第20話  オトモダチ

 頭の中が混乱で満たされました。

 彼女の言葉が、意味不明を通り越していたからです。


「あ、ボクの事は気軽にマウって呼んでね!」

「…………」

「だんまりも面白いけど、それじゃあ先に進めないね」


 彼女はベッドに座り込みます。

 ベッドの上で眠る私を上から見下ろし、笑いました。


「こんな国境スレスレの山奥で仲が悪い国のお姫様同士が出会うなんて、ロマンチックだと思わない?」

「……姫ではありません、聖女です」

「ごめんごめん。ボクの国にあわせちゃった。こう見えてボク箱入り娘なんだ」


 絶対に嘘です。

 いえ、彼女の言葉の何が本当で何が嘘なのか、一つもわかりません。


聖女様きみって、ずいぶんと俗っぽい目をするんだね。もっと博愛主義でみんな友達とか言うと思ってたよ」

「そんな聖女はいませんよ」

「いるんだなぁ、これが」


 彼女の笑いが渇いたものになりました。


「ドラギルトの聖女がまさにそれだね。ほんっ……とうにあの子つまらなくてさぁ」

「待ってください。ドラギルトに聖女なんて聞いた事がありません。だって」

「神を信じていないから、でしょ?」

「…………」

「その沈黙は図星だね、ウケる」


 また大きな笑顔。

 それから真面目な顔をして。


「どんな思想の人間にだって、1人じゃあ太刀打ちできない現実がある。だから人は何かに救いを求める。君の国は神に、ボクの国は皇帝に。じゃあ、その皇帝が信じられなくなったら?」

「謎かけですか?」

「まさか、答えはもう出ているだろう?」

「……神に」

「ご名答! 聡明でなによりだよ!」

「うるさっ」


 パチパチと大きな拍手。

 耳に刺さる音に私は顔をしかめました。


「まあそれを許すパパでもないんだけどね。弾圧、暴動、内乱。今、ドラギルトは君の国よりも大変なんだよね、超ウケる!」

「……だから貴女は、盗賊に?」

「あ、信じてくれた? けどそれは違う、ボクは根っからの盗賊さ。皇女よりこっちの方が性に合ってる。まあ、それを利用して逃げ出したのは事実だけどね」

「それを、私に言う理由は」

「君と仲良くなった方が、面白いと思って」


 彼女の手が、私の頬を撫でました。

 柔らかさとは別の硬さ。

 武器を振る者ができる肉刺まめ

 武具が大好きな、ユーリリアお姉様を思い出しました。


「友達になろうよ、ボクたち」

「……はい?」

「だから友達だよ。オトモダチ、わかる?」

「……馬鹿にしてますか?」

「君を馬鹿にしたらボクもきっと馬鹿だ」


 黄金色の瞳が、向けられました。


「ボクは対等に、1人の人間として同年代の少女である君に興味がある。それに例えば皇女と聖女でも、死にかけと救助者でも、レッテルは好きに貼れる。だけどそんな小さな枠組みに収めるような関係じゃあ、つまらないだろう?」


 少しだけ、彼女が理解出来た気がします。

 どこまでも楽しさを求めている人。

 ですが楽観主義ではなく、現実を見た上であえて面白い方を選ぶ人。

 これが彼女、マウ・ア・ドラギルトなのでしょう。


「……ドラギルト皇女は」

「マウって呼んで」

「……マウ皇女は」

「皇女は要らない」

「……めんどくさいですね、貴女」

「よく言われる」


 彼女、マウ……さんは笑いました。

 いい加減、私の頬から手を離してほしいのですが。


「マウさんの、目的は何ですか?」

「その前に、君の話だ。これ以上はフェアじゃない、だろう?」

「……シャリーネ。シャリーネ・ルーチェ。大聖国ルーチェの第7聖女です」

「シャリーネちゃん! 良い名前だ、よろしくね」

「よろしくお願いします。それで、貴女の――」


 シュルッ。

 私の頬から手が離れて、マウさんが纏っていたマントを脱ぎました。

 そこで止まらず、ブーツ、右足のベルト、腰の両ベルト、ショートパンツにピッチリとしたボディスーツを……って!


「――何を、されているのですか?」

「ボク、寝る時は裸じゃないと寝れないんだよね」

「人の趣味にどうこう言いませんが、それでも何故」

「趣味って……シャリーネちゃんも同じなのにね、ウケる!」

「……はい?」


 ベッドのシーツを捲り、気づきました。

 何も、着ていません。

 正確には身体のいたる所に血の滲んだ包帯が巻かれているのですが、それも四肢がほとんどで大事な所は何も隠せていません。

 

 私は慌ててシーツを胸に抱きました。


「アハハ! 顔真っ赤! 良いね、ようやく君の本当に人らしい部分が見えたよ」


 完全に裸になったマウさんが、私の横に、って、え?


「おじゃましまーす」

「あの、どうして」

「ウケる。ベッドが1つしか無いからだよ」

「あっ」


 なすすべも無く、シーツの中にマウさんがもぐりこんできました。

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