第9話  減らない数字

 森には沢山の生物がいます。




 小動物


「あれはもしや森兎フォレストラビットでは!? うわぁ、白くて小さくて可愛いですね! まあ神のワタシには劣りますが」


 男の1人からいただいた短剣を投げます。

 森ラビットの首が飛びました。


「ひぁっ!?」




 草食動物


「今度は森鹿フォレストディアーがいますよ! 耳と角が大きいですね。あ、小さい子もいる! 親子連れというやつでしょうか?」


 二本のメイスを投げつけます。

 どちらも胴体に当たり、動かなくなりました。


「ひえっ!?」




 肉食動物


『グルルァーッッ!!」

森熊フォレストベアー!?」


 跳躍、顔面をモーニングスターを振り抜きます。

 流石の巨体、砕ける感触がガントレット越しに強く伝わってきました。


「ひぃっ!?」




 スライム


「ふぅ……低級魔物ですね。これなら安心です。ぷるぷる、ぷるぷる。ああ、なんて癒しなので――」


 モルテラ様が頭から呑み込まれます。


「ぐぶぼがぶぶぼぼぶぼばっ!?」


 一本ムチをしならせて脚を掴み、引きずり出しました。


「スライム怖いスライム怖いスライム怖いスライム怖い……」


 新たな生物を見るたびに、モルテラ様が良い反応をしてくださいます。

 可愛いですね。



 ◆



 森の中を進んでいると大きな湖に辿りつきました。

 流れは滞りなく、水はとても清からに澄んでいます。

 心地よい風が抜け、森の蒸し暑さから開放されました。


「み、水ぅ……」


 全身スライムまみれでベタベタのモルテラ様が湖畔に近づくのを見て、私も被っていたベールを外しました。

 少しだけ休憩です。


 髪に触れる風を感じながら瞳を閉じました。

 思い出すのは大聖国ルーチェの人々。

 それからお姉様たちにお父様。

 ついでに口うるさいお爺様たちも。


 今このように、地べたに座りこむなんて行為は絶対に許されなかったでしょう。

 アイリスお姉様は床や廊下でも平気で寝ていましたけど。


 嗚呼、皆様。

 私は追放されてから、神の遣いになりました。


「シャリーネー!」


 私の神、モルテラ様も畔から手を振ってくださっています。

 

 神の声さえ聞けなかった落ちこぼれで出来損ないの私が、こうして直接神の役に立つ事がとても嬉し――。


「あっ」


 ――モルテラ様が足を滑らせて湖に落ちました。



 メギスお姉様に教わったムチの技術がこれ程までに便利だとは思いませんでした。

 主にモルテラ様を捕まえるのに重宝しています。

 乾燥した枯れ木と落ち葉を集めて火を起こします。


「ぶるぶるぶるぶるぶる」


 モルテラ様は先程のスライムのように震えていました。

 ローブの下は先ほど見たとおり何も着ていないらしく、肌に張り付き水が滴っています。

 

 私はしっかりと下着を着用していますので、修道服を脱いでお貸ししようとしたら苦虫を噛み締めたような顔で胸元を見つめてきた後に首を横に降りました。


 なんて慈悲深いお方なのでしょうか……。

 いえ、もしくは神であられる身なのでそれに遣える者の衣服は抵抗があったのかもしれません。

 シャリーネ、一生の不覚です。


「かくなる上は、死して詫びます……」

「何がどうなってそうなったんですかアナタはぁ!?」


 一番殺傷力のあるモーニングスターを頭上に振り上げたら慌てた様子でモルテラ様に抱きつかれました。

 幸せは、水のように冷たかったです。

 ピチャピチャ。


「アナタが死んだら誰がワタシの力を取り戻してくれるのですか!」

「ハッ!? 申し訳ありません!!」


 怒られました。

 私、神の罰を直接与えられました!


「いや、えぇ……何で笑ってるんですか」


 引かれてしまいました。


「まあ、わかってくれたなら良いです」


 ため息をつき、私から離れるモルテラ様。

 白い足、ローブから垂れる水。

 水も滴る、神。


 私はローブを掴み捲り上げました。


「うきぁぁぁあぁぁああっ!?」


 芸術のように白いお腹。

 濡れた肌。

 赤い数字が光るおへその下。


『999996』


「残念です」

「アナタの頭がですよっ!!」


 頭を叩かれてしまいました。

 神罰……!


「いくらワタシが人を越えた美の化身であろうとアナタは節操が無さすぎます! 毎回毎回襲われるかと思ってるんですよ!?」

「それはそうですけど」

「ちょっとは否定してください!」

「我が神に嘘はつけません」

「くぐぅ……」


 眉間に皺を寄せながら口元が緩みきっていました。凄い顔。

 神の美貌をこのまま見ていても良いのですが、それよりも。


「下腹部の数字が減っていませんでした。やはり人間の魂で無いといけないのでしょうか?」

「え? あぁ……」


 モルテラ様は私に背を向けてからローブをたくしあげ、お腹を確認されています。

 綺麗な太ももの裏。


「……ひょっとしてそれを確認する為にさっきから」

「いえ、食料確保とモルテラ様が鈍臭かったので」

「他者を傷つけない為の嘘がある事をアナタは学んでください」

「はぁ」


 やれるでしょうか。

 嘘は駄目だと叩き込まれてきたので自信がありません。


「まあ、アナタが殺傷に抵抗がない人間でワタシもやりやすくは――」

 ガサッ!

「たっ、助けてください!!」

「ひいっ!?」


 森の木々を掻き分けて、ボロボロの衣服の女性が飛び出してきました。

 なんともまぁ、おや……?

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