第20話 スカートが短くたっていいだろ

「だーかーらー‼誰にも迷惑かけてねえって‼」


「いいから校則に従いなさいよ校則に‼」


 学校の廊下のど真ん中でぎゃおんぎゃおんと言い争っているのは不良の杏子と風紀委員の片山咲良。校内での二大勢力が廊下でぶつかり合っているのは制服のことに関してだった。杏子が制服を着崩しているため目をつけられたのだ。


 緩んだネクタイ、第一ボタンが外れたワイシャツ、短いスカートと生足。不良というかギャルっぽいナウでヤングな格好の杏子とは対照的に校則に従う咲良はキッチリと制服を着込み、肌面積を最小限に抑えている。他の真面目な生徒でもここまでキッチリしていないだろう。


「うるせえなぁ。制服なのは間違いねえんだから良いだろうが‼」


「あなたねぇ‼制服をちゃんと着るのは学生として当然の」(以下略)


 校内最強の不良を相手に風紀委員の咲良は一歩も引かない。正義感が強すぎるうえにルールに厳格なのだ。咲良は常に正しい。どんな時でも彼女の言う通りにしていれば学校生活で困ることはない。だからこそ正論で殴られるのは本当に厄介だ。


 咲良の長い小言を聞き流しながら杏子はふと思う。


(アタシじゃなくて、お前が魔法少女だったら良かったんだろうな)


 きっと彼女は真っ当に役割をこなすだろう。杏子と違って有栖にもすぐに信用されるだろうし、正義感の強さでも杏子より適任で、誰もに好かれる魔法少女になっていたはずだ。なのにどうして正義と正反対の杏子が魔法少女になったのか。不適切な配役だ。神がいるのならきっと、この選択は間違いだろう。


「つまり制服は学生のっ!・・・って何?」


自虐的なことを考えていたせいか、何かしらの表情に出ていただろうか。咲良は杏子の顔を見て訝しむ。


「何でもねえよ。ただと思ってな」


「あ・な・た・がちゃんと制服を着てないからでしょ!」


咲良が杏子が魔法少女であることなど知るはずもない。彼女は何も知らないし、きっと興味もない。杏子とは住む世界が何もかも違うのだ。だから杏子の言葉をそのままの通りに受け取るのは道理だ。彼女は大きくため息をつく。


「どうしてあなたが不良なんか・・・」


「何か言ったか?」


「何でもない‼とにかくちゃんと着なさいよ‼特にスカートね‼」


咲良はそれだけ言うと踵を返した。なんだかうやむやな感じになって言いたいことだけ言われて立ち去られてしまった。


「スカートが短くたっていいだろ」


残された杏子は静かに不満を漏らすのであった。




 オタマジャクシたちの巣での戦いから数日が過ぎた。大量にいたオタマジャクシのすべてを倒せたとは思わない。数が数だ。生き延びた個体も少なくないだろう。しかし、しばらく残党を探し回っていたのだが姿はない。それどころか最近は他のネフィリムも姿を見せていない。


 つかの間の休息とでも言うのだろうか。杏子も魔法少女としてではなく、不良少女として過ごしていた。それはつまり不良に絡まれ、返り討ちにして、風紀委員の片山咲良に睨まれているということだ。戦う以前の杏子ならば、だるいと感じていただろう。しかしネフィリムとの戦いに比べればこの程度はなんてことはないと感じる。


 杏子は自分の席に座った。目の前には幼馴染の梅子が座っている。


「相変わらず犬猿の仲ですか」


「そうですよ。あの野郎、暇なのか?」


「アンタのせいで仕事はあったみたいだけどね。仲良くなる日は来るのかねぇ」


水と油。不良と風紀委員が肩を並べることはない。あり得ないが、もしその時が来るとすれば、それはどちらかが鞍替えした時か、共通の敵が現れた時とかだろうか。まあそれがあり得ないのだが。


「そういえば、キッズたちとのことはどうなったの?」


「とりあえずはうまくいったかな」


 あれから有栖とは時々連絡を取るようになった。優花と違い世間話を長々と話すような間柄ではないが、どうでもいい内容のメッセージでも短文だがちゃんと返ってくる。魔法少女としての業務連絡のような味気ないものにならないか心配だったが今ではそこそこの関係としてうまくやっている。


「キッズたちに変なことすんなよ?」


「しねぇわ‼」


 小学生と仲良くなったその理由は梅子に話していない。ありがたいことに梅子は詳しく聞いてこないからだ。聞かれても困るが。本当の理由を話すことはできないし、嘘をつこうにも高校生が小学生と仲良くなる真っ当な理由なんて多くないだろう。不良の貧乏学生である杏子ならば尚更。だから聞かれないのを良いことに黙っているわけだ。


「キッズたちの前で不良と殴り合いなんてした日にはどうなるか」


「大丈夫だって」


 流石に教育に悪いので優花たちの前で不良たちと喧嘩しないようには心掛けている。しかし不良よりもヤバい奴らと殴り合っているため、もう手遅れなような気もする。一周回って受け入れてもらえるのではないだろうか。


「にしては随分と可愛い怪我しちゃってるみたいだけど?」


 梅子にそう言われて杏子は自分の額を見上げる。杏子には似合わない可愛らしいピンク色の絆創膏が前髪に隠れながらも額で密かに存在を主張している。数日前にオタマジャクシに殴られた際に有栖が貼ってくれたものだ。額に絆創膏一枚という喧嘩ばかりの杏子らしくない怪我がバカっぽさを引き立てている。


「これはちょっとぶつけただけだ。てかお前だって手に怪我してんだろうが」


 梅子の右手の指には杏子とは違い可愛くない普通の絆創膏がいくつか巻かれている。絆創膏の可愛さマウントはいただきだが、それはそれとして。不良でも何でもない梅子が怪我をするのは珍しい。


「まさか誰かにやられたのか?名前言え、そいつ殺してやる」


「別に何でもないから。ちょっとやらかしただけ」


 梅子がネフィリムとの戦いに巻き込まれるのは許せないことだが、不良のいざこざに巻き込まれるのはそれ以上に許せない。もし、そんなことがあれば杏子はこの学校の不良全員を病院送りにすることも辞さないだろう。


「私もだけど、気をつけなさいよ。・・・気のせいかもしれないけど最近のアンタ、よく怪我してるような気がするから」


 ネフィリムとの戦いはいつも無傷とはいかない。基本的にコメットが魔法で治してくれるがそれも完璧ではない。治りきらなかった傷には民間療法が必要だし、傷跡が残る場合もある。現に杏子の足にはオタマジャクシの溶解液を浴びた傷跡が残っていてそれを隠している。


 梅子に怪我を指摘されて内心ドキッとした杏子だったが表情には出さず、笑って受け流す。相変わらず魔法少女のことに関しては梅子には悟られたくない。傷のことはもう少し注意を払わなければならないだろう。


「・・・ねえ、アンタもしかして」


 梅子は何かを言いかけてやめた。梅子の表情も口調もいつもと同じだがその様子に杏子はろうそくの火のような揺らぎを感じた。何かの迷い、戸惑い、表に出ていないがそんな不安定さを感じるのは幼馴染だからだろうか。


「なんだよ?」


「・・・やっぱり何でもない」


 結局、梅子は出かかっていた何かを引っ込めることを選んだようだ。それと同時に梅子の揺らぎが消える。少し気にかかったが梅子がいつも調子に戻ったので杏子もすぐに気にしなくなった。




 放課後、バイトがない杏子は校門で梅子に声をかける。このところ頑張っていたし、今の平穏な日がいつ終わりを迎えるのかもわからない。なので今のうちに息抜きとして一緒に放課後ショッピングに行くのも悪くないだろう。


「ごめん。今日は用事があるから」


「えー」


「今度埋め合わせするから。それじゃ」


 あっさり断られた杏子は「別に寂しくなんかないんだからね!」と自分に言い聞かせつつ、家にいる可愛げのない怠惰な妖精の存在を想像してげんなりしながら帰路につく。


 ポケットの中のスマホが震えた。見てみると有栖からのメッセージだった。


『今すぐ公園に来て。プータローに会わせる』


 杏子の記憶が正しければプータローは有栖たちと行動を共にしている妖精だったはず。互いに面識を持つことは大切だが急に会わせると言われても反応に困ってしまう。こちらの都合を完全に無視した簡潔なメッセージに困惑する杏子だったがとりあえずオーケーとだけ返事を返した。


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