルトはアリキアの守護者となった。

 のちにハルトは救国の英雄に続いて、亜人の解放者とも呼ばれることとなる。


 いろいろとあったが、これで亜人属領で起きたダルトン代官の反乱も静まったわけだ。

 そんなハルトたちのもとに、留守を預かっていたはずのクレイ准将が少数の手勢を引き連れて馬で駆けてくる。


「姫様、ハルト殿。大変です」

「これは、クレイ准将」


「どうしたのよクレイ」

「王国南方軍を主体とした軍勢三万が突如来襲して、レギオンの街を攻め落とされました」


 王太子オズワールの後ろ盾である王国南方軍の主力が、いきなり味方であるはずのノルトライン伯爵領に攻め込んできたのだ。

 それは、新たなる戦争の始まりであった。

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