第4話  優しい追放と再会と

 困った事があります。

 お金がありません。


「今からルーチェに帰る……いや、でも」

「…………」


 草原を通る舗装された道の端を、私は右往左往していました。


「シャリーネ様ー!」

「追放頑張ってくださーい!」

「お気をつけてー!」


「あはは、ありがとうございまーす……」

「…………」


 これで3台目の馬車が私の横を通り過ぎていきました。

 私を知る方々が馬車から手を振ってくださったので、お辞儀をするのもこれで3回目になります。


 私もお金があれば馬車に乗れたのでしょうが、これは試練。

 国を追われ、立派な聖女になり、お父様の魂を天に送れるようになる為の旅路。

 腐っても聖女、贅沢なんてもってのほかです。


 聖女としてもっと、しっかりしないと。


「……と、いう訳で」

「…………」


 私は背中に手を伸ばし、メイスを一本掴んでから草むらに向かって思いっきり投擲しました。


「ぴえええぇっ!?」


 するとどうでしょう。

 可愛らしい悲鳴を上げた少女が飛び出してきたではありませんか。


 大聖国を出てからずっと、隠れながら後をつけてきていたんですよ。

 気配を消せていなかったのでバレバレでしたけど。


「えいっ」

「……え? うひゃああああああっ!!」 


 私は続いて左腰から一本ムチを握り、少女の足元に向かって振るいます。

 逃げようとする少女の片足に巻きついたムチを引っ張ると転倒してしまいました。

 まさかこんなところで、メギスお姉様から教えていただいたムチ技術が役に立つとは、とても幸先が良いです。


「私に何か御用でしょうか?」

「ひ、ひいいいいいいっっ!?」


 私の足元まで引きずった少女の真横に、モーニングスターを叩きつけました。

 もし彼女が深く心に……他人には言えない何かを抱えているのだとしたら、それを吐き出す場が必要なのです。


 私は逃げませんし、逃がしません。


「う、うぁ……うあうぅ……」


 私を見上げ、少女は身を震わせています。

 背丈だけで判断するなら私より2つか3つぐらい、年下でしょうか。

 もちろん、彼女が人間だったらの場合ですけど。

 黒のフード付きローブで顔を隠しているので、もしかしたら魔族かもしれません。


 ですが、私は誰であろうと困っている者の味方です。

 かわいそうに震えているので、その頭を撫でてあげました。


「あっ」


 ハラリ。

 撫でるのにガントレットが邪魔だったので外そうとしたら、勢い余って少女の顔を隠していたフードに引っ掛かってしまいました。



 それは、とても可憐な、美少女。


 新雪のように白い肌、それよりも更に白い……正に純白の長い髪。

 前髪は左右非対称で、左目は前髪によって隠されています。

 覗く右の瞳の色は紅。それが白い肌に合い、とても神秘的に感じました。

 

「……あ」

「……あ?」


 少女の震えが大きくなっていきます。

 フルフルがプルプルに、そしてブルブルへと。


「貴女のせいでええええええええええええええええええっっっっ!!」

「うるさっ」


 小さなお口からは想像できないぐらいの大声を少女は発しました。

 思わず両手で耳を塞ぐと、それを好機と見てか少女は私の胸ぐらを掴んできます。


 なので頭突きで撃退しました。


「あ痛ぁっ!?」


 元気なのはとても良い事だと思います。

 頭をおさえてうずくまる少女の前にしゃがみこんで、目線の高さを合わせました。


「もう一度お聞きしたいのですが」


 今度はむき出しのその白い頭部に、手を乗せました。

 逃げようとしたらいつでも握れる準備はバッチリです。


「私に、何か御用でしょうか?」

「え、あ、う……」


 グイッと顔を上げさせると、その両目には大粒の涙が浮かんでいました。

 きっと辛いんだと思います。

 話を聞く為に、まずはもっと親しくならなければ。


「私はシャリーネと申します。今は追放された身ではありますが、聖女の末席です。よろしければ、貴女のお名前をお聞かせくださいませんか?」

「…………」


 何度も練習したとびっきりの聖女の笑顔。

 ですが少女は何も言ってくれません。


「お名前は?」

「…………」


 もう一度、再チャレンジです。

 しかし黙ったまま、下唇を噛んで私を睨んでくるではありませんか。


 仕方ないので私はモーニングスターをもう一度地面に叩きつけました。


「ぴぃっ!?」


 少女は驚きでその紅い瞳を大きく見開きます。


「おなまえは?」


 すかさず私は優しく、名前を聞きました。

 


 すると少女はとても小さな声で――


「……も、モルテラ・デスサイス」


 ――そう、呟きました。

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