第30話「ハルト久しぶりに本気で働く」

 姫将軍ルクレティアの指揮する第三軍五千と、ハルト大隊千五百は、当初はゆっくりとした速度で資源都市リューン攻略に向かっていた。

 帝国側の偵察があるとわかっていたからだ。


 警戒を怠らず、むしろそれを待ち望んでいた。

 クレイ准将が使う間諜かんちょうたちが大活躍である。


 騎士であるはずのエリーゼは、なぜか間諜かんちょうと一緒に行動していた。

 諜報の仕事についても学び、間諜を使えるようになっておいたほうが、ハルトの役に立つと思ったからである。


「ハルト様、無事にこちらの動きが察知されました」

「よし、じゃあ始めるかな」


 帝国に動きが偵察されたことを確認すると、今だとばかりに第三軍は急ぎ始める。

 密かに後からノルト大要塞を抜け出させたヴェルナー准将率いる帝国兵八千とも合流し、合計一万四千五百の大軍勢となっていた。


 驚いたのは、いきなり大軍勢に囲まれた帝国の資源都市リューンだ。

 もともと駐留部隊が少ない上に、街の門を大砲によって破壊されて、ブリオッシュ市長は苦渋の思いで降伏を決定する。


 降伏の使者として王国軍の陣に赴いて、さらにブリオッシュは驚く。

 王国軍の幕僚に、よく知っている帝国の将がいたからだ。


 しかも、忠臣と名高い男がである。


「なぜお前が王国軍にいるんだ。ヴェルナー!」


 ブリオッシュは掴みかからんばかりに、ヴェルナー准将に詰め寄った。

 帝国の官吏であり、それなりの地位にあるブリオッシュ市長は、ヴェルナーと親しい仲だった。


 ただの一介の官吏から、市長にまで取り立てられたブリオッシュと同じように、ヴェルナーも一兵卒から准将にまで取り立てられた男だ。

 平民出身の臣として、お互いに酒を酌み交わして、自らを認めてくれた殿下のためなら命を捨てても惜しくないと誓いあった仲なのに。


 よもや、そのヴェルナーが帝国を裏切るとは信じられなかった。

 しかも、軍をよく見れば率いている騎士や兵も、帝国の兵装の者が多くいる。


 みんな殿下を慕っている者たちのはずなのに、一体どうしてしまったのかと、ブリオッシュは目を白黒させる。

 それを、ヴェルナー准将が安心させるように言う。


「ブリオッシュ市長、安心してくれ。リューンは、通り道にさせてもらうだけで、この戦争が終わり次第、すぐ帝国に返還される」

「占領した都市を返すと言うのか?」


 ブリオッシュが聞き返すと、ヴェルナー准将はハルトのほうを見る。

 ハルトは、ざっくばらんな態度で市長に説明する。


「ブリオッシュ市長、街の安全はこの私が約束します。何も取ったりはしません。なにせ、うちの軍は帝国兵のほうが多いぐらいでして、みんな自分の故郷に帰りたいだけなんですよ」


 そう言って、ハルトは笑う。

 この王国の軍師は、何を言っているのかさっぱりだ。


 敵軍の代表者というから、どんな恐ろしげな男かと思えば、ヒョロっとした若い文官だった。

 ブリオッシュは、戦に破れた街の責任者として殺されても民を守る覚悟で来ているのに、拍子抜けも甚だしい。


「そ、そうは言っても、そんな保証があるのか!」


 ブリオッシュがそう言うと、隣に立っていた姫将軍が怒り出す。


「ハルトの言うことは、私が保証するわよ」

「あなたは?」


「王国北方軍将軍ルクレティア・ルティアーナ、王国の第一王女よ。王家の名誉にかけて、ハルトの言う通りにするわ!」


 なんで王族がこんなところに……。

 そういえば、王国では猪突猛進しか知らない姫将軍がいると聞いたが、これが噂のそれか。


 すると、このハルトというのが、ノルト大要塞を落とした軍師か!

 もう驚きすぎて、ブリオッシュは口が半開きになったままだ。


「なんというか、話についていけぬ。とにかく、詳しく説明していただきたいのだが」

「申し訳ないんですが、市長。悠長に説明してる時間がないんです。安全を確保する代わりと言っては何なんですが、食糧などの補給をお願いしたいのです。もちろん、きちんと代金はそちらの言い値でお支払いします」


 そう言って持ってこられたのは、馬車に乗せられた目もくらむような金塊の山だったからまた驚く。


「補給で済むなら、悪い条件ではないと思うのだが……」


 略奪するわけでもなく、金まで払うというのならこれはただの取引だ。

 しかし、敵に糧秣りょうまつを分けるのかと迷う市長に、ヴェルナーが肩を抱くようにして説得する。


「私を信じてくれブリオッシュ。ハルト殿の作戦は、帝国のためでもある。そう信じているから、みんなついてきてくれているのだ」


 ヴェルナーへの信頼で、市長は渋々と頷いた。

 こうして、瞬く間に資源都市リューンを無力化され、帝国の官吏であるはずのブリオッシュまでもが、いつの間にか補給を手伝わされることになってしまった。


 第三軍は、驚くほどのスピードで帝国本土を疾走する。

 なにせ、帝国の将であるヴェルナー准将と、官吏であるブリオッシュ市長が協力しているのだ。


 これ以上確かな道案内役はいない。


「金はいくら使っても構いません! とにかく急いで下さい。スピード勝負ですよ!」


 いつもの怠けっぷりを払拭するように、ハルトは躍起になって軍を急がせる。

 これによって、王国軍を討とうと出撃したヴィクトル皇太子と入れ違いに、帝都バルバスブルグへとたどり着くことができた。

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