第53話 桃王天君

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 北上してすぐに混沌の脅威を目の当たりにした。森や草花、土や岩が全て焦土と帰していた。黒く焼かれた大地と抉られた地形は、混沌が暴れまわった傷跡だ。しばらく進むと民家や畑が見えてきた。ここにも村があったが焼け落ちていた。後少し南下していたら、明庸も危なかったといえよう。


 死傷者がいなかった事を願い静かに村を通過する。


 昼過ぎになるといよいよ蓬国が見えてきた。荷台で壽桃ショウタオを食べている美嗣にカインは声を掛けた。


「ミツグ、飛天山が見えてきたぜ」

「えっ!まじまじ!おおっー!あれが天に届く山か~!」


 美嗣の前にあるのは原っぱの奥に森。その更に奥から空の色に溶けそうだが、はっきりと山の輪郭が見える。


 それは山というよりは柱に近く、真っ直ぐ屹立した岩肌が天へと続いている。『飛天山』と呼ばれるその霊山は蓬国の中心に聳え、天から五州と人々を見守っているそうだ。


「あの山の上に天人が住む天界があるのか~。私達の事も見えるかな~!」

「見える訳ないだろ?天辺は雲の上に隠れているんだから」

「ブッブー!天人は千里を見渡す目を持っているから、例え米粒サイズでも、はっきり認識できるんだって!」

「へー、それはすごいな」


 豆知識を披露して空に手を振る。もうすぐ蓬国に着く実感が湧き、うきうきしていると美嗣は急に馬車を止めさせた。座椅子を降りて向かった先には猪がいた。


 正確には猪ではなく、猪をかたどっている魔物であった。『朱猪しゅちょ』と呼ばれる蓬国特有の魔物で、全身の毛並みは紅く怒ると火に包まれる。

 魔物を倒しに行くのかと思いきや、美嗣はゆっくり近付くと、ある程度の距離で写真機を取り出し撮影を始める。レイが馬車から降りて様子を窺う。


「何をしておるのだ?」

「ん~!魔物を撮ってるの!これ蓬国特有の魔物だから!」


 動物写真家のように腹這いになりながら、朱猪を撮影する。炎を纏う獣など恐ろしいはずなのだが、朱猪の姿は存外愛らしく、子供はもっと可愛らしい姿だった。


「そなたはよく魔物を撮っておるな。狩ったりせぬのか?」

「ん~?だって攻撃しても意味ないし、この子達も『生き物』だしさ!それにめちゃかわいいじゃん!」

「そうか……」


 気もそぞろな返事をするレイ。写真も撮り終わり戻ろうとした時、カインが危機を報せる。


「ミツグっ!レイ!逃げろ!」


 美嗣達のすぐ後ろに巨石が現れた。それは岩ではなく『玉塊ぎょくかい』と呼ばれる岩の魔物。これも蓬国特有の魔物である。


「きゃぁぁぁああ!」


 美嗣は逃げようとしたが、すでに玉塊が腕を振り下ろそうとしていた。美嗣はレイを抱えて衝撃に備えたが、天空から落とされた『槍』が岩の巨軀きょくを貫いた。


 硬質な皮膚を諸ともせず頭部を貫かれた玉塊は地面に伏せ絶命する。残った石屑の中から現れたのは、神霊の槍。


「天舞の槍」


 その壮麗な槍に見惚れていると、空から美女が舞い降りる。桃色の頭髪。白と桃花色の礼装に纏う羽衣。その相貌は見た者が呼吸を忘れるほど美しく神秘的であった。


「とっ、桃王天君とうおうてんくん!?」


 天人の一座。

 桃州を護る天女の登場に茫然としていると、玉塊の群れに囲まれていた。桃王は槍を持ち、玉塊に立ち向かう。

 魔物は地面を叩き、波状の衝撃を与えたが、桃王は優雅に宙へ避けて玉塊の関節を砕き、岩を解体する。投石を避けて俊足で駆け寄り奥義を発動する。


「奮起せよ!」


 桃王は2体の玉塊を1度に貫いた。その時のダメージが42500も出ていた。

 でぇたぁぁ~!ももちゃんの奥義『力戦奮闘』!攻撃力をバフして最大3000もアップさせるぶっ壊れ性能!しかも加護力も最大+25%もアップしてくれる超攻撃力バッファー!


 石のオブジェとなった玉塊から離れ、桃王は美嗣達の無事を確認する。


「みな、怪我はないか?」


 先程までの闘志漲る姿とは打って変わって、たおやかで落ち着きのある声色。柔らかい眼差しも少し上がった口角も、穏やかな印象を上書きしてくる。美嗣はお礼を言う前に何枚か写真を撮った。まさか、いきなり桃王天君に会えるとは!行幸!


 ふわっとした長髪に、細い手足、豊満だが均整のとれた胸に、美尻とぴっちりタイツの太股。おっほほ、エロい天女様ですな~!あの脇布から手を入れたい…おっと、何でもない!


「それは、何であるか?」


 桃王があどけない声で美嗣に質問した。彼女が手に持っている写真機が気になったようだ。


「これは写真機っていうの!人物や風景を残すことができる機械だよ」

「写真?」


 首を傾げながら訊ねてくる。この浮世離れしている所がかわいんだよな~。美嗣は桃王に何枚か写真を見せる。


「まるで精密な写実であるな。これはその小さな箱が描いているのか?」

「えーと、私も上手く説明できないけど、光をレンズに集めて景色をフィルムへ焼き付けてるの」

「ふむ?」

「試しに一枚撮ってみよ!」


 美嗣は桃王の隣に立ち、アリアナに写真を撮ってもらう。どさくさに紛れて推しとツーショット~!パート2!現像したら見せる約束をした。


「まだ妖魔が周囲におる故、注意を怠らぬように……」


 そう助言をして桃王は天空へと昇っていった。羽衣の神力により、天人は空を翔る事ができる。


「ああ、行っちゃった~!」

「あれが天女様なのですね。なんと美麗で勇ましいお姿」

「もっとお話したかったな~。でも、また後で会えるか!」


 蒼天の彼方へ消えてしまった桃王を惜しみつつ、レアキャラに会えた事を喜ぶ美嗣。桃王の忠告通り、寄り道はせずに真っ直ぐ桃州へ向かう。


桃山天君イラスト

↓↓↓

https://kakuyomu.jp/users/ki_kurage/news/16817330658967229258

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