僕にだけ聴こえる音楽

二八

第1話

 僕の毎朝は憂鬱から始まる。顔を洗うために鏡を見れば、そこには不気味な火傷の痕がある。

 この醜い顔のせいで、人付き合いも苦手だ。今日から新学期だけど、親友の光太と同じクラスならいいな。別だったら、最悪だ。新しい友人をつくるなんて、苦痛だから。第一印象は、ほぼ百パーセント見た目で決まるっていうしね。

 憂鬱なまま、足を引きずるように、リビングに入った。食卓には逃げ場を塞ぐように、朝食が並んでいる。白いご飯、目玉焼き、お味噌汁……ウンザリするほど、普通すぎるメニューだ。両親は黙々と食べている。僕も黙って、食べ始めた。伊藤家は食事中、テレビを見ない決まりだから、シンとしている。

「醤油ないな」

 父が呟くと、母は「買い忘れた」と呟き、「ソースつけて食べたら?」と提案した。

「朝からソースはキツイなあ。せめて塩だろ」

「そう? 裕太はどうする?」

 どうでもいいから、「なんもつけなくていい」と答えた。

「味しないだろ」

 父は驚いてるけど、僕は無性に苛々して、目玉焼きを一口、食べた。ぼそぼそして、ほんのり甘い。「卵の味するよ」と言ったら、父は「そうか?」と首を傾げつつ、目玉焼きを一口、食べた。

「うーん、物足りないなあ」

 結局、不満をたれて、塩をふった。母も無言で塩をふった。僕はなぜか寂しくなった。心にポッカリ穴が空いた気分……こんなに感傷的になるのも、我ながら気持ち悪いけど。産まれずに死んだ鶏の子供に同情したわけじゃないし。

 朝食後、玄関におりたら、母が笑顔で「いってらっしゃい」と送り出してくれた。僕は「いってきます」と言って、外に出た。

 通学路を歩いていると、光太に「おはよー」と挨拶された。小学生の頃、不登校だった僕を励まして、また学校に来れるようにしてくれた恩人だ。でも、正直言って、そんなに好きじゃない。頼りにはしているけど、心から馴染めない。胡散臭いほどの良い奴ムーヴがうざったいし。かといって、光太から自由になれるコミュ力も無い。自立できずに、寄りかかってるんだ。

「もう受験生かあ。裕太は第一志望校どこにする?」

「まだ決めてない」

「マジか!」

 光太は聞いてもないのに、M高を志望してる、と明かしてきた。県内で最も偏差値が高い公立高校だ。田舎の狭いコミュニティでは、神のごとく崇められている。僕もM高の生徒を尊敬している。自分がM高生になって、尊敬されている姿を妄想したこともある。

「光太なら受かるんじゃね」

「裕太も目指しな!」

「いや、ちょっと厳しいよ」

「いけるって!」

 光太は屈託なく笑う。僕は苦笑いを返した。僕達の成績には大差がある。光太が上で、僕が下。いつも学校の試験や、塾の試験の結果が出る度に、点数を見せ合っているから、分かっている。光太はまだしも、僕はかなり努力しないと、M高に合格できないだろう。光太は『いけるって!』と笑うけど、本当にそう思ってるの? そんなわけ、ないよね。

 中学校に着いて、生徒が群がる掲示板の前に向かった。クラス分けの紙が貼り出されている。僕は「あっ」と声を出してしまった。同じクラスに知り合いが一人もいない。落ち込んだら、光太が励ましてくれた。

「つまんなかったら、俺のクラスにきな」

「……そうする」

 僕はまた足を引きずるように、新しい教室の中に入った。完全に敵地だ。知らない奴らが、べちゃくちゃ喋っている。最悪。

 僕は自分の席で、頬杖をついた。クラスメイトはもう仲良しグループをつくっている。ボッチになる危険性が高まるけど、見た目に自信をもてないし、人見知りだし、誰にも話しかけられない。

 諦めて、突っ伏そうとしたら――。

「イトウ、ユウタさん?」

「!」

 突然、声をかけられた。見上げると、髪の長い美少年がいた。一瞬、女子のくせに、学ランを着ているのかと勘違いした。僕はふと思い出した。

 ……加藤、栄治だっけ? 中学二年生の時、転校してきた。なにせ美形だから、女子の間で噂になっていた。去年は光太と同じクラスだったはず。なんで、僕に声をかけてきたんだろう? てか、なんで僕の名前、知ってんの? ……ちょっと、不気味。

「加藤栄治っていいます。よろしく」

「え、はい」

「………………」

 栄治は微笑んだまま、じっと見下ろしてくる。何こいつ。何この時間。僕は困惑した。

「仲良くしてね」

「……うん」

 気持ち悪いけど、ボッチにならずに済んだ。距離感がおかしいけど、美形にアプローチされて、拒む気にもならない。僕はゲイじゃないけど、栄治は女子から人気だし、仲良くすれば、いいことがあるかもしれない……ていう邪な損得勘定もしつつ、友達になることに決めた。

 栄治は静かに自分の席に戻った。担任の先生が教室に入ってきて、始業式の為に体育館へ移動した。

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