第34話 新たなダンジョンの予感
「あれからあのクソ親父もう顔見せないんですよ。だからきっともう大丈夫だと思います。きっとヤバいところから借金でもしてて、今頃こわ~いおじさんたちに捕まって蟹漁船にでも乗せられてますって」
朝、伊子から話しかけられあっけらかんとそんなことを言われた。確かに俺が送るときにもその父親の姿はなかった。
だけどまだあれから数日だしな。今の段階で決めつけられることじゃない。
「それならいいが、念のためってこともあるしな。暫くは俺も送るよ」
「えぇ~? それってやっぱり飛斗先輩、私のこと? だったらいっそ付き合っちゃいます~?」
俺の肩を肘で突きながら伊子がからかうように言ってきた。全くこいつは。
「はいはい。冗談はいいから、ま、心配するな。それより仕事仕事」
「……冗談でも無いんだけど」
話を終え俺が仕事の準備に入ったところで伊子が何かを呟いた。よく聞こえなかったが、とにかく日常業務はしっかりこなさないとな。
「あ、おはようございます飛斗さん伊子ちゃん」
「おはよう」
「おっはよ~しおりん♪」
栞からも声が掛かった。だけど、しおりん? 何か聞き慣れない呼び方をしたと思ったらキャッキャと二人ではしゃいでいた。う~んどうやら前に一緒に呑みにいってから随分と打ち解けたみたいだな。
「あ、そういえばあの本。昨日全部売れたんですよ」
その後、件の本について栞が俺に話してくれた。
「え? あの本を? だけど読めないだろうあの文字」
俺としても驚いた。あの魔法書は異世界の言語で書かれた本だ。こっちの世界の人間で読めるとは思えない。
「う~んたしかに難解な文字ですが、そういうのが好きな人もいますからね。それでも昨日纏めて売れると思わなくてちょっぴり残念ですけど」
「残念? 売れたら嬉しいものじゃ?」
ハハッ、と頬を掻きながら言ってくる栞に率直な疑問をぶつけた。
「えっと、もし売れなかったらいっそ私が購入しようかなって思ってたので」
あぁなるほど。そういえば一冊は栞が自ら購入したんだったな。
「読めない本をそこまで気に入ってくれるなんてな。ま、卸した身としては嬉しいけど」
「あ、でもなんとなく解読できそうな気がしないでもなくてそういうのが面白いんですよ。パズルみたいで」
栞がそう言って笑った。解読? まさかあれをか? いやでもそう簡単ではないだろうしな。ちょっと気にはなったけど単純にそういうのが面白いんだなと思うことにした。
「もう先輩。しおりんと何の話で盛り上がってるんですかぁ。混ぜてくださいよ」
ぷくぅと頬を膨らませながら伊子が話にくわわってきた。やれやれ。
「難しい本のことだぞ。それでもいいのか?」
「え、いやそれはちょっと」
う~んと考え込む伊子。全く大学生のわりに活字の本には苦手意識があるようだな。
さて雑談もそこそこに俺たちは集中して仕事に取り掛かった。今日は日曜日だがリサイクルショップの仕事は寧ろこういう休みの日の方が忙しい。
そんなわけで午前中から品出しから在庫確認お客様への対応など結構な仕事量だった、わけだが――この感覚!
これはダンジョンの気配。しかしまた唐突だ。突然隠されていたダンジョンが明らかになったようなそんな感覚。
しかも何か胸騒ぎがする。ただ今は流石に抜け出せない。クソッ、出来るだけ急ぎたいけど、とにかく昼まで耐えるしか無い。
そして仕事をこなしている間にお昼はやってきた。お客さんはまだいるが多少は落ち着いてきた気もする。
「伊子悪い。今日は先にお昼取ってきてもいいかな?」
「えぇ~私先輩と一緒にいきたかったなぁ」
「いや、それは……」
気が焦ってしまい、からかい気味の伊子の話にも落ち着いて対処出来ていない自分がいた。
「はは、冗談ですよ。どうぞ行ってきてください。あとは私と他のスタッフでやれますから」
「わ、悪い!」
伊子にそう話したあと、俺は急いで店を出てダンジョンに向かった。方向的に以前行ったことのある小高い山だな。小学校の裏にあった場所だ。
山につくとダンジョンの入り口はわりとあっさり見つかった。しかしこんな落とし穴みたいになってるなんてな。しかもダンジョンの中で空間が歪んでいそうだ。このタイプは入ってもダンジョンのどこに落ちるかはランダムなんだよなぁ。
まぁいい。とにかく俺はぽっかり空いたダンジョンの入口に身を投じたのだった――
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