File5:ハナビくん『小さな依頼人』



 目指す公園は自宅から徒歩で向かえる距離だった。十分ほどで着くとはいえ、炎天下の中を歩くのはなかなか疲れるものだ。


「“ハナビくん”について調べてほしい」


 というような内容の電話が昨日の昼間にかかってきた。電話の主はまだ声変わりもしていない少年たちだった。話しぶりからして小学生だろう。彼らの第一声は「うわっ! ホントに出た!」で、隠はそれを聞いた瞬間にこれはイタズラ電話だと察した。学校の長期休暇中はこうしたイタズラ電話が増える時期でもある。

 しかし驚いたことに彼らは隠が名乗ってすぐに電話を切ることはせず、受話器を代わる代わる持ちながら隠に依頼をしてきたのだ。とはいえ、まだ信用はできなかった。手の込んだイタズラの線はまだ十分に残っている。暇を持て余した人間はそれくらいしてもおかしくはない。

 直接会って話をした方が早いと隠が持ちかけて彼らが指定してきたのが今向かっている公園だった。時間は明日の――つまり今日の十三時。


「無駄足にならないといいが……なるだろうな……」


 角を曲がり、緩やかな坂を上った。あと少しで公園に到着する。彼らは約束通りに待ってくれているだろうか。あまり期待はしていなかった。せっかく外に出たのだから、イタズラだったら買い物をして帰ろう。確かトイレットペーパーの替えが残り少なかった。それにラップとキッチンペーパーも買い足しておきたい。

 そんなことを考えている間に公園のすぐそばにある公衆電話までやって来ていた。ここから公園の様子が窺える。ブランコやジャングルジムなんかの遊具と砂場、そしてボール遊びのできる広場が揃っていた。そこそこ年季が入ってはいるものの、近所にあったら嬉しい公園じゃないだろうか。

 公園に入る。遊具と砂場と広場の全てで子どもが遊んでいた。この中の誰かが依頼人かもしれない。隠は公園の入り口近くで一度立ち止まった。腕時計で時間を確認する。十二時五十五分。イタズラでなければ依頼人がすでにやって来ていてもおかしくない時間ではあった。思い返してみると公園のどこで会うかは決めていなかったし、隠の外見も伝えていなかった気がする。隠は周囲を見回した。今のところ公園に隠以外の大人はいない。であればそれほど問題はないだろう。そこまで広い公園でもないからここにいればすれ違うこともないはずだ。念のために十三時半までは待つべきか。

 ――と決めてはみたが、すぐに意味はなくなった。


「あっ! ホントに来てる!」


 広場の方から聞こえてきた声には聞き覚えがあった。昨日は「うわっ! ホントに出た!」と言っていた。あの言い草からして、お互いがお互いを疑いつつ今日を迎えていたようだ。このまま知らんふりして帰ってやったらどんな反応をするだろうか。興味はあったが、さすがに実行はしなかった。

 広場のベンチに集合していた五人の子どもたちが隠の方へと走ってくる。彼らが今回の依頼人で間違いないようだ。五人は律儀に隠の前で横一列に並んだ。しかし表情は固い。詐欺師やチンピラに見なされることの多い隠の風体は当然ながら子どもたちに恐怖を与えていた。

 このままだと警察に通報されかねない。隠は腰をかがめながらにこやかに話しかけた。

 

「昨日電話で話した子たちだよな? “ハナビくん”について調べてほしいってさ」


 子どもたちは目を輝かせて頷いた。劇的な変化だ。目の前の大人が柄の悪い不審者ではなく、彼らの想像力をかきたてる謎の除霊師であることが分かったからだろう。


「うん。おじさんがジョレーシの人?」

「ああ。隠っていうんだ。よろしくな」


 笑顔を崩さずに相槌を打つ。悪意のないおじさん呼びに動揺しなかったといえば嘘になる。自分ももう小学生からそう見られる歳になってしまったのかと。だが隠自身が小学生のときを思い出す……のは難しいので置いておくとして、一般的に小学生からしてみれば二十歳を過ぎた人間というのは大体おじさんおばさんの括りに入るものなのだろう。大人はそれくらい遠い存在だった。

 子どもたちが元々集まっていたベンチ付近に移動して、互いに軽く自己紹介を済ます。そしてメモ帳を開いて隠は本題に入った。


「“ハナビくん”ってのは小学生の間で流行ってる噂なんだよな?」


 隠の問いかけを受けて子どもたちが次々と興奮気味に話し始めた。


「そう! みんなで花火をしてるといつの間にか一人増えてるんだ。それがハナビくん。青いTシャツ着てるんだよ」

「ぼくらと同じ年くらいの男の子らしいよ。だれもその子のことを知らないんだけど、花火してるときにはコワいとか変とか思わないんだって」

「あとアレ! 大人にはハナビくんが見えないって!」

「花火が終わりそうになると、ハナビくんは線香花火で勝負しようって言ってくるらしいですよ」

「それに負けるとタマシイを取られるんだってよ! でもハナビくん弱いから一度も勝ったことがないらしいぜ」

「なるほどねえ」


 “ハナビくん”についての情報を書き留めた紙面を見つめる。いかにも小学生が好きそうな都市伝説の類だ。線香花火の勝負に負けると魂を取られるといって恐怖心を煽りつつも、“ハナビくん”が勝負に弱いせいで誰も犠牲になっていないというオチをつけてくる辺りが子ども向けに調整されているように感じる。


「ハナビくんはどこで花火をやってても出てくるのか?」

「ううん! ちがう! えっと……あそこ、あの川の近くだよ!」


 そう言って一人の子どもがある方向を指さしてくれたものの、見えるのは建物だけだ。するとすかさず隣の子が声を上げた。


「T川のそば! そこで花火をやるとハナビくんがやって来るんだって」

「T川の河川敷か。分かった」


 T川は市内をかすめるように流れている一級河川だ。あそこの河川敷で花火を楽しむ人は多い……という話を聞いたことがあるような気はする。“ハナビくん”の出現場所が具体的なのも子どもたちの興味と恐怖をかき立てるのだろう。それにT川の河川敷には“ハナビくん”の元になった少年の幽霊が本当にいるのかもしれない。


「調べてくれるの?」


 不安そうに見上げてくる子どもたちに隠は肩を竦めた。仕事でなければ関わろうとは思わない事案ではある。


「そうだな……ただ、電話でも言っただろ? おれはタダ働きはしない」


 タダ働きはしないという信条に例外はなるべく作りたくなかった。しかしながら、どれだけ少額だとしても隠の素性で小学生から金を取るのは危ないと言わざるをえない。後々問題になりそうな芽は摘んでおきたかった。そのための折衷案が――。


「言ってた! お金はいらないからなんかテキトーに持ってこいって!」


 金ではなく物で対価を貰うことである。金銭的に価値のある物品を持ってこないように言い含め、更に『テキトー』という言葉を使うことでその意識を強化してみたのだが効果があったのかは謎だ。もし家の貴重品をこっそり持ってきてしまった子がいたら今回は感謝の気持ちを対価に仕事するしかない。これだけ気を遣うことになるのなら最初からそうしておけば良かったのではないか。後悔の念が湧いてきたがもう遅い。


「そうだ。で、何か持ってきたか?」

「持ってきたよ!」


 子どもたちがいそいそと隠に渡す物を取り出し始める。思わず隠は生唾を呑み込んだ。怪異と対峙するときとはまた違う緊張感があった。絶対にないとは思うが親の通帳なんかを持ち出した子がいませんように、という願いが届いたのかはさておき、子どもたちが隠に手渡した物は次の五つ――ピカピカの泥団子。アイスの当たり棒。カブトムシやクワガタが集まりやすい木の場所が書かれた紙。夜店ですくったスーパーボール一個。チョークのように地面に白い線を書ける石――だった。

 金銭的な価値はないだろうが、子どもたちにとってはきっと全てが価値ある物だろう。懸念が実現しなかったことに胸を撫で下ろして隠は深く頷いた。


「……じゃあ、依頼料として受け取っておく」

「これで“ハナビくん”のこと調べてくれる!?」


 飛びついてきそうな勢いの子どもたちから少し距離を取りつつ、気になっていたことを尋ねてみる。


「ああ。一つ聞いてもいいか?」

「なに?」

「何で“ハナビくん”のことを調べてほしいんだ?」


 子どもたちはすぐには答えなかった。顔を見合わせて何かしら意思疎通をしてから一斉に話し始める。


「おれたちもT川で花火するつもりだから!」

「“ハナビくん”がほんとにいたらコワいじゃないですか」

「ママたちは信じてくれないし」


 聞き取れた範囲の訴えだけでも彼らの切実さは伝わってきた。得体のしれない人物に電話をかけるという危ない橋を渡ってまで“ハナビくん”について知りたがる理由についても納得がいった。皆でする花火というのは彼らにとってはそれほどの大イベントなのだ。両手に乗った五つの対価が重さを増していくようだった。


「そうか。もし“ハナビくん”が本当にいたらどうするんだ?」

「えー! おじさんジョレーシなんでしょ? ぼくテレビで見たよ。ジョレーシはわるいレイをたおせるんだって」

「“ハナビくん”をやっつけて!」


 子どもたちは陽気に跳ね回る。隠が“ハナビくん”問題を必ず解決してくれると信じて疑わない様子だ。一切自分のことを信用しない依頼人よりも彼らを相手にする方が重圧を感じるかもしれない。


「分かった分かった。“ハナビくん”が本当にいたら倒せばいいんだな。仕事が終わったらどう知らせたらいい?」

「ここに来てよ! 夏休み中はおれたち毎日ここで遊んでるから」

「土曜日と日曜日はいないかもしれないけど」

「夏休みが終わる前に教えてね!」


 というようなやり取りをして子どもたちとは別れた。夏休みが終わる前には結果を教えてくれと言われたが、夏休み中に花火をするつもりなら報告は早ければ早いほどいいはずだ。今日は……今日も他に予定はなかった。となれば今夜にでも調査してみるべきだろう。

 彼らからT川河川敷のどの辺りで花火をやる予定なのかは聞いておいた。同じ場所で花火をして“ハナビくん”が現れるか確かめよう。“ハナビくん”は大人には見えないらしいが、自分には視えるだろう。隠は驕るでもなく当然のこととしてそう考えていた。

 小学生からおじさんと呼ばれるような大人が一人で花火をしているところを第三者に目撃されたら一発で通報されないか? “ハナビくん”だって大人が一人寂しく花火をしているところにやって来るものなのか? むしろ怖がって逃げないか? という不安はあるものの、賑やかしとして子どもたちを付き合わせるわけにもいかない以上一人でやるしかない。姫榊を誘うことも一瞬考えたがすぐに思い直した。ここ二三日忙しくしている姫榊を巻き込むほど緊迫した状況にあるわけではない。

 花火をしても“ハナビくん”が現れなかったら、河川敷をひたすら歩いて探し回りつつ花火をしている人たちを見かけたら遠巻きに“ハナビくん”らしき幽霊が混ざっていないか探すという考えるだけで気分の落ち込む作業を期限いっぱいまでやる羽目になる。

 再び滲んできた脂汗を拭って隠は歩き出す。目的地は近くのスーパーマーケットだ。今夜に備えて手持ち花火のセットを買っておきたい。ついでに夕食とトイレットペーパーとラップとキッチンペーパーも。

 夏の太陽はまだ高々と青空で輝いている。勝負は日が落ちてからだ。隠は緩やかな坂を下っていく。



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