第14話




「あなた、お願いですからいつも通りにしてくださいませ。」


 こそこそとハミルントン公爵夫人が夫へ耳打ちする。


「・・・っ!仕方ないだろう!今回のことで私は娘二人とも失うんだ。不敬と言われようが、クリストファー様のことは許せない。」


 マーガレットとハミルントン公爵夫人は顔を見合わせた。てっきり使える駒が無くなったから怒っているのかとばかり思っていたが、いつも能面のように冷たく、教育に厳しい公爵の、初めて見せる父親らしい言葉に驚かされた。




「お父様、もしお父様が許してくださるなら、里帰りさせてください。」


「マーガレット・・・。」


「お姉様だって、お父様と縁を切ろうとは思っていません。キャンベル辺境伯様にも状況を理解いただいた上で、里帰りをさせてほしいとお願いすると話していました。」


「しかし、お前たちは今から平民の身として辺境伯領で暮らすのだろう。往き来するだけでも金銭的に負担なはずだ。」


 そう、これからクリストファーとマーガレットは、アレクサンドラが準備してくれた平民の戸籍を使って生活にすることになっていた。辺境伯領の冒険ギルドにも登録してあり、住居も治安の良い場所で見つけてくれているという。



「お金のことなら心配ありませんわ。この数年の間で冒険ギルドで貯めた報酬があります。これからも今までと同じように働いていきますから、里帰りくらいできましてよ。」


「そうか・・・ではこれは生活の足しにしなさい。」


 公爵は封筒を取り出し、マーガレットに握らせた。おそらくかなりの大金が入っている厚さだ。



「お父様・・・こんなには・・・。」


「・・・結婚祝いだ。持っていきなさい。」



 本来なら公爵令嬢ともなれば、盛大な披露宴パーティーを行うはずで、それにかかる経費や準備費用などが必要だ。しかし、それらはもう必要なくなってしまった。憂いを帯びた父親の表情を見ると、マーガレットの心には罪悪感が大きくなる。



「お父様・・・ごめんなさい。」


「ハミルントン公爵、申し訳ありません。」


「いや、ただマーガレットを大切にしてやってほしい。私には出来ていなかったからな。」


「はい、必ず幸せに致します。」


 それと、と公爵は付け加える。





「クリストファー様、あの乳母のことは申し訳なかった。」


 あの、冷酷、とか、非道、とか言われている公爵が頭を下げる様子を見て、他の三人は驚きを隠せなかった。

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